262.錬金術師のお手伝い(2)

 一枚草を手に取り、水の中で優しく洗う。洗ったら乾いたタオルで水気を切って、桶の中に入れる。途方もない量をその作業の繰り返しで確実に減らしていった。


 草についた微々たる汚れを落とし、水気を取る。単純な作業の繰り返しを永遠と思えるくらいの時間を費やしてきた。少しずつ減っていく汚れた草、少しずつ増えていく綺麗になった草。その光景を見ながら、ずっと作業を繰り返す。


 あまり動かないから、討伐で疲れが溜まった体には優しい作業だ。でも、ずっと動き続ける討伐の仕事から、急に動かなくなる仕事に移り変わると体が疼いて仕方がない。


 小さな動きばかりするので、時々堪らなくなる。そういう時は一旦仕事の手を止めて、大きく腕を回したり、立って腰を動かしたりして体を動かして紛らわせる。


 根気のいる作業をずっと続ける。草を手に取って、水の中で優しく洗って、乾いたタオルで水気を切る。何度かその作業を繰り返したら、桶に入った水を捨てて新しい井戸水を汲む。


 そんな風に作業をしていくと、山のようになっていた草が目に見えて減ってきた。あともうちょっと、焦る気を落ち着かせて一つずつ草を洗っていく。


 そして、とうとう最後の草を洗い終わった。


「やった、終わったー」


 嬉しくなって思わず手を上げてしまう。本当に途方もない作業で大変だった。綺麗にした草は山のようになっていて、目で見える達成感に嬉しくなる。これを終わらせたんだ、良くやった自分。


 作業が終わったので、オルトーさんのところへと行く。家の中に入ると、人の気配を探る。こっちかな? 一階の廊下を歩いていくと、大きな部屋に辿り着いた。そこに部屋の隅でオルトーさんは作業をしていた。


「草の洗浄、終わりました」

「おわっ、驚いた。ごめんごめん、集中してたから声に驚いちゃった。それで、どうしたの?」

「えっと、草の洗浄が終わりました」

「終わったんだ、ありがとう。なら、草をそこに大きなテーブルに乗せてもらってもいいかな。次の作業の指示を出すから」

「分かりました」


 次の作業か、どんなことをするんだろう。私は中庭に戻り、草の入った桶を手に持つと中へと戻っていく。すると、テーブルにはまた桶が置いてあった。オルトーさんが置いたのかな。


「じゃあ、次の作業の指示をするね。ここのイスに座って。あ、そういえば疲れてない? 体は大丈夫?」

「はい、問題ないです」

「そう、良かった。なら説明するね」


 そう言ってオルトーさんは私の前に板と小さなナイフを置いた。それから、その板の上に洗浄した草を一枚乗せる。


「この草はポーションの材料だっていったよね。この草には傷を癒す成分が入っていて、それを煮出して抽出するんだ。それで、このままの大きさだったら十分に抽出できないから、この草を小さくするところから始める」

「このナイフで切るんですね」

「そうなんだよ。で、切り方があるんだけど……草に線が入っているだろう? この線に沿って切って欲しいんだ。成分の入っている草の部分を傷つけない為に線に沿って切るんだ。ここで切っちゃうと、少しでも成分が抜け落ちて効力が落ちてしまう」

「へー、そうなんですね」

「そうなんだよ、だから成分を煮出す前にどれだけ逃がさないかが重要なんだ。この作業をすることによってポーションの効力は上がるし、色もちょっと鮮やかになるんだ」


 凄い説明してくるけど、私が聞いてもいい話なのかな? 良いポーションを作る過程って凄く貴重なんじゃないかな? あとで、聞かれたからにはうんたらかんたら、ってならないかな?


「こういう地道な積み重ねが商品の品質に関わってくるし、売り上げにも繋がってくるんだ。だから、私の製品は良く売れるし、作ったら作っただけ確実に売り切れていく。でもねー、量がね多くて大変なんだよ」

「作るポーションの数も多くなるから、材料も多いんですね」

「売れるのは嬉しいんだけど、注文の量がね多いんだ。でも、そういうのって大切じゃない? 生活も掛かっているから、しっかりと売り上げなきゃいけない。好きなことをするためには、お金が必要だ」

