224.魔物解体(2)
解体所で働き始めて数日、私はずっとメインの解体をこなしていた。ワイルドウルフ、リザードマン、オーク、ニードルゴート、ブラックカウ、メルクボア、ホーンラビット。これらが解体所のメインになるみたい。
オークとニードルゴートとは戦ったことがないんだけど、どうやら山のほうにいるみたいだ。今度山まで魔物討伐に行ってみようと思う。ヒルデさん、来てくれるかな。
楽な仕事は皮剥ぎだ。ワイルドウルフ、リザードマン、ニードルゴート、メルクボアが対象となっている。
逆に大変なのは食肉にする魔物解体。オーク、ニードルゴート、ブラックカウ、メルクボア、ホーンラビットだ。皮を剥ぐところまではいいが、内臓まで取らないといけないのが大変。
メインと言われるだけあって、持ち込みの量が半端なかった。冒険者の数としてCランクがいっぱいいるのだろう、Cランク以下の魔物を持ち込まれることが多い。
気が遠くなるほどの皮剥ぎと枝肉加工をやっていると、声がかかった。
「リル、調子はどうだ?」
「忙しさで気が遠くなりそうです」
「そうだろ、そうだろ。毎日さばき切れないほどの魔物が持ち込まれるんだから」
「裏ではこんなに忙しかったんですね。魔物討伐とはまた違った忙しさがあります」
やってもやっても終わらない現状に追い立てられるようだ。もっと人数を増やしてほしいが、長期の求人に応募してくる人は稀らしい。
「同じ作業ばかりで飽きた頃だと思ってな。喜べ、違う仕事をやろう」
「違う仕事ですか、ありがとうございます!」
「感謝するくらい追い込まれてたか……逆にすまかった」
やった、違う作業ができる。途中だったワイルドウルフの毛皮を剥ぎ取り、指定の位置に置いておくと解体所の奥へと連れ出されていく。
「剥ぎ取られた毛皮や皮は一旦こっちに運ばれる」
「ここは何ですか?」
「ここは洗濯場だ」
解体所の奥に行くと幾つかの水槽があり、担当の人が水槽を棒でかき回したり、手を水槽に入れてバシャバシャと毛皮を洗っているところだった。
「剥ぎ取った後、血肉がついているだろう? 業者に売り渡す前にここで付着した血肉を落とすんだ」
「そのまま渡したら汚いですものね」
「そういうことだ。ここで水洗いをして、脱水する。そして、隣にある小部屋で乾燥させてから、業者に渡すんだ」
「業者に渡す前に沢山の工程があるんですね」
剥ぎ取った後のままじゃ汚くて渡せないよね。こういう工程があるのとないとじゃ、業者の印象も違ってくるだろう。
「それじゃ、作業を開始してくれ。分からないことがあったら、隣にいる解体者に聞いてくれ」
「はい」
その人がいなくなると、洗いの作業が始まった。まずは洗い場に水を溜めて、溜めている間に毛皮を取ってこよう。どれぐらい入れたらいいんだろう? 隣で作業している人に聞いてみよう。
「すいません。一度に洗う数ってどれくらいがいいですか?」
「水洗いのことだな、四十くらいいけるぞ。えーっと、今は……ワイルドウルフの毛皮が沢山出ているからそれを頼む」
「ワイルドウルフですね」
「解体している人のところを見て、一番多く積み上がっている皮の洗浄から始めてくれ」
「分かりました」
一番多いのは……うん、ワイルドウルフが一番多そうだね。私は解体者の傍に行って、積み重なった毛皮を洗い場まで持っていく。何往復かすると、四十近くの毛皮を洗い場に入れることができた。
その頃になると、溜めていた水がいっぱいになり水を止める。さて、ここからが洗浄開始だね。隣の人を見てみると、棒でかき回して毛皮についた血肉を洗い落としているみたいだ。
私も傍にあった棒を使って、一生懸命にかき回す。結構重労働だから身体強化を使って回していくと、スムーズにかき回すことができた。これはどれくらい回していけばいいんだろうか?
とにかく目立った汚れが落ちるまで、やってみたらいいんじゃないかな。そういえば、この光景どこかで見覚えが……そうだ! 宿泊施設で働いていた時にやっていた洗濯だ!
