193.冒険前の出費
大農家のお手伝いが終わり、私は宿屋に戻ってきた。干し草ベッドも良かったなぁ、もう少し寝泊りしたいくらいだ。
「あ、リルちゃんおかえりなさい」
「ただいまです」
宿屋のカウンターにはお姉さんが座っていて、笑って挨拶をしてくれる。なんだか帰ってきたって感じだ。すると、お姉さんがカウンターの下にある棚から何かを取り出した。
「リルちゃんにお手紙を預かっているわ。ヒルデさんっていう人からよ」
「ヒルデさんからですか!」
「はい、お手紙と部屋の鍵ね。そういえば、夕食は食べた?」
「外で食べてきました」
お姉さんに近寄って手紙と部屋の鍵を受け取る。少し駆け足で階段を登っていき、自分の部屋の鍵を開けて中へと入る。背負っている荷物もそのままに手紙を開けて中身を確認する。
「えーっと『リルへ、そろそろ身体超化が体に馴染んだ頃じゃないかと思っている。一緒に外へ冒険にいかないか?』やった、とうとう一緒に外へ冒険に出れる!」
いつ外の冒険に出られるんだろう、ってずっと気になっていたけど、とうとうその時がきた。もう一度手紙を読むくらいに私は嬉しくなった。
「『詳しい話をしたいので、明日の午前中に冒険者の恰好をして私の家を訪ねてほしい』うん、明日だね」
えへへ、とうとうヒルデさんと冒険か楽しみ。こうしちゃいられない、シャワーを浴びて、洗濯物をお願いしてこなくちゃ。早く寝て明日に備えよう。
◇
翌朝、遅くに宿屋を出てヒルデさんの家へと向かう。何度か行ったことがあるので道は分かっている。迷わずに家に着くと、部屋についているノッカーで扉を叩いた。
しばらく待っていると扉が開く。
「久しぶりだな、リル」
「おはようございます。よろしくお願いします」
「さぁ、中に入って」
玄関に入ると、ブーツを脱いでスリッパに履き替える。そのままリビングにいき、ダイニングテーブルのイスに座った。
「お手紙ありがとうございます」
「リルは忙しいんだな、てっきり毎日町の中で働いているものだと思っていたよ」
「今回はたまたま町の外に行く仕事だっただけですよ」
ちょっとした息抜きに町の外へのクエストを受けていただけだからなー。思ったよりも息抜きになって本当に良かった。
「約束していた外の冒険に連れていく話だったな。それがリルの冒険者のスタイルか」
「はい、今までこれでなんとかやってきました」
「剣を見せてくれないか?」
鞘から剣を抜いてヒルデさんに手渡す。
「オファルト鋼の武器か、結構いい武器を使っていたんだな」
「当時はお金があったので、奮発していい武器を買ってみました」
「そうか、これからCランクの魔物を倒すのであれば十分な武器だと思う。だが、良かったら新しい武器に買い換えてみないか?」
新しい武器?
