181.領主クエスト、襲撃の撃退(5)

 馬車が走り始めた時、森の中から無数のワイルドウルフが現れた。次々と現れるワイルドウルフは走っている馬車に向かって駆け出してきている。


「ガウッ!」

「ガアァッ!」


 全速力で駆ける馬車に向かって駆け出してくる。突然のことだったけど、作戦の決行だ。


「振り落とされないように、しっかりと馬車に掴まってろよ!」


 御者の冒険者が声を上げた。私は激しく揺れる馬車に掴まり、なんとか立ち上がる。地面を踏み固められただけの道は平坦ではない、激しい振動が馬車を襲っていた。


 逃げ続けていると、だんだんとワイルドウルフが集まっているのが見えた。目視だけでも三十頭以上はいるようだ。情報だと五十頭以上だから、これよりも増えていくんだよね、ちょっと怖くなった。


「ちょっと、もう少し速く走れないの!?」

「これが限界だ! もし、追いつかれそうなら自慢の魔法で撃退してくれ!」

「このままだと追いつかれます! 僕の魔法で撃退してみせます!」


 状況に猶予はなさそうだ、私も協力したほうが良さそう。そう思った時、男の魔法使いがこちらを向いた。


「君は何もしないでそのままでいてくださいね。子供は出る幕じゃないです」

「えっ、でもそれでは……」

「こういう状況で子供はお呼びじゃないのよ! 分かったなら、大人しくしておくことね!」


 二人の魔法使いに後ろで待機しているように言われてしまった。私でもできることがあると思うんだけど、有無を言わせてはくれないらしい。今は出しゃばってもいいことないよね、少し大人しくしておこう。


「僕の氷魔法で撃退してみせます!」


 男の魔法使いが馬車の中で立ち上がろうとした。しかし、立てない。四つん這いの状態から起き上がれないみたいだ。


「何やってんのよ!」

「ちょ、ちょっと待って! 今立ち上がるから!」


 床から手を放して、上半身を起こす。体中が震えていて、大丈夫かな? 不安に思っていると、馬車が大きく揺れて男の人は尻もちをついて倒れてしまった。


「いててっ」

「もう、何やってるのよ! 代わりに私がやるわ!」


 しびれを切らした女性の魔法使いが馬車の縁を掴んでゆっくりと立ち上がる。足はプルプルと震えていて頼りなさそうだ。しばらく縁に掴まったまま、今度は動かなくなった。


「何をやっているんですか、手を放してください!」

「う、うるさいわね! 言われなくても離すわよ!」


 その女性は足に力を入れて手を離した。


「わわっ!」


 だけど、すぐに縁を掴んだ。高速で移動する馬車の振動に堪えられないのか、二人とも馬車の中で立てなかった。


「ちょっと、もう少し静かに運転できないの!?」

「はぁ? 馬