240.子供たちの先生(2)
今日から学校で子供たちに勉強を教える。いつも通りの時間に起きてから着替えると、机に向かって今日の予習をする。たっぷりの時間をかけて予習をしてから、食堂で朝食を食べて宿屋を出た。
歩いて学び舎まで行くと、時間は八時半過ぎ。ちょっと早かったか、と思った。だけど、ついてしまったものは仕方がない、中へと入っていく。
三階建ての三階に行き、責任者がいる部屋をノックした。すると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきて、私は扉を開ける。
「おはようございます」
「はい、おはよう。早い時間に来ましたね、いい心がけだわ。子供たちは九時頃に到着する予定なので、それまで教室で待っていましょうか」
「はい、お願いします」
「こちらよ」
責任者は部屋を出ると私もその後を追っていく。下に降りる階段を下って一階まで下りてきた。廊下を進んだ先にある扉の前に立つとその中に入っていく。
「ここがあなたの教室よ」
中に入ると教室と一番前に大きな黒板があり、その手前には教卓が置いてあった。その教卓の前には沢山の長机とイスが置かれてある。全部で二十人くらい入れそうな教室だ。
「この壁にかかっているのが黒板。このチョークを使って文字や数字を書いて、黒板消しで消すわ。これは自由に使ってもいいですから、子供たちに分かりやすい授業内容にしてね」
「教科書を使って授業内容を決めてきました。このやり方が子供たちに分かりやすければいいのですが」
「まぁ、事前に授業内容を決めてきたの? あなたは勤勉だわ、それなら安心して子供たちを任せられるわ」
「他の先生方はどうしているんですか?」
「その日に授業内容を決めることが多いわね。だから、時々授業が止まってしまうことはあるし、仕方のないことだと思っていたわ。だけど、事前に授業内容を考える時間があれば、そういうこともなくなりそうね」
私みたいに事前に授業内容を決めていくのは他にはないらしい。前世の学校だと先生方がそんな風に授業を進めていたけれど、ここはそういうノウハウがない場所だ、授業内容がその先生によってまちまちなのは仕方のないことなのだろう。
そのまま責任者と話していると、廊下が騒がしくなってきた。どうやら子供たちがやってきたみたいだ。騒がしい話し声や足音が聞こえると、ちょっとだけ緊張してきた。
「先生、おはよ……知らない人がいる!」
「何々、本当だ! 知らない人がいる!」
「はい、おはよう。席に座ってね」
子供たちは私を指さして驚いていた。そんな中で責任者が席に座るように促すと、子供たちは私の方を興味深そうに見ながら席につく。
この後も続々と子供たちがやってきて、私を指さしていった。誰もが私を珍しい人を見るかのように見つめて、聞きたいことをぐっとこらえて席についた。
「時間ですね、それではみなさん注目してください」
席が子供たちでいっぱいになると、責任者は時計を確認して声を上げた。
「今日から一か月間お世話になる先生を紹介します。リル先生です。リル先生は色んな仕事をして、色んな経験をしているすごい先生です。これから一緒に学ぶのが楽しみですね。では、リル先生から一言お願いします」
「リルといいます。先生になるのは初めてですが、皆さんと一緒に勉強をして楽しく過ごしたいと思います。慣れない所もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「はい、拍手」
責任者の一声で子供たちは拍手をした。かなり大音量でビックリしちゃった。
「では、この場をリル先生にお任せします。では、お願いしますね」
責任者の人はそういうと教室から出ていった。私はその場に残されて、授業の開始となる。でも、まだ授業は開始しない。まずは子供たちのことを知らないとね。
「では、これから皆さんのことを知ろうと思います。一人ずつ自己紹介をしてください」
「はーい。自己紹介って何ですか?」
「自分の名前を言ったり、好きなものや、得意なこと、自分に関することだったらなんでもいいので教えてください」
「へー、なんでもいいんだってよ」
「何喋る?」
「何言おうかな」
自己紹介の話をすると、みんな興味を示してくれた。周りにいる子供たちに話しかけて、何を話そうか考えているみたい。これは考える時間を与えたほうがいいかも。
「自己紹介がどんなものなのか、先生がお手本を見せますね」
そういうと子供たちの視線が一斉に私に向いた。よしよし。
「名前はリルです、年齢は十三歳。冒険者をやっていて、ランクはCです。私のお仕事は町の中で色んな仕事に携わったり、町の外に出て魔物退治もやっています。先生の目標はBランクになって、町に住むことです」
言い終わると、子供たちはどよめいた。
「十三歳だって、私たちよりお姉さんだ!」
「冒険者だってよ、すげー! 俺、冒険者初めて見たよ」
「魔物退治だって、先生って強いのかな?」
「きっとドラゴンだって倒せるんだぜ!」
「そんなに強くは見えないけどなー」
色んな声が聞こえてくる。私の話はそんなに興味深かったのか、子供たち同士で話が盛り上がってきた。このままじゃいけない、自分の自己紹介を考えてもらわないと。
「先生が言ったみたいに、自分の紹介を考えてください。時間は十分くらいです、友達と相談してもいいですよ」
制限時間を設けて子供たちに自己紹介文を考えてもらうことになった。すると、教室内の騒めきは一層強くなり、楽し気に話す子供たちの声でいっぱいになる。
しばらくは子供たちの好きにさせて、今の内に子供たちの顔を頭の中に入れておく。後で名前を聞いた時に顔と名前を一致させて覚える予定だ。そうしたら、距離も縮まって勉強がしやすい環境になると思う。
「はい、時間になりましたので自己紹介を始めましょう。では、廊下側の一番前の人からお願いします」
「えー、俺!? 一番目なんて、恥ずかしいよ。えーっと」
こうして自己紹介は始まった。とにかく色んな子がいることが分かった。恥ずかしそうに話す子、熱中して話す子、支離滅裂なことを話す子、お手本のような自己紹介をする子。本当に色んな子供がいた。
私はその自己紹介を聞いて、顔と名前と簡単な自己紹介の内容を頭の中に叩きこむ。沢山覚えることがあって、多分一度では覚えきれないと思う。その時は謝って、もう一度聞けばいいよね。
時間をかけて自己紹介の時間が終わった。時間をかけたかいがあって、私と子供たちとの距離が縮まったように思える。
「みなさん、自己紹介ありがとうございます。短い期間ですが、精一杯勉強を教えるのでよろしくお願いします」
自己紹介も終わったし、そろそろ勉強のほうに入ろう。そう思っていると、子供たちは席を立って集まってきた。
「ねぇねぇ、先生は冒険者なんでしょ。今までどんな冒険をしてきたか教えてー!」
「先生は今までどんな仕事をしてきたの? 子供でも出来る仕事があるの?」
「先生ー! どれだけ強いか、俺と勝負だ!」
「どんな魔物と出会ったのか知りたいなー。教えて、教えて!」
わっ、と集まって質問攻めにされた。
「え、えーっと」
どう対応しようか迷っている内に子供たちの質問がさらにヒートアップする。誰が何を喋っているのか聞き取れないくらいの話題の多さに圧倒させられる。
これは、授業どころではない。とにかくみんなが落ち着くように質問に答えていこう。授業計画が初日から崩れてしまった、この調子で一か月間大丈夫かな?
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