ということは、ここでも水流の魔法が使えるんじゃないかな。棒を取ると、手をかざして魔力を高める。そして、洗い場の水が動き出すように魔力を放出した。
ゆっくりと回っていた洗い場が次第に早くなり、渦を作り出すほどに速く回る。うーん、一定の方向に回しただけじゃ汚れは取れないよね。洗濯機みたいに交互に逆回転させてみよう。
一度水流を止めてから、魔力を放出した。右回転、左回転……一周をしたら反対にもう一周。魔力操作で水流を作っていくと、洗濯機みたいな動きで洗い場の水が動き出した。
汚れも良く落ちているようで、水がどんどん濁ってくる。これだったら速く終われそうだ。
「な、なんだ? 水が勝手に動いている」
すると、隣にいた従業員が驚いてこちらの洗い場を見てきた。
「今、魔法で水を動かしているんです。こうすれば、汚れが良く落ちてくれます」
「魔法ってそんなこともできるんだ。はぁー、凄いなぁ。俺も習いたいくらいだよ、でも魔力は全然ないし無理そうだ。でも、そのやり方はいいなー」
「魔力がある人がいれば、教えたほうがいいですか?」
「んー……いるかな? 難しそうだ。魔力が多い人は大体冒険者になっちゃうからね、こんな町の仕事なんてしないよ」
やっぱり、魔力がある人は町の外に行ってしまうみたいだ。だから、町の中に残った魔力持ちは希少みたい。魔力補充の人たちは本当に希少な人たちなんだな。
話しながら作業を進めていくと、水の濁りが変わらなくなった。もうそろそろ頃合いなんだろう、一旦水流を止めて毛皮の様子を見ることにした。
水の中から毛皮を一つ引き上げて確認してみると、血の汚れが綺麗に落ちていた。このやり方は成功したみたいだ、これで次の工程に移れる。
洗い場の隣を見てみると、大きなローラーが上下に二本設置してある。これを脱水に使うんだろうか? 分からないから、聞いてみよう。
「すいません。このローラーで脱水すればいいんですか?」
「うん、そうだよ。やり方を見せようか」
「お願いします」
従業員は作業の手を止めると、ローラーに近づいた。
「洗った毛皮をこのローラーとローラーの間に挟んで、隣に付いたハンドルを回す。すると、ローラーに巻き込まれた毛皮が圧迫されて、それで脱水するんだ」
「圧力で脱水するんですね」
「そうそう。これをやるのは毛皮だけでいいよ、皮は脱水しなくてもいいから」
「分かりました、ありがとうございます」
お辞儀をして感謝をすると、従業員は自分の仕事に戻っていった。よし、全部で四十枚か……頑張って脱水するぞ!
洗い場の中から毛皮を取ると、汚れがないかチェックをする。チェックをして汚れがなければ、ローラーにセッティングして、ハンドルを回す。
押しつぶされた毛皮から余分な水が絞り出され、反対側に出される。毛皮が落ちる前にキャッチをして、その隣にあったすのこの上に一旦置かせてもらう。
作業はこの繰り返しだ。チェックして、脱水して置く、チェックして、脱水して置く。単純作業を繰り返していくと、他のことを考えてしまう。
もし洗濯機のような入れ物があれば、遠心力で脱水できるのにな。そしたら、一枚ずつ脱水しなくてもいいのに。もし、私が魔道具作りができるんなら、そういう便利機器とか作るんだけどな。
まぁ、そんな技術ないし無理か。でも、アイディアを持ち込むのはいいんじゃないかな。そしたら、専門の人が便利機器を作ってくれるかもしれない。うーん、そういう伝手がないかな。
そんなことを考えている内に四十枚の脱水が終わってしまった。考え事をしていたからあっという間だったよ。
さて、この次は乾燥の作業なんだけど……解体所の隅にあるあの小部屋が乾燥室らしい。近づいて扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは棚がいっぱい付いたカートだった。
それを引っ張ると、ちょうど毛皮が置けるスペースが棚になっていた。そのカートが二つ入っているみたい。私はそのカートを持って、従業員のところまで近づいた。
「あのー、ここに毛皮をセットしていくんですか?」
「ん、あぁそうだよ。毛皮をセットしたらまた話しかけてくれ、乾燥のやり方を教える」
「はい」
うん、合っていた。カートを積み重なった毛皮の隣に置くと、一枚ずつ毛皮を棚に入れていく。折り目が付かないように気を付けて並べていった。
あっという間に四十枚の毛皮を二つのカートにセッティングすることができた。次は乾燥だ。
「セットが終わりました」
「よし、じゃあカートを乾燥室に入れてくれ」
私と従業員でカートを押して、乾燥室に入れて扉を閉めた。
「扉の隣にあるボタンを押せば乾燥が始まる。毛皮は三十分、皮は十分くらいで完成する」
「皮も入れるんですね」
「濡れているからな。一枚ずつ拭いてもいいが、それだと手間になるだろう? だから、乾燥室に入れるんだ」
一枚ずつ手で拭いていたら時間がいくらあっても足りないね。乾燥室があって良かった。
「乾燥している間にまた洗浄作業をするんだよ、頑張ってね。あ、水は新しくするんだよ」
「はい、ありがとうございます」
よし、次の洗浄を開始しよう。解体者のところを見ると、新しい皮や毛皮が山積みにされている。作業はまだまだ続いていきそうだ。
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