200.魔物討伐~森と湖~(7)

 ズールベアを倒すと、その体はそのままマジックバッグに入れた。どうやら毛皮も肉、爪や内臓にいたるまで売れる素材らしい。どれだけの金額になるのか今から楽しみだ。


 ズールベアを倒す力があると分かると、私たちは積極的にズールベアを探し始めた。森の奥まで入り込み、ズールベアを見つけては倒していく。


 結局その日は三体のズールベアを倒して討伐は終了した。森の奥に来たから早めに引き上げないと暗くなっちゃうからね、ほどほどに戦って野営地まで戻ってきた。


 テントを設営して夕食を取り終わると、ヒルデさんが今日のズールベア戦について色々と話してくれる。


「できればズールベアが攻撃をする前にこちらから攻撃を仕掛けたほうがいいだろう。そうでなければ、ズールベアに勢いで押されてしまう」

「んー、難しいですね。ズールベアよりも早く攻撃を仕掛けるためには、不意打ちしかないと思います」

「いや、対峙してから考える時間が惜しい。考える前に体が自然と正解の動きをしているのが望ましい」


 ヒルデさんは難しいことをいう、動くためには考えないといけないのに考えずに先に動けという。今までとは全然違う戦闘スタイルに悩みは深くなる。


「それだけの域に達するためにはもっともっと経験を詰まないといけなさそうです」

「まぁ、簡単なことを言っても仕方ないしな。瞬時に答えを導き出して、敵よりも早く動ければ、それはリルの強みとなるだろう」

「ですから、ヒルデさんの言っていることは難しいことなんですってば」

「そうか? リルなら簡単にやってくれそうだ」


 ヒルデさんから私への株がどんどん上がっているような気がする。それに加えて要求される難易度も上がっているような気がした。


 でも、私のことを思って言ってくれているんだから、そのアドバイスを私は生かさないといけない。言っていることは少しは分かるけど、果たして自分にできるのかが不安だ。


 ヒルデさんのアドバイスを受けて、私の戦闘スタイルはかなり変わっていった。今までよく考えて戦っていたけど、瞬時に判断をして戦うように変わる。


 つきっきりで色々と教えてもらったけど、これって実は凄いことなんじゃないかって思う。今までの経験を私に無償で教えているんだもの、普通だったらお金を取られても文句は言えないのに。


 どうしてこんなに親身になってくれるんだろう。


「あの、少し聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「どうして、そこまでして私に親身になって教えてくれるんですか? 私からヒルデさんには何もない、無償なのに」


 色々と教えて欲しいとお願いしたけど、どうしてここまで親身になってくれるのかが分からなかった。その話をするとヒルデさんは少し驚いた顔をした後、小さく笑う。


「そうだな、昔の自分みたいでほっとけなかったからかな」

「どういうことですか?」

「私は孤児だったんだ、だからこの年齢で一人でいるリルに昔の自分を重ねていたんだよ」


 ヒルデさんも私と同じで一人だったっていうこと?


「といっても私には孤児院のみんながいたし、冒険者稼業を教えてくれる人もいた。それなりに恵まれてはいたせいか、リルの境遇に同情はしていたよ」


 そっか、本当に一人じゃなくて他にも頼れる人がいたってことだよね。集落で暮らしていた時の私と同じだ。


「だからあれこれと世話を焼いてしまったな。それに真剣にお願いされたら断れなくなるくらいには絆された。懸命に頑張る姿を見て、ほっとけなくなったんだ」


 ヒルデさんが優しい人だったから、私にこんなに良くしてくれていたんだ。見た目は怖い感じだけど、話してみると全然そんなことなくて、むしろいい人だと勝手に尊敬してしまうくらいだ。


 いい人に出会えて良かった。ここまで面倒を見てくれる人なんて他にはいないはずだから、この出会いに感謝をしないといけない。いや、一番に感謝をしないといけないのはヒルデさんにだ。


