266.錬金術師のお手伝い(6)
「じゃあ、次はこの実の処理をお願い」
ヘビの処理を終えるとすぐに違う素材の処理をお願いされる。深くて大きな皿にいっぱいの小さな緑の実が入っていた。
「この実を半分に切って、中の種を取り出す作業さ。量が多いし、小さな素材だから、大変かと思うけどよろしく。あぁ、錬成に使うのは実の方で種の方は使わないからね。種は一緒に煮込むと渋みの原因になるから、一緒に入れて煮込まないんだよ」
この量を全て半分に切って、種を取り出す作業か。また随分と細かい仕事になるんだな、ちょっと気が遠くなりそうだ。この量は百じゃすまないね、二百……いや三百くらいありそうな数だ。
また気合を入れてやらないと。今日中には体力回復ポーションを作るみたいだから、遅れたら大変だよね。よし、全部の実を切って種を取り出すぞ!
板とナイフが用意された前に座って、早速一粒の実を手に取る。一センチくらいの小さな緑の実を板の上に置く。その上からナイフで切ろうとすると、途中で刃が止まってしまった。なので、実をぐるりと切るようにナイフを動かす。
切り込みを入れると、指先で実を二つに分ける。すると、ポンと実が二つに別れて、片方の実には茶色い種がくっついていた。それを片手で取って、種と実に分けて器に入れる。
作業は簡単だけど、量がえげつない。ここは黙々と作業をしないと終わらなさそうだ。集中して終わらすぞ!
そうやって気合を入れると、オルトーさんはテーブルに処理し終えたキノコとヘビが入った桶を置いた。何をするんだろうと、顔を上げてみるとオルトーさんと目があった。
「今から何かをするんですか?」
「あぁ、このキノコとヘビを乾燥させようと思ってね。乾燥してからの方がよりよく成分が抽出されるんだ。それに生と乾燥じゃ、煮込んだ時の生臭さが全然違ってね、乾燥させたほうが生臭さがないんだよ」
「乾燥って、魔法で乾燥させるんですか?」
「そう、錬金術の魔法で乾燥の魔法があるんだ。物体の水分を蒸発させる魔法でね、素材の中にある水分を蒸発させたり、素材の外の部分の水分を蒸発させたりすることが出来るんだ。今、乾燥魔法をかけるね」
オルトーさんはキノコとヘビの上に手を掲げると、魔力を高めて乾燥魔法を発動させた。はじめは変化のなかった素材だったけど、徐々に萎んでいくのが分かった。少しずつだけど、水分が蒸発していっているみたいだ。
ゆっくりと水分を取られていく素材はシワシワになっていき、どんどんと量を減らしていく。あんなにぷりぷりで美味しそうだったキノコが、弾力のある肉質だったヘビが、乾燥魔法によって小さくカラカラになっていった。
「よし、これで完了だ。ほら、見てみて。水分が抜けてカラカラになっただろう? この状態で煮込むと良い成分が出てくれるんだよね。普通にやるよりも効力が上がるし、品質も良くなる、乾燥魔法はとても便利な魔法だよ」
「凄い魔法ですね。乾燥魔法って他にも使えそうですよね」
「湯あみをした後に乾燥魔法をかけると、肌についた水分や髪についた水分を取るにはとても楽な魔法だよ。それに洗濯物も一瞬で乾くし、日常生活でもとても役に立つ魔法さ」
湯あみ後の乾燥と洗濯物の乾燥が一瞬で出来る、それはとても役に立ちそうな魔法だな。錬金術の魔法か……私も覚えられないかなー。あっ、こうしちゃいられない。実を切らないといけないんだった。
素材の乾燥が終わると、それぞれ作業に戻っていった。
◇
「終わったー」
ようやく全ての実を切ることが出来た。大量にあったから、とにかく大変だったな。実を切っていたせいか、指先が緑色になってしまった。
大きく伸びあがって、体のコリを解す。それから席を立ってオルトーさんに近づいた。そして、本を見ているオルトーさんの前に手を差し出す。
「オルトーさん」
「わっ!」
「作業が終わりましたよ」
「そうか、終わったか。だったら、台所にあるゴミ箱に実の種を捨ててきて、あれは使わないものなんだ。あと、手も洗った方がいいね、台所で洗ってきな」
「分かりました」
指示を受けて種の入った器を持って台所に行く。そこにあった、ゴミ箱に種を入れる。それから蛇口を捻って、器と手を綺麗に洗った。傍にあったタオルで器と手を拭くと、元の部屋に戻る。