「オルトーさんは好きなことをするために、沢山売っているんですか?」

「錬金術が好きだからね、研究も好きだし、新しいものを作るのも好きだ。でも、好きなことをするにはお金がかかって……って、私って名前言ったっけ」


 私の話もちゃんと聞いていたんだ、ちょっとビックリ。


「クエスト用紙に書いてありましたよ」

「なーんだ、そういうことか。私の名前言ったかなーって疑問に思ったんだよ。って、君の名前を聞いていなかったね」

「リルっていいます」

「リルか可愛い名前だね。じゃあ、リルお仕事よろしくね。やり方は大丈夫かい? 草の線に沿って切るんだよ、他のところは傷つけないように気を付けてね」

「分かりました」


 そう言って、オルトーさんは自分の席に戻っていった。私は椅子に座り、改めて仕事を見る。木の葉っぱみたいな形をしていて、その草には何本かの線が入っている。線は全部で五本、ここを切っていくんだね。


 山と積まれた草を見て、ちょっとだけ気が遠くなった。今度の作業も細かいうえに集中しなくちゃいけない。これはこれで大変だぞ。とりあえず、草を切ってみよう。


 草を板の上で片手で固定する。もう片方の手でナイフを持って、まずは草を縦に半分に切る。線からはみ出さないように慎重に切った。次に半分に別れた草を切っていく。ここも慎重に線に沿って切った。


 なんとか一枚の草を切ることが出来た。切った草を空の桶に入れておき、また新しい草を手に取る。そして、さっきと同じように線に沿って切った。


 なんという地道な作業。これを山のような量をやらないといけないから、大変な作業だ。というか、ポーション作りってこんなに大変なものなのだろうか? それとも、このやり方が特殊なだけ?


 気の長い仕事みたいだけど、根気よく続けるしかないね。よし、気合を入れ直して、作業開始だ。


 ◇


 あれから、ひたすら草を切る作業を続けた。一枚の草を線に沿って五回切る、線からはみ出さないように慎重にだ。洗浄の作業を比べると、気が抜けない作業になるのでそこが大変だった。


 山のようにあった桶も半分以上も減り、終わりが見えてきた。終わりが近づくとやる気が出てくる、軽快に草を切っていく。その時だ。


 ガラン、ガラン、ガラン!


「わっ、煩いっ!」


 突如として、家の中に鐘が鳴り響いた。その音にビックリして飛び跳ねると、耳を手で塞ぐ。どうしてこんなに大きな鐘の音が聞こえてくるんだろう。


 しばらく、耳を塞いでいると鐘の音がようやく鳴り終わった。この鐘の音は一体……


「ん-、どうやら昼食の時間みたいだね」

「これって、そのための音なんですか?」

「うん、私が作業に集中していると並みの音じゃ気づかないことが多いんだよ。だから、わざと音を大きくしているんだ。そのほうが、どれだけ集中しても聞こえるしね。まぁ、時々音を無視していることもあるんだけど」


 この音を無視できるくらいに集中できるなんて凄いなぁ。私だったら、どれだけ集中しても飛び上がって気づきそうだ。


「昼食は大体は外で食べているよ。やる気がある時は作るんだけどね、外に食べに行くほうが多いかな。リルも一緒に行くだろう?」

「はい、ご一緒させてください」

「今日は私の行きつけのお店に行こう。て言っても、行きつけのお店は何軒があるんだけどね。ここは大通りに面しているから、食べるところに困らないのがいいんだ。だから、飽きずに色んなものが食べられる」

「いいお店が揃っていそうですね」

「うんうん、どのお店もいい店だよ。ずっと通い詰めても、飽きずに通えるから重宝している。今日は何がいいかな……窯焼き料理にしようか。そこのお店のグラタンが絶品でねー、もちろん他の料理もあるんだよ」


 仕事をしている時は黙っているのに、途端に喋り出すと止まらなくなるみたい。あんなに静かに作業していたのに……その反動で長く喋るようになったのかも。


 ずっと喋っているが、その体は外出するように動いている。上着を羽織り、鞄を持つ。あっという間に、外に行く用意が出来た。


「それじゃあ、行こうか。ここから歩いて十分のところにあるお店なんだ。お店はしゃれてて、とても綺麗なところだよ」

「楽しみです」

「あぁ、楽しみにしておいて。きっと期待は裏切らないよ。そうだ、料金はそこそこ高いけど、大丈夫? というか、この大通りに面しているお店はどこもそこそこ高いんだよね」

「お金なら大丈夫です。贅沢できるくらいには稼いでいましたので」

「へー、そうなの。冒険者って儲かる仕事なんだね。錬金術師と比べてどっちが儲かるかな……うーん、気になる。そうだ、食べながら色々話を聞かせてよ。私も色々喋るからさ」

「いいですね」


 きっと私が喋るよりも、オルトーさんが喋るほうが多くなりそうな予感がする。家を出る前でこんなに喋るんだもの、お店についたらどれだけ喋るのか……


 私たちはお喋りをしながら、家を出ていった。

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