182.領主クエスト、襲撃の撃退(6)
全速力で駆け抜ける馬車。その後を追ってくる、五十頭以上のワイルドウルフ。それを迎え撃つ私たち冒険者。
魔法使いの二人は手放しで立ち上がれなくて、ワイルドウルフを撃退できないでいた。このままだと馬車が集団に襲われてしまう危険性があったから、前に出ていく。
身体強化をしているお陰か、激しく揺れる馬車の中で手放しで立っていられる。二人が何もできないのであれば、私がどうにかするしかない。でも、二人は中々認めてくれなかった。
「ちょっと、子供は後ろにいなさいよね!」
「そうですよ! ここは大人の僕たちが出番なんです!」
「そうはいっても、二人の魔法は当たらないじゃないですか。このままだと、馬車が襲われます」
「うるさいわね、魔法は当たるわよ!」
「そこをどいてください、僕が魔法を放ちます!」
二人ともやる気があるのはいいんだけど、本当にこのままじゃダメだと思う。口だけは立派だけど、二人とも立てないでいるから代わることができない。
二人に気を取られていると、またワイルドウルフがものすごい速度でこちらに駆け出してきた。
「ガウッ!」
今度は大きく跳躍してきた、馬車の中に入る気だ。そうはさせない、私はタイミングを合わせて剣を振った。
「ギャン!」
斬られて体勢を崩し、失速した。落ちていくワイルドウルフは馬車の縁にドンとぶつかり、馬車の外に転がっていく。このまま受け身でいると、いつか馬車の中に入られてしまう。
片手を前に構えると魔力を高める。手の前に風の玉を作り上げると、ワイルドウルフに向かって放った。
「ガウッ!」
ワイルドウルフの顔面に着弾した。少しよろけて失速したが、すぐに態勢を整えて馬車の後を追ってくる。威力が弱かったか、もっと威力を強くするか別の魔法を考えないと。
「ほら見なさい! あんたの弱い魔法じゃ、けん制にもならないのよ! 早く私と代わりなさい!」
「僕みたいな強い魔法使いの魔法じゃないと意味がありません! その場からどいてください!」
魔法使いの二人がそういうが、一人は四つん這いのまま、もう一人は馬車の縁に掴まったまま動かない。やっぱり、ここは二人に任せておいたら大変になる、自分でなんとかしないと。
威力があって動きが止まるもの、そうだ雷魔法はどうだろう。風弾みたいにして放つことができれば、ワイルドウルフの動きを止めることができる。
もう一度手を前にかざして魔力を高める。他の二人が騒がしいけど、止めるのはこれを見てからにして欲しい。呼吸を整え、魔力を雷に変換していく。
手の前で雷が生成されていく。バチバチと音を立てて、球体を作る。身体超化のお陰か魔力操作が上手くなったように感じた。難しい雷を球体にすることができる。
一番前にいるワイルドウルフに照準を定めて、雷玉を放った。
バチバチバチッ
「ギャン!」
まっすぐに飛んだ雷玉はワイルドウルフに着弾して、放電された。雷を食らったワイルドウルフは短い悲鳴を上げ、地面に転がる。よし、この雷魔法でなんとか撃退できそうだ。
「これで大丈夫そうですね。ここは私に任せてください」
「い、今のはまぐれよ! まぐれで当たったんだわ!」
「そうです、まぐれですよ! まだ君に任せられません!」
一回だけじゃ信用してくれないか。だったら、信用してくれるまで当てればいいだけだよね。
手をかざし、魔力を高めていく。雷玉を作ると、一番前にいるワイルドウルフめがけて放った。それが着弾すると、放電され、感電すると足をもつれさせ地面を転がる。
うん、いい調子だ。私は次々に雷玉を作り、追ってくるワイルドウルフめがけて放つ。一頭、二頭、三頭と立て続けに雷玉が当たり地面に転がっていく。それでも、まだまだ数はいる。
ワイルドウルフがこちらに飛び掛かる前に私は次々と雷玉を作り放っていった。すると、先ほどまでうるさかった魔法使いの二人がだんだんと静かになってくれる。
「……ふん、いいわ! ここは譲ってあげるわ!」
「僕たちが活躍するのは掃討戦の時ですからね!」