「私の親切は迷惑だったか?」

「全然そんなことないです! むしろ、感謝しています。ここまで面倒を見てもらえるとは思ってもみなかったので、お返しができないことが心苦しくて」

「お返しなんて気にしないでいい、私がやりたくてやっていることだ。それに、私のほうも楽しんでやらせてもらっている、いい暇つぶしにはなっているよ」


 それならいいんだけど。いや、ここは素直に好意を受け取っておこう。私も私のためにできることをして、これからの生きていく力にしていくんだ。好意に甘えるような図太さがなくっちゃこの先も生き残れない。


 ヒルデさんには心からの感謝をして、もう少し色々と頼らせてもらおう。


「あの、これからもよろしくお願いします」

「あぁ、任された」


 深々とお辞儀をすると、ヒルデさんに笑われたような気がした。


 ◇


 翌日、コーバスに帰る日だ。帰りの馬車は昼過ぎに出発するようで、それまでまだ時間があった。朝食を食べ終わった私たちは今日の予定を話し合う。


「今日はそれほど時間があるわけではない。近場で済む場所で討伐でもするか? 今日の条件だとリザードマンを相手にするのが一番いいと思うのだが」

「討伐も大切だと思います。でも、他に教えて欲しいことがあります」

「他に教えて欲しいこと? なんだ、言ってみろ」


 この際、とことんヒルデさんに頼らせてもらおう。真っすぐに向き合うと、視線を逸らさずに言う。


「ヒルデさんに剣を教えてもらいたいです」

「私の剣を?」


 不思議そうな顔をしてヒルデさんは首を傾げた。


「教えて欲しいのは魔物のことや、討伐の仕方じゃないのか? それが冒険者として生きる力になると思うが、そこに私の剣は必要なのか?」

「冒険者として生きていくのであれば討伐の仕方を教えてもらえばいいと思います。ですが、それ以外の経験も詰むことで、より強くなれるような気がするんです」


 色んな強さがあると思う、魔物と戦うことで得られる強さもあるだろう。だけど、魔物以外と戦うことで得られる強さもあるはずだ。その強さを手に入れられれば、きっと自分のためになるはずだ。


 経験はいつどこで為になるか分からない部分がある。色んな経験をすることで培われるものもあると思う。だから、討伐の仕方以外の経験もするべきだと考えた。


「私には今までの自分の行動や考えから得られた経験しかありません。ですが、今はヒルデさんがいます。ヒルデさんが今まで培われた経験を少しでもいいから体感してみたいです」

「私の経験をリルが、か。なるほど、リルなりに考えているんだな」

「まだまだ経験が浅い自分がこの先も生き残るためには、色んな経験を積んでいた方がいいと思います。だから、ヒルデさんと剣を交じえることも大事な経験です」


 ヒルデさんから剣を学んだ後、私に何が残るのかは分からない。もしかしたら、何も身にならなかった……なんていうこともあるかもしれない。でも、積んだ経験は無駄にはならないはずだ。


 ヒルデさんが腕を組んで考える。しばらく、無言のままでいたけれど、考えがまとまったのか口を開く。


「私の剣は自己流だ、教えるにしても訳が分からない部分があると思うし、リルにはできないこともあるかもしれない」

「ヒルデさんと私とじゃ力も速さも違いますし、身長も年齢も違います。その差があるがために会得できない部分があるのは承知の上です」

「今まで剣を教えたこともないから、伝えたいことが伝わらない可能性もある。教わりたいものが学べないこともあるぞ」

「経験はきっと私のためになるはずです」


 問答が終わり二人とも静かになる。しばらくの静寂の後、ヒルデさんが小さく笑った。


「なら、やってみるか」

「はい、お願いします!」


 やった、話が通った! 喜んでお辞儀をすると、笑い声が聞こえる。


「まさか、そこまで喜ばれるとは思ってもなかった」

「しっかりと教わるのは初めてなので、とても楽しみです」

「リルも初めてなら、私も初めてだな。まぁ、気楽にやろうか」

「はい!」


 こうして、ヒルデさんの指導が始まった。魔物討伐だけじゃなくて、対人の戦闘も学ぶ機会が巡ってきた。これがなんの役に立つか分からないけど、経験をしておいて損はない。


 また一歩、強い冒険者へ近づいていく。

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