263.錬金術師のお手伝い(3)
「どうだい、あそこのグラタンは美味しかっただろう? 具材も食べ応えがあって、それがソースと絡んで……って想像してたら、また食べたくなったよ」
「はい、とても美味しかったです。この通りのお店は通ったことがないので、新鮮でした」
昼食を食べ終えて帰ってきた。オルトーさんオススメのお店、窯焼きで調理をする店だったんだけど、そこで出された熱々のグラタンが本当に美味しかった。優しくてコクのあるソースに絡む大きくて食べ応えのある具材たち、少しだけ焦げた表面の香ばしさ……想像しただけでまた食べたくなった。
「それじゃあ、お昼も作業の続きをよろしく。私は机で作業しているから、終わったら声をかけてね。あぁ、結構強めに言ってくれないと気づけない時もあるからよろしくね」
「分かりました」
家に入ると、オルトーさんはすぐに自分の机に向かい作業に没頭した。私は部屋の中央にあるテーブルに向かって、イスに座った。残りの草は四分の一、終わりが見えているからやる気も出る。
気力も回復したし、集中して終わらせよう。私は気合を入れ直すと、草を手に取って板に置き、ナイフで切り始めた。
◇
あれから数十分が経ち、最後の草を切り終えることが終わった。長い闘いだったけど、なんとか終わったな。なんとか集中力を切らさずに仕事をすることができた。
山となった切られた草を見て達成感を感じる。目で見て自分の仕事がどれだけできたのか見るのは、やっぱりいいね。さて、オルトーさんに伝えなくちゃ。
席を立ち、オルトーさんがいる机へと近づく。
「オルトーさん、できましたよ」
声をかけてもオルトーさんは反応しない。その後も声をかけるが、作業に集中しているオルトーさんは反応しなかった。仕方がないので、オルトーさんの両肩を掴んで大きく揺らす。
「オルトーさん!」
「おぉ! なんだ、どうしたの?」
「作業が終わりました」
「あー、そうだったの。すまないね、また作業に集中して気づかなかったよ。どれ、ちょっと確認しようか」
ようやく気づいたオルトーさんは席を立って、テーブルの方に近づいた。山のように積まれた草を手に取ると、切られた草を観察していく。
「うん、うん。切られた草の状態はいいね、これだと良い成分が抽出できそうだ。では、早速ポーション作りでもしようか。ちょっと手伝ってくれるかい?」
「はい、何をすればいいですか?」
「井戸から水を汲んできて欲しい。桶はあそこの使って、あそこの窯に水を入れて欲しい。あー、そうそう。入れる水の量だったね。ちょっと窯まで来て」
オルトーさんに言われて部屋の端に置いていた大釜に近づく。
「水はこれくらい入れて。これより多くても少なくても困るから、きっちり入れてね。作るポーションの数は決めているから、多くても少なくても困るんだ」
「ここまでですね」
「そうそう、そこまできっちり入れてね。リルに水を入れてもらっている間に、私はポーションの瓶を持ってくるから。じゃあ、よろしく」
そう言って、オルトーさんは部屋を出ていった。私は指定された桶を持って中庭に行く。そこで井戸から水を汲み、桶に入れて、部屋へと戻り、大窯に水を入れる。この分だと、あと五回分くらい入れなくちゃいけなさそうだ。
指定された水の量を入れるために、井戸と窯を往復して大釜に水を溜めていく。そして、指定された水の量まできっちりと入れた。桶に残った水は中庭に捨てておく。
「水入れ終わった? どれどれ……うん、ピッタリだ。水入れてくれて助かったよ、ここからは私の仕事だから、ちょっと待っててね」
大釜から少し離れたところに箱を積み上げていたオルトーさんは、壁に立てかけていた一本の木の棒を持った。
「まずは水の不純物を取る作業から始めるよ。これは精製という魔法を使って、作業を行うんだ。魔法はこの手で発動させて、この錬金術の棒を伝って水に作用していく。錬金術の棒で魔法を発動させながらかき混ぜるんだ」
オルトーさんは説明しながら、錬金術の棒で水をかき混ぜ始めた。すると、手元が光り、錬金術の棒が光り、水が少しだけ光る。これが魔法を発動している姿なのだろう、珍しい魔法の発動の仕方に釘付けになる。
真剣な顔つきで錬金術の棒をかき混ぜるオルトーさん。仕事をしている時としていない時のギャップが凄い人だな、と思いながら見守っていた。その光景を黙って見守っていると、光が収まってくる。
「これで水に入った不純物を取り除くことができた。あとは、発火コンロを起動させて、水をお湯に変える。この温度も大切で、高すぎては成分にはいい影響は与えないし、低すぎても十分に成分を抽出できないんだ」