「あぁ、井戸から水を持ってきてくれないか。水の量は大釜のこれくらい入るようにね」
「水ですね、分かりました」
水を入れる指示を貰うと、中庭に出て井戸の水を汲んでは大釜に入れる。指示された通りの水の量を入れると、オルトーさんは錬金術の棒を大釜の中に入れて混ぜる。
「精製」
水の中に入っている不純なものを取り除く魔法を発動させた。目には分からないが、きっと不純物が消えていっているのであろう。
「よし、精製終わり。じゃあ、キノコとヘビを中に入れて。温度が低い状態からゆっくり戻してあげるのがいいんだ。じっくりと水分を吸収することで、素材が無理なく膨らんできて成分を出してくれる」
オルトーさんに指示された通りに、乾燥したキノコとヘビを中に入れた。大釜の火加減は弱火でゆっくりと温度が上昇していき、乾燥した素材もゆっくりと元の姿に戻っていく。
湯気が立つ頃には乾燥した素材は十分に水分を吸って大きくなっていた。オルトーさんはずっと錬金術の棒でかき回し、魔力を込めて素材の成分を抽出している。
「よし、次は実を入れて」
「はい」
切った緑の実を入れると、大釜の中の水が一気に緑色に変化した。それから、爽やかな匂いに包まれる。
「この緑の実は清涼剤なんだ。ポーションの飲み当たりを良くしてくれる。これがなくても体力回復ポーションになるけれど、これを入れたほうが美味しくなる。これを入れてから、私の作る体力回復ポーションは物凄い売れてくれたんだよ」
「じゃあ、元々は入ってなかったんですね」
「そうだね、調合レシピには載っていなかったものを、私がオリジナルでブレンドしたんだ。今はこのレシピを有料で公開して、この作り方が広まっていっているんだ。そうやって、錬金術のレシピは日々進化していっているんだ」
元々あったレシピを改造して新しいレシピを作れるなんて、オルトーさんは腕のいい錬金術師なんだ。こんなにこだわって作れるのは、そういう地力があるからなんだろうな。
オルトーさんはずっと窯をグルグル混ぜていく。私はやることがなかったので、空いた器を洗ったり、使用したテーブルを拭いたりして時間を潰した。
「そろそろ出来るよ。桶を二つほど用意して、素材を網ですくってもらうから」
「分かりました」
私は言われた通りに桶を二つ用意して、昨日使った取っ手のついた網を持って待機した。
「よし、完成だ。すぐに素材をすくって」
「はい」
オルトーさんが大釜から離れると、私はすぐに網で素材をすくう。すくった素材は桶の中に入れた。そうやって、大釜の中に入っている素材を一つ残さず綺麗にすくい切った。
「じゃあ、冷却するよ」
私がすくい終わると、オルトーさんは再び錬金術の棒を大釜の中に入れてグルグルと混ぜ始めた。湯気が立っていた大釜だったけど、だんだんと温度が落ちていき、湯気が立たなくなった。
「よし、これで瓶に移し替える事ができる。私が瓶を持ってくるから、リルは今の内に使い終わった素材を捨ててきて欲しい。台所にあるゴミ箱の中に入れておいて」
「でも、この量が入るかどうか……」
「あぁ、それは大丈夫。あれはマジックバッグみたいな機能のある箱なんだ。だから、見た目よりものが入るんだよ。錬金術はそういったゴミが沢山出るから、普通のゴミ箱じゃ足らないんだ。だから、そういうものが必要になるんだよ」
なるほど、あのゴミ箱にはそんな機能があったんだ。魔物解体をしていた時のマジックボックスと同じ原理なんだろうか?
オルトーさんは瓶を取りに行き、私は使い終わった素材を台所のゴミ箱に捨てに行った。大量の使い終わった素材を入れると、ゴミ箱は見た目以上のものを受け入れてくれた。このゴミ箱は便利だ。
ゴミを捨て終わって元の部屋に戻ると、オルトーさんが瓶の入った木箱を積み上げていた。
「じゃあ、後は昨日と同じようにポーションを入れていって。入れる量はこれくらいだから、間違えないように。多分、全部に入ると思うから過不足なく入れてね」
そういうとオルトーさんは自分の席に戻っていった。やることは昨日と同じか、よし。しっかりと集中して過不足なく入れていこう。
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