184.領主クエスト、襲撃の撃退(8)
「ウゥゥッ!」
ネームドが威嚇をしてきてちょっと怖い。怒っているようで、歯をむき出しにしている。いつ飛び掛かられてもおかしくはない。
「リル、お前は後ろに下がっていろ!」
今まで対応していたラミードさんと他の冒険者が近くまで走ってきた。他の冒険者がネームドを取り囲むようにして、ラミードさんは私の前に立ちふさがる。
「私は大丈夫です。これでもワイルドウルフを五頭も倒しました」
「五頭だと!? それ、本当に言っているのか?」
「もちろん、嘘は言いません」
「マジかよ。さっきも攻撃を避けていたみたいだし、攻撃だって加えたし……本当に戦えるのか?」
まだ疑っているみたい。さっきも見ていたはずなんだけど、それでもダメなのかな。ううん、ここは引かないで一緒に戦いたい。私ができることはなんだろう?
あのネームドは私を狙ってここまでやってきた。きっと私が一番弱く見えるから標的にしたんだよね。劣勢を見て、一人でも多くの敵を倒すために倒しやすい敵を狙ったって感じかな。
ラミードさんを含めた複数の冒険者と戦っても、あのネームドは倒されていない。傷は負っているけど、致命傷っていう感じではない。まだ攻めあぐねている感じだろう。
そのお手伝いができればいい、私の役目はそこだ。ネームドの気を私が引き、他の冒険者の攻撃する隙を作りさえすれば、ネームドを倒せるかもしれない。うん、これでいこう。
「ラミードさん、提案があります。私が囮になりますので、隙をついてネームドを倒してください」
「囮ってマジで言っているのか? 相手はネームドだぞ、囮になるどころか餌食になる可能性もある」
「大丈夫です、任せてください。見ててください!」
「あ、おい!」
私はネームドに向かって駆け出した。標的が現れたと思ったネームドが動き出す。お互いに駆け出し接近する、先に攻撃を仕掛けるのがネームドだ。
間合いに入ると前足で急ブレーキをして体を前に出してくる、体当たりだ。ドン、と体と体がぶつかる、だけど身体超化中なのでそこは踏ん張れた。
そこに爪の攻撃がくるが、とっさに剣で防いだ。
「ガアァァッ!」
体を伸ばして今度は噛みつき攻撃だ。私は後ろに大きく飛ぶことでその一撃をかわすことができた。息つく暇もないほどの猛攻に攻撃の手が緩くなってしまう。
でも、私が攻撃できなくても他の人が攻撃を仕掛けてくれる。
「うおぉっ!!」
他の冒険者が隙を見て槍を突き出してくる。槍先はネームドの後ろ足に深く突き刺さった。だけど、まだ動く余裕があるネームドが飛んで逃げる。
「ここだぁっ!!」
大柄な冒険者が巨大なメイスを持って、ネームドに飛び掛かった。力強く振りかぶると、ネームドの胴体をとらえることができた。横っ腹に重い一撃が入り、ネームドは吹き飛んだ。
いや、自分の足で地面を蹴って飛び、衝撃を殺した。だけど、その先でラミードさんが待ち受けている。
「ここで、決めてやる!」
逃げた先で待ち構えていたラミードさんは大剣を振りかぶった。咄嗟のことで対応できないネームドはその大剣を受ける。大剣の刃がネームドの首を切り落とした。
「ガアァァッ!!」
まだネームドは倒れない、もう一つ首があるからだ。そのネームドは私に残った顔を向けると、駆け出してきた。倒れる前に一人でも道づれにするためだろう。
こうなったら、私が迎え撃つ。ネームドの動きをしっかりと見定めて、その時を待った。
「リル、手負いで危険だ! 攻撃を避けろ!」
ラミードさんが叫んだけど、ここは引けない。ここで避けても相手はどこまでも追ってくるだろうから、仕留めるのなら今しかない。
ネームドが噛みつくタイミングに合わせて地面を蹴って飛んだ。宙でくるりと回ると、噛みついてきた頭めがけて剣を振り下ろす。
「はあっ!!」
全力の一撃、剣が相手の首を捉えて刃が相手の首に深く入った。腕に力を込めて、剣を押し付ける。
ザシュッ
剣を振り切るとグラリとネームドの頭がずれ、地面に落ちた。そして、体から力が抜けたのか横倒しになる。ネームドの二つの頭を切り落とし、戦闘は終了した。
立ち上がってラミードさんたちを見てみると、こちらを見ながら驚いている様子だ。口を開けて信じられないものを見た、と言わんばかりだ。