ということは、この場は譲ってもらったっていうことかな。そういうことなら、撃退することに集中しよう。絶対にこの馬車を作戦地点まで到着させるんだ。
気を引き締めて、集団のワイルドウルフと対峙する。
◇
ワイルドウルフは何度も馬車に飛び掛かってきた。その度に剣で切り伏せ、馬車を守った。傷はそんなに深くないのか、切り伏せたワイルドウルフは脱落することなく後を追ってくる。
攻撃されるだけじゃなく、こちらからも攻撃をしかけた。雷玉を作り、それを先頭を行くワイルドウルフに向かって放った。感電すると地面を転がり、馬車から離れる。
その繰り返しだ。一人で対処していると体は疲れてきて、だんだんと辛くなってくる。だけど、まだ作戦地点じゃない。作戦の成功を強く願い、気力をふり絞ってワイルドウルフと対峙した。
「見えてきたぞ、作戦地点だ!」
御者の冒険者が声を上げた。やった、どうにか持ちこたえることができた。一瞬、喜びが沸き上がったが油断は禁物だ。視線をワイルドウルフから外さず、すぐに対処できるようにした。
ワイルドウルフたちは森の傍からずっとこの平原までついてきている。凄い執念だ、普通なら諦めているのだろう。でも、そこに何かの意思みたいなものを感じた。
このワイルドウルフの集団の中にネームドがいる。そう思わずにはいられないほどにこの集団は恐ろしい。これが作戦じゃなかったら、今頃は馬車は襲われていただろう。
「馬車が大きく揺れるぞ、振り落とされないように何かに掴まれ!」
その声に私は馬車の枠に掴まった。すると、馬車が大きく揺れ動いた。カーブを曲がるみたいな圧を感じて、倒れないように足で思いっきり踏ん張る。
長い時間その圧を感じた。すると、ふわっと圧がなくなり馬車の速度が少しずつ落ちていく。
「ギャワワッ!」
「ガァッ!」
「ガウッ!」
馬車の後方でいくつものワイルドウルフの悲鳴が轟いた。顔を上げてみてみると、落とし穴にはまっていくワイルドウルフの姿が見える。でも、未だに馬車の後ろに追ってきているものもいた。
「馬車が止まるぞ! 戦闘準備だ!」
今ここで飛び掛かられたらまずい。すぐに立ち上がり、雷玉を作りワイルドウルフめがけて放った。
「ギャウンッ!」
残り二頭。追いつかれる前に速攻で雷玉を作り、また放った。
「ガアッ!」
残り一頭。雷玉を作る前にワイルドウルフが飛び掛かってきた。すぐに剣に持ち替え、瞬時に身体強化をして剣を振る。
「ギャッ!」
切り伏せられたワイルドウルフが地面に叩きつけられた。なんとか間に合った、ちょっと力が抜けて片膝を床につける。
ガタゴト、と馬車がようやく止まった。周りの状況は今はまだよく分からないけど、作戦決行だよね。気を持ち直して立ち上がると、先に魔法使いの二人が動いた。
バッと馬車から飛び降りると、私の前に立ちふさがる。
「よくやったわね、褒めてあげるわ。あんたがあんなに頑張るだなんて思わなかった」
「君がここまでできるなんて思いませんでした。お陰でここまで来れました」
こちらを振り向き笑ってそんなことを言ってくれた。
「馬車の中ではあんたに頼ったけど、ここからは大人の仕事よ。私の火魔法をしっかりと見届けなさい」
「何を言っているんですか、僕の氷魔法のほうがずっと凄いに決まってます。君は自分の身を守っていなさい」
今までの突き放すような話し方じゃなかった、私を認めてくれた上でそう言ってくれていた。最初は何が何やら分からなくてボーッとしていたけど、そのことを理解すると体から喜びが溢れてくる。
子供だからと突き放されていたけど、今では冒険者として認めてくれたみたいだ。それが嬉しくて戦闘中なのに顔がほころんでしまう。ダメダメ、しっかりしなきゃ。
私も馬車から飛び降りた。
「気を使ってくれてありがとうございます。ですが、私はまだまだこれからです。一緒に戦わせてください」
ワイルドウルフの掃討戦の開始だ。
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