239.子供たちの先生(1)

魔物駆逐作戦が終わり、二日のお休みを取った私は新しい仕事を探すために冒険者ギルドまでやってきた。たまには違う時間帯のクエストボードを見たかったので、今日の午前中はゆっくりと過ごして午後からにした。


昼ごはんを街中で食べた後に冒険者ギルドにやってくると、中は閑散としている。求職者や冒険者も数えるほどしかおらず、いつもの冒険者ギルドとは違って新鮮に思えた。


そんな中、クエストボードの前に来る。かなりの仕事を取られていたのか、クエストボードの一面には四、五枚くらいのクエストしか残っていない。


そのクエストボードの前に見知った人がいた。


「アーシアさん、こんにちは」

「あら、こんにちは。今から仕事探し、珍しいわね」

「はい、たまには違う時間帯に行ってみようと思い立ちまして」

「そうなの。大体のクエストは取られちゃったから、少ししかないわよ。今、クエスト用紙を一か所に集めようと思っているから、ここで待っててね」


アーシアさんがクエスト用紙の貼り換えをしていた。私は立って待っていると、他のクエストボードからクエスト用紙を剥がしてきたアーシアさんが戻ってくる。


「お待たせ、今クエストを貼るから見ていってね」


アーシアさんは慣れた手つきでクエスト用紙を貼り始めた。


「今回はどんな仕事をしようと思っているの?」

「魔物討伐をしていたので、町の中の仕事を探そうと思ってます。何か平和な仕事とかありませんかね」

「平和な仕事ねー。色々あるから、迷っちゃうわよね。私も一緒に見ていってあげる」


そう言って、アーシアさんと一緒に一枚ずつ貼り出したクエスト用紙を見ていく。仕事内容を詳しくアーシアさんから聞き、あーでもないこーでもないと会話を重ねていく。


「他に何か希望とかある?」

「そうですねぇ……肉体労働じゃない仕事がいいですね」

「肉体労働じゃなくて平和な仕事ね……えーっと、あら? これなんてどうかしら?」


まだ貼り付けていないクエスト用紙を見ていたアーシアさんは一枚のクエスト用紙を差し出してきた。私はそれを受け取り仕事内容を確認する。


「学び舎の先生、ですか」

「そう、この町ではね町民の子たちにある程度の教育を施しているのよ。そうしたら、仕事に就ける子たちが増えて、将来仕事に困る町民が増えないようにしているの。これは子供たちに文字や計算を教える先生を募集しているみたいね」


この世界にも学校みたいなものがあるんだ。コーバスでは学校みたいな場所があって、子供たちはそこに通えているみたい。この町は本当に豊かで良い町なんだな、私もこの町に住んでいたらそういう教育が受けられたかもしれないね。


「期間は一か月みたい。そこそこ長い期間になっているわ。この仕事なら肉体労働じゃなくて、平和的な仕事だと思うんだけど……どうかしら?」

「私みたいな子供が教えても大丈夫なんでしょうか?」

「この仕事には年齢制限はないみたい。その代わりに、文字の読み書きがスムーズに出来ることと、四則演算が出来ることが条件になっているわ。リルちゃんならそこのとこ、全然問題ないじゃない」


文字の読み書きは問題なく出来るし、四則演算も難なくこなせる。応募条件には当てはまっているけれど、子供が子供に勉強を教えるのはどうなるんだろう。


「子供の私が教えても平気ですかね?」

「むしろ、子供同士だからこそ教えたり教わったりする時に垣根がないんじゃないかしら。案外、子供同士のほうが勉強が捗ったりしてね」


そうか、そういう考え方もあるのか。どんな仕事も一度やってみないと分からないし、これに挑戦してみようかな。


「これ、受けてみようと思います」

「えぇ、リルちゃんならこなせるわよ。自信を持ってね」

「はい。相談受けてくださってありがとうございます」


アーシアさんにお礼をいうと、私はカウンターに行き手続きを始めた。



「ようこそ、コーバスの学び舎へ。私はここの責任者をしている者です」


冒険者ギルドで手続きを済ませて、話を聞きにやってきた。責任者の年を召した女性がいる部屋に通され、お互いにイスに座って話を始める。


「可愛らしい応募者で安心しました。えーっと、冒険者ギルドからの紹介だと、文字も計算も問題なく行えるそうですね。かなり強く勧められた文章ですね」

「はい。子供たちに自分でも教えられるんじゃないかと思って応募しました」

「そうなの。一応、どれだけの能力があるか直接この目で見たいから、こちらのテストを受けてくださる?」


責任者が一枚の紙を差し出してきた。見てみるとそこには文章問題と計算問題が書かれてある。私はペンを持つと一問ずつ回答を書いていく。


しばらくして、全ての回答を書き終えた。


「終わりました」

「はい、ありがとう。ちょっと確認させてもらうわね」


責任者は用紙を受け取ると、回答を確認していく。回答の確認が終わるまで黙って待ってみると、責任者の視線と目が合った。


「えぇ、確認させてもらったわ。能力は十分にあるわね。受け答えも丁寧だし、あなたなら安心して子供たちを任せられるわ」

「それじゃあ、働かせてもらえるということですか?」

「そういうことよ。これから一か月間、よろしくお願いね」


やった、合格みたいだ。責任者の人は優しい笑顔を浮かべて頷いてくれた。


「あなたには初心者クラスを担当してもらうことになるわ。みんな小さな子ばかりだから、ちょっと落ち着きがなくて大変だと思うわ。でも、そんな中でもあなたの誠実さを発揮して、子供たちにしっかりと学ばせてほしいの」

「分かりました、頑張ります」

「では、明日からお願いね。時間は九時から十二時の三時間で授業を行うわ。担当クラスは当日に案内するわね」


初心者クラスか、小さい子ばかりだっていう話だから教えるのは大変そうだ。


「これが教科書よ。このしおりが挟まっているところが、今まで進んできた内容よ。このしおりの後のことを教えてあげてね。時間はかかってもいいから、確実に覚えさせることね」

「この先から教えていけばいいんですね、分かりました。時間は三時間なんですれど、休憩時間とかはないんですか?」

「それを決めるのもお仕事の内よ。適切な時に適切な休憩時間を取ってね。子供たちの様子を見つつ、勉強が飽きない程度の休憩時間を取ってね」


なるほど、授業時間の三時間は休憩時間も含まれているのか。全ては先生に一任されるっていうこと、これは責任重大だ。


「明日来たら、この部屋にいる私を訪ねて来てね。そしたら、クラスに案内するわ」

「明日からよろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いね」


話し合いはすぐに終わり、私は教科書を持って部屋を後にした。明日から学校の先生か……ちょっと不安だけど、きっと大丈夫だよね。不安がっていたら子供たちのためにはならないし、今日一日で気持ちをしっかりと固めておかないと。


さて、今日は宿屋に帰って教科書を読んで、明日の授業内容を決めておかないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る