何か一言あったほうがいいのかな? 私は拳を作ってみせて、自信満々にいう。
「ネームド、倒しました!」
最後の美味しいところを奪った感じになったけど、大丈夫かな? ラミードさんたちの様子を窺っていると、驚いた顔が呆れたような笑いになった。
「やるじゃん、嬢ちゃん」
「見事な一撃だった」
「リル、お前なぁ」
ラミードさんたちが近づいてきた。なんだろう? と思ってみると、ラミードさんの大きな手が私の頭を掴んでわしわしと撫でた。
「全く、心配したんだぞ。無茶はするな」
「そ、そんなこと言っても……あれは逃げられなかったですよ」
「そうだとしても、逃げて欲しかったぞ。全く……大したヤツだな、お前は」
心配してくれるのは嬉しいけれど、冒険者として認められたことがもっと嬉しい。なんだか、この街に冒険者としても受け入れられた感じがしてとても気持ちがよかった。
「それじゃ、残りを片づけるぞ。頼んだぞ、小さな冒険者」
「……はい!」
仕事は最後まできっちり終わらせよう。それで領主さまのクエストは完了だ。
◇
戦闘が終了した草原で冒険者たちが作業をする。倒したワイルドウルフをマジックバッグに回収する人と穴を埋めなおす冒険者に分かれていた。
ワイルドウルフを回収する人たちは冒険者ギルドから預かっていたマジックバッグの中に入れている。穴を埋める人たちはスコップを使って地道に土を戻していた。
掘るのは大変だったけど埋めるのは簡単だ。穴の近くに山になった土をそのまま戻すだけでいい、身体強化を使えば楽々に土を戻すことができた。
それぞれが黙々と作業をすると、あっという間に終わってしまう。周囲を見渡すと戦闘の痕はあちこちに残っているが、普通の草原に戻った。あとは冒険者ギルドに戻るだけとなる。
「それじゃあ、馬車に乗ってコーバスに戻るぞー。早く乗れー」
冒険者の人が声を上げて馬車への誘導を開始した。作業が終わった冒険者は次々と馬車の中に乗り、床に腰を下ろした。冒険者が十人もいるんだから、馬車の中は結構狭くなる。
全員が馬車の中に入るのを確認すると、御者をしていた冒険者が馬車を進ませた。ガタゴトと揺れて進む馬車の速度は速い、流石は特別な四頭立ての馬車だ。
これなら夕方頃には町に戻れそうだ。
「あんた無事だったのね」
その時、声がして前を見ると馬車の中で一緒になった女の魔法使いがいた。
「はい、怪我もなく作戦を終えることができました」
「そう、なら良かったわ。本当にあんたって戦えたのね、見た目に騙された感じよ」
「そうですか?」
そんな見た目は弱そうに見えるってことだよね。うーん、強そうに見てもらうにはどうすればいいんだろう。
「で、結局何頭倒したのよ。私は五頭よ」
「僕も五頭です。なんだ、君と同じですか」
「えー、あんたも一緒なの? なんか活躍したって感じじゃなくなったわ」
女の人が話すとあの時馬車に乗っていた男の魔法使いが話しに入ってきた。そっか二人とも五頭も倒したんだ、強い魔法使いだったんだね。
「私も五頭倒しました」
「えぇ、あんたも同じなの? これじゃ比べようがないじゃん」
「子供の五頭と大人の五頭は大きな差があるんじゃ……」
「そんなこと言わないでよ。あーあ、言わなきゃよかったわ」
本当はネームドのとどめも刺したけど言わないほうがいいのかな? 二人の言い方に棘がなかったし、もう普通に接して貰っているし、これ以上拗れたくないから言わないでおこう。
「そいつはそれだけじゃないぜ。ネームドのとどめを刺しやがった」
ラ、ラミードさんがばらした! 瞬間周囲が騒がしくなった。うぅ、注目集めるのは苦手なんだけどな。
「そうそう、子供の動きじゃなかったぞあれは」
「うむ、迷いのない強い一撃だった」
他の二人も便乗しているし、なんだか恥ずかしいよ。恐る恐る、二人の魔法使いを見てみると、凄い顔で驚いていた。まるで、信じられないと言っているようだ。
二人が絶句している間に馬車の中はとても盛り上がった。話題の中心になってしまった私は色んな人に茶化されながらも褒められる。嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしいよー……
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