223.魔物解体(1)

「今日はどんな仕事があるかな」


 朝、冒険者ギルドに来てクエストボードを確認する。大勢の人たちが立って見ている隙間に立たせてもらい自分の仕事を探す。このボードには興味をそそられるものはなかった。


 仕方なく違うボードを見に行く。立って見ている人たちの隙間を縫うように歩いて、二つ目のボードの前に辿り着いた。さて、今度のクエストボードにはあるかな?


 一つずつクエスト用紙をチェックしていくと、気になる仕事を見つけた。それはいつも冒険者としてお世話になっている仕事だ。


「魔物解体の仕事か」


 魔物解体ならワイルドウルフの毛皮の剥ぎ取りとリザードマンの皮の剥ぎ取りをしたことがある。もしかして、この仕事できるんじゃないかな。


 汚れ仕事だと思うんだけど、ここで魔物解体の技術を学んでおけばいい経験になるんじゃないかな。素材として傷つけてはいけない場所とか知ってたりしたら、高めに買い取ってくれるかもしれない。


 出先でマジックバッグがいっぱいになって素材が入らないっていう時に、素材として売れそうなところだけを持ち込むこともできる。解体のやり方を知れば、きっと魔物討伐の収入は増えてくれるに違いない。


 私はクエスト用紙を手に取ってカウンターに並んだ。


 ◇


「今日から臨時で解体作業をすることになった、リルだ」


 解体者たちの目の前で責任者の紹介が始まった。


「みんな知っている通り、いつも魔物討伐で大量に魔物を持ち込んでくる内の一人だ。俺たちのお得意様がこの度、俺たちの仕事に興味を持ったとかでこの仕事をすることになった」


 責任者の紹介で私に注目が集まる。なぜかみんなの顔がニヤついていて、ちょっと気持ち悪い。一体なんだろう?


「挨拶は以上だ。早速仕事に取り掛かってくれ」


 責任者がそういうと解体者たちは短い返事をした。そして、ニヤつきながらこちらに近づいてきた。えっと、本当に一体なんだろう。


「へっへっへっ、いつも大量のお仕事をくれてありがとよ。いつもは立場は違うが、今日からしばらくは俺たちと同じ立場だ」

「まさか、大量持ち込みのリルが俺たちと一緒に仕事をすることになるなんて、思ってもみなかったよ」

「ふっふっふっ、いつもは俺たちがしてやられている訳だが、今日はそうはいかん」

「えっと……よろしくお願いします?」


 話の内容が理解できない。歓迎は、されているみたいだ。でも変な風に歓迎されているように思える。


「魔物解体の処理がどれだけ大変か、その身を持って知るがいい」

「大量持ち込みのリルめ、俺たちの仕事の辛さを思い知るといい」

「まずはメイン中のメイン、ワイルドウルフの解体だ!」


 その言葉に解体者たちは熱を上げた。あ、ワイルドウルフならやったことあるから、自分でもできそう。とにかく、仕事をやりまくればいいよね。


 ◇


 汚れた作業台をタオルで一拭きするとワイルドウルフの死体を乗せた。大きなナイフを片手にまずは腹の毛皮を真っすぐに割く。その割いたところからナイフの先を中に入れていき、肉と毛皮を分離させる。


 ナイフの先を器用に動かして、スイスイと毛皮を剥ぎ取っていく。時々ワイルドウルフの向きを変えて、作業はどんどん続いていく。頭と足のほうは必要ないみたいで、首と足の付け根のところで毛皮を断ち切る。


