226.領主クエスト、魔物駆逐作戦(1)

 今日も仕事を探しに冒険者ギルドまでやってきた。クエストボードでクエストを見ていた時、冒険者ギルド内でけたたましい鐘の音が鳴り響く。


 周囲の人たちが騒めき立ち、場は騒然となる。すると、ギルドの受付カウンターの奥から一人の女性が現れた、ギルド補助員の時にお世話になったアーシアさんだ。


「冒険者の方々に緊急クエストです。隣領でスタンピードが発生しました。繰り返します、隣領でスタンピードが発生しました」


 その声に騒めきは大きなものになり、周囲から様々な声が上がった。


「スタンピードだって!?」

「まぁ、どうしましょう!」

「に、逃げたほうがいいのか!?」


 どよめく求職者たち、今にも冒険者ギルドから出ていってしまいそうな雰囲気だった。


「我が領を守るため隣領からくる魔物の討伐を依頼します! これは領主様のクエストです! 希望者はこちらの窓口までお越しください!」


 そんな雰囲気を断ち切るようにアーシアさんは声を張り上げた。緊急の領主クエストの発生だ、場のざわめきが強くなり冒険者ギルド内は騒がしくなる。


 緊急の窓口が開設されたが、すぐに行く人はいない。まだ朝の早い時間だからか冒険者が少ないからか、緊急の窓口に並ぶ人はいなかった。冒険者風の人はいるが、思案しているようで動こうとはしない。


 だったら、私が先に行こう。領主様のクエストを見逃すわけにはいかない、私は人々の間を縫うように進んで緊急の窓口に並んだ。


「あなたは……リルちゃん」

「緊急クエスト、私が受けてもいいですか?」

「もちろんよ、あなたみたいな強い冒険者を待っていたの」


 私が姿を現すと、張りつめていたアーシアさんの表情が和らいだ。でも、それも一瞬のこと、すぐに凛々しい顔になって話を進めた。


「具体的な話をするわね。スタンピードが起こったのは東の隣領、山岳地帯からの発生だと聞いているわ。だから、現れる魔物はその山岳地帯に生息している魔物になる」


 発生源は山岳地帯か、どんな魔物が出てくるんだろう。


「私たちは自領の端で魔物の大軍を迎え撃って、これを撃退するのが大きな役目よ。大軍だから全ての魔物は足止めできないかもしれない、でも自領に入る魔物は減らせるわ」


 コーバスの周りにも大小さまざまな町や村がある。それを守るためにも、前線に行って魔物を撃破する必要がありそうだ。


「期間は多く見積もって三日間、冒険者には前線で戦ってもらうわ。食糧は持参、自分が食べやすいと思った食事を用意してきて。あとで一定の金額をこちらで支払うことになるから」


 三日間戦うとして、必要な食糧を持っていく。食べやすい形態の食糧を持ってきたほうが良さそうだ、今回はスープはやめたほうがいいかな?


「多分、戦いは休みがほとんどないと思うの。それこそ、最悪三日間寝ずに戦うことになるかもしれない。だから、体調を万全に整えて来て」


 スタンピードだから、魔物の大軍が休みなく進行してくる。確かに、スタンピードが収まるまではずっと戦い通しになりそうだ。最悪三日間寝ずに戦うのか……辛い戦いになるのは間違いない。