「Bランクの冒険者が良く使っている素材、ミスリルだ。オファルト鋼の上位素材になっている」
ミスリル、上位素材か。
「オファルト鋼よりは重いが、他の金属よりは軽く丈夫だ。リルは魔法も使うだろう? 魔法伝達力もオファルト鋼より上だ」
「話を聞くとオファルト鋼よりもミスリルが上位素材って感じがします」
「今までいい武器を使って戦ってきたんだ、体もいい武器を使うことに馴染んでいると思う。少しでも生存率を上げるために敵と同等ランクの武器よりは、少しでもいい武器を使うべきだ」
そうなんだよね、今までの戦闘ではいい武器を使っていたから助けられた一面がある。オファルト鋼はCランクの冒険者が使う素材って言ってたから、今使うならそれよりも上の武器を見繕ったほうがよさそうだ。
「どうだ、買い換えるか?」
「はい、そうします」
「よし、じゃあ武器屋に行くか。実はもうすでに目星はつけてあるんだ」
事前に確認をしたってこと、そこまでしてくれるなんて……ありがたい。まだまだ、経験が浅いから見繕うことができないから助かるな。
◇
「いらっしゃい。おや、ヒルデじゃないか」
「おばさん、前見ていたヤツあるか?」
「もちろんあるよ、ちょっと待っててね」
お店の中に入るとすぐにヒルデさんがやり取りをしてくれた。店の中を見渡すと高級そうな武器が並べられていて、ちょっとだけ萎縮してしまう。そういえば、ミスリルの剣ってどれくらいするんだろう、あんまり高くないといいな。
待っていると、店の奥からおばさんがやってきた。持ってきた剣をカウンターの上に置く。
「ほら、これだよ」
「ありがと。ほら、持ってみな」
ヒルデさんに促されてカウンターの上を見る、そこには反りの入った白銀の綺麗な剣があった。刃は七十センチメートルくらいあり、今使っている剣よりも少し長い。
柄を握り持ち上げてみると、やはり今使っている剣よりも重い。でも苦じゃない重さだ。昔に比べれば力もついているから、難なく振り回せそう。
「これで試し切りをしたらどうだい」
おばさんは直立した棒を持ってきた。それを床の上に設置すると、おばさんはその場を離れる。
「店の中でいいんですか?」
「その武器の長さなら問題ないよ。バッサリ切ってみたらどうだい」
「やってみな、リル」
「はい」
棒の前で剣を構えて集中する。ゆっくりと剣を上げて、勢いよく剣を振り下ろす。棒がスパッと切れて先端が床に転がった。凄い、全然抵抗とか感じなかった。
「どうだった?」
「抵抗なく切れました、凄いですね」
「Cランクでは二足歩行の魔物が出てくる。ということは、骨が丈夫な魔物が出てくるんだ。その魔物に攻撃を仕掛けた時、邪魔になるのが骨だ。骨を切るほど深く切りつけないと魔物は倒れない」
太くて固い棒を簡単に切ることができるミスリルの剣。この剣があれば魔物の骨を断ち切ることが容易になりそうだ。
「それに骨を断ち切ると剣への負荷が強くなる。ようは刃が潰れてしまって切れ味が落ちてしまうんだ。それがないように、少しでも丈夫な剣を使ったほうがいいんだ」
そうだよね、固い骨を断ち切ると剣の刃が悪くなってしまう。メンテナンスに出すのも大変だし、戦いが続く場面だと死活問題だ。そうか、魔物のランクが上がるってことはそういうことなんだ。
「身体強化や身体超化があれば骨なんて簡単に切れると思うが、剣がもたない可能性がある。そこで上位素材を使った剣が必要なんだ」
「私、自分の体だけ強化すればいいと思ってました。だけど、強化した分武器も強化しないとダメなんですね」
「そうだ。体が強くなるなら、他の部分も強化をしなければいけない。これは忘れないで覚えておくように」
冒険者のランクが上がったことを喜んでいたけど、しっかりと色々と考えないとダメだね。今回の件は盲点だったから、経験者のヒルデさんの意見が聞けて本当に良かった。
「この剣でいいか?」
「はい」
「なら、今使っている剣を下取りしてもらおう。剣の素材は溶かして使えるからな」
「はいよ」
腰にぶら下げた剣を鞘ごと渡すと、おばさんが確認していく。
「なるほど、オファルト鋼だね。これだったら十四万ルタで買い取りだよ」
「結構お高いんですね」
「ああ、そうだよ。でもミスリルも負けてないよ、この剣は九十六万ルタさ」
えぇー、今の剣の六倍以上する!!
「はははっ、驚いているね。これでも安いほうさ、他の冒険者は武器はもう少し大きくなるから、その分材料費も高いんだよ」
そ、そっか……私はこれくらいの身長だから他の冒険者に比べて武器が短いんだ。だから、他よりも安いと……でもやっぱり高いよー。
「ふふっ、そんなに落ち込むな。それくらいのお金なら魔物討伐でいくらでも稼げるぞ。大体三か月分だろう」
三か月分の剣か、でもこれからの活躍次第ではお金は沢山貯められるし、ここは我慢だ。
「そうそう。冒険は外泊になるから、外泊に必要な備品も買いに行くぞ」
うわああ、出費がかさむー!
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