 腹、横腹、背中、順番にナイフの先を入れると肉と毛皮を分離できた。これで一頭の毛皮の剥ぎ取りが完成だ。


 そして、その作業を近くで見ていた解体者たちはというと。


「そ、そんなバカなっ! 完璧な仕上がりだと!?」

「たった一回解体を見せただけでどうしてこんなに綺麗にできるんだ!」

「手際だって見事なものだったぞ。一体どういうことなんだっ……」


 凄く驚いていた。


「あの、全てではないですがワイルドウルフの解体は沢山こなしてました」


 森へ討伐しに行ったとき、マジックバッグの空き容量を確保するため現地で毛皮を剥いでいた。全てではないが、かなりの数をこなしてきたとは思っている。


 そのことを話すと解体者たちはまた驚いた表情をして、今度はぶつぶつと何かを喋り出す。


「まれに解体をする冒険者はいるのは知っていたが……まさか、本当なのか?」

「解体といっても数えるくらいの数だろう、そんなに多いわけが……」

「だが、毛皮を剥ぐ手際は良かったぞ。あれはかなりの数をこなしていないと無理な手さばきだった」


 私の毛皮剥ぎ、どこか可笑しいところがあったのかな。これでいいと思ったんだけど、本職から見たらまだまだだったのかもしれない。


「とりあえず、渡された分をどんどん解体していきますね」


 仕事は山のようにある。剥いだ毛皮を平べったい箱に入れ、処分する肉は専用のマジックボックスに入れておく。それから作業台をタオルで拭き、マジックボックスから新しいワイルドウルフを取り出す。


「いや、ちょっと待て」


 なぜかストップがかかる。


「ワイルドウルフの解体は良く分かった。ワイルドウルフは合格だ」

「だが、解体所には他にもメインの解体がある、まずはそちらの技術を習得してもらおう」

「ワイルドウルフと同等のメイン解体、リザードマンだ!」


 今度はリザードマンか、それもなんとかこなせそうだ。


 ◇


 リザードマンの皮を剥ぎ取り、できあがった品を見てもらう。


「嘘だろ、リザードマンも完璧だと」

「手際もかなり良かったぞ」

「一度見ただけでこんなに上手にできるものなのか」


 解体者たちはできあがった品を見て驚いているみたいだけど、上手にできたのかな?


「あの、リザードマンの解体ならやったことがあります。こんな感じで良かったでしょうか?」

「あ、あぁ……全く問題ない」

「本当にこの子が解体を?」

「も、もしや!」


 一人の解体者が何かを思い出したように声を上げた。


「時々、大量に解体された素材を持ち込んでくる素晴らしい冒険者がいたよな? その時、持ち込んできた素材はワイルドウルフの毛皮とリザードマンの皮だった」

「そ、そういうことか!? もしかして、君がその冒険者だったのか!?」

「えーっと、それが私かは分かりませんが、ワイルドウルフの毛皮とリザードマンの皮なら持ち込んだことがあります」

「なんてこった! なんで気づかなかったんだ、君があの素晴らしい冒険者だったっていうことに!」


 他に持ち込んだ人がいなかったら、それは私ということになるのかな? 毎回結構な数を納品していたし、話に出てくる人はやっぱり私のことなのかな。


 すると、その解体者たちが手を握り固い握手をしてきた。


「君のことは噂していたよ、まさかこんな小さな冒険者だったとは知らなかった。今までの非礼を詫びさせて欲しい、すまなかった」

「魔物を素材にしてくれて本当に助かったよ。仕事が減って、早く家に帰れたよ」

「魔物を解体してくれてありがとう。いつか会って感謝をしたかった」

「えっと……どういたしまして?」


 なんだか変な調子が続いていてついていけない。えっと、今までって非礼だったことをしていたってことなのかな? そうは思えなかったけど、この人たちがいうんならそういうことなんだろう。


 私は普通に仕事をしていただけだし、あんまり気にしてないのにな。でも、この人たちにとってはそうじゃなかったみたい。まぁ、これで満足してくれたかな。


「じゃあ、仕事の続きをしてもいいですか?」

「いや、あと一つメインの解体があるんだ。そっちを先に教えよう」

「オークの解体なんだが、やったことはあるか?」

「あ、オークの解体は初めてです。しっかり教えてもらえるんですか?」

「もちろんだ。なんてったってメインの解体だからな、しっかりと仕事をしてもらうために習ってもらうぞ」


 ここにきて初めての魔物、初めての解体だ。よーし、しっかりと習って技術を習得するぞ。


「オークの素材は食肉だ。皮を剥ぎ取り、内臓を処分して、余分なところを切り落とすまでが作業だ」

「他のメインと比べてやることが多いから、しっかりと作業を覚えるんだぞ」

「じゃあ、手本を見せるぞ」


 作業台にオークが乗せられると、作業が始まった。

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