「明日の朝六時にここを発つわ。正門に集合して、みんなで馬車移動をする予定よ。移動には一日半かかる予定だわ。以上が説明になるわ、何か分からなかったこととかある?」

「特にありません。それじゃあ、早速準備をしてきます」


 明日の朝六時か、早めに起きて宿屋を出発しないと間に合わないな。私がその場を離れようとすると、アーシアさんから腕を掴まれた。


「リルちゃん、大変な役目だけど……頑張ってきてね。絶対に死なないで」


 心配するような目でこちらを見つめてきた。だから私は、その心配を跳ねのけるように笑顔で答える。


「大丈夫です。こんなところで死にません。絶対に生きて帰ってきますね」

「頼んだわよ、リルちゃん」


 アーシアさんと生きて帰ってくることを約束して、私は冒険者ギルドを後にした。


 ◇


 それから私は一週間分の食糧を買い、水を補充した。食糧はパン、干し肉、干し果物だ。普段の討伐に比べてかなり質素な食事になってしまうが、緊急時だから仕方がない。


 その日は早くに寝て、次の日は朝日が昇る前に起きて準備をした。朝日と共に宿屋を出ると、真っすぐに正門へと向かう。人通りが全くない通りを歩くのは初めてかもしれない。


 正門に辿り着くとそこには沢山の馬車があり、すでに数人の冒険者が集まっていた。私は見渡すと、馬車の近くにギルド員がいたことに気づき、近づいてみた。


「すいません、乗る馬車はどれでもいいんですか?」

「いえ、決められています。昨日のウチに編成してありますので、その通りに乗っていただければと思います。お名前を伺っても?」

「リルと言います」

「リルさんですね……一番馬車にお乗りください」


 一番馬車か。並んでいた馬車を確認すると、番号が馬車の前と後ろに張り付いていた。えーっと、一番馬車はっと……あった、これだ。


 馬車の中を見てみると、まだ誰も乗っていなかった。早く着きすぎたのかな? 私は馬車の奥の方に行くと、壁際に備え付けられたイスに座る。そうだ、クッションがあるからそれをお尻に敷いておこう。


 クッションの上に座って、私は背にしていたマジックバッグを取り出す。中からパン、干し肉、干し果物、水を取り出して朝食にする。


 固い干し肉を千切りながら食べて、水を飲む。パンを千切って噛めば、干し肉とは全然違う柔らかさに癒された。そうやってパンと干し肉を食べ終わると、最後に取っておいた干し果物を食べる。甘くて美味しい。


 あっという間に食べ終わる、腹が膨れるだけで味気ない食事だった。これがしばらく続くとなると、ちょっとだけ寂しく感じる。でも、今回は仕方がない、我慢しよう。


 一人で馬車の中に待っていると、外が大分騒がしくなった。沢山の冒険者がやってきたみたいだ、ギルド員の指示する声が馬車の中にいても聞こえてくる。


 そろそろ出発が近いらしい、馬車に乗り込む冒険者の音が聞こえてきた。この馬車にも冒険者が来るんだろう、一緒に戦う人たちだ仲良くなりたい。


 誰かがくるのを待っていると、声がかかる。


「おっ、リルじゃねぇか」


 聞いたことのある声がして振り向くと、Aランク冒険者のラミードさんが馬車に乗り込んできた。


「お久しぶりです。また一緒になりましたね」

「おう、クエストが出た時は丁度町にいたからな。ここは俺の出番だろって思って、クエストを受けたんだ」


 久しぶりに会うラミードさんは気さくに話しかけてくれる。お互いに知った顔がいて、少しだけ安堵した。


「他にも知った人は参加してますかね」

「どうだろうな。募集は一日だけだったから、外出している奴らはこのクエストにはありつけないし。大半は町から出て魔物討伐やら任務やら受けて、参加できない奴らのほうが多いと思うぞ」


 そうか、前の領主クエストの時に一緒に戦った人たちがいれば心強いと思ったんだけど、そうは簡単にはいかないらしい。殆どが新しいメンバーでこの窮地を乗り切ることになるだろう。


 何事もなければいいんだけど。


「子供がいるじゃん」


 また、新しい声が聞こえてきた。しかも、きっと私のことを言っているに違いない嫌味な言葉。はぁ、やっぱり子供は下に見られるから大変だな。


 そう思って、馬車の後方を見てみるとそこにいたのはローブを纏って杖を持った、同じ子供だった。


「えっ」


 もしかして、私……この子にさっきのセリフを言われたの?

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