「その辺りは熟練の技、ということでしょうか?」
「そうだね、ある程度の慣れは必要だと思う。でも、重要なのは何度も作って慣れることじゃなくて、その時に素材の成分を十分に引き出すことだと思うんだ。そうじゃないと、品質は向上しないし十分な効力が出てこないからね。あ、切った草を持ってきて」
説明を聞いていると、指示が飛んできた。私はテーブルに近づき、桶を持って大釜に近づいた。
「この草を入れるタイミングも重要なんだよね。ちょっと水がぬるくなってから入れるのが一番いいんだ。まぁ、その素材によって適切な温度が違うから、そういうのも覚えないといけないんだけどね」
「どのタイミングで入れていいのか分かりません」
「大丈夫、指示は私がするから。温度を見る魔法があるんだよ、それを使って今水の温度を計っているところさ。これを使えば、適切な温度になった時とても分かりやすいんだ」
「錬金術師の魔法って独特ですね」
「冒険者と違って派手な使い方はしないからね、こういう細かい作業があるから、それにあった魔法に進化したんだ。錬金術の魔法を覚えれば、ちょっとだけ日常が豊かになるかもしれないよ。そういう魔法が多いんだ。温度を測れる魔法もその内の一つだと思わないかい」
錬金術の魔法は私が使っている攻撃魔法とは全く違うものみたい。まだ知らないこともあるんだな。
「あ、そろそろ入れて」
「はい」
合図が来た。私は桶を傾けて中に入っている草を入れた。全ての草を入れ終わると、錬金術の棒が忙しなく動く。
「草を煮出しつつ、錬金術の棒から魔力を込めてかき回す。これがポーションの作り方だよ。三十分くらいでできるから、それまでは休憩ということでそこのテーブルで休んでいるといい」
「それなら使った道具を綺麗にしておきますね」
「あぁ、そうだね、助かるよ」
そう言ってオルトーさんは真剣な顔つきで錬金術の棒をかき混ぜ続けた。ここはそっとしておいた方がいいよね。私は静かに離れると、テーブルに残ったナイフと板と桶を持って、中庭に行く。井戸の水で使ったものを綺麗にしよう。
◇
「出来た。リル、そこに立てかけてある網と桶を持ってきて」
「はい」
テーブルでオルトーさんを見ていると、突然声がかかった。私は急いで壁際に立てかけてあった取っ手付きの網と先ほど使っていた桶を持って近づいた。
「大釜の中にある草を全部すくって」
「分かりました」
ほのかに湯気が立っている大釜に網を入れて、草をすくい、その草を桶の中に入れる。その作業を繰り返して、大釜の中の草を全て取り切った。
「完成したんですか?」
「うん、これが傷を回復するポーションだ」
「これがポーション」
ここから見ても、なんだか良く分からない。瓶の中に入れば分かるかな?
「今からこのポーションを冷却していくよ。リルには冷却したポーションを瓶に入れていって欲しい。あぁ、瓶に入れる道具はそこにあるから、それを使ってくれ」
「あ、あれですね」
オルトーさんは錬金術の棒で大釜をかき回し続ける。
「今、冷却の魔法を使ってポーションを冷やしているんだ。数分で完成するからもうちょっと待っててね」
「冷却なんていう魔法もあるんですか、便利ですね」
「暑い時には重宝する魔法だね。でも、常時発動しないと意味がないから、氷魔法のほうがいいのかもしれない。氷はいいね、暑い時には袋に入れて体を冷やしたりすることができるから」
「今は喋ってても大丈夫なんですね」
「あぁ、調合は終わったからね。調合の時は黙るんだけど、今は冷却しているだけだからねー。冷却の魔法の使い方でポーションの質が変わることはないからね、安心して喋れるよ」
なるほど、今は大事な時じゃないんだ。でも、調合中に声をかけないほうがいいのなら、お昼の時に声かけて驚かせるやり方は変えた方がいいのかな? 私の声で調合が失敗したら嫌だし。でも、オルトーさんはそれでいいって言ってるけど、うーん。
「ほら、もう冷却が終わったよ。あとは、瓶詰めをお願いね。用意した瓶に全部入る計算になっているから、余らないと思うよ。あ、瓶にはここまで入れてね。私は研究の続きをしているから、また声をかけてね」
「はい、分かりました」
そういうとオルトーさんは定位置の机に戻っていった。大釜には沢山のポーション、入れるための瓶が沢山。きっちりと量を計って作ったものだから、過不足なく入れなくちゃ。
道具を使って、ポーションの瓶詰めを始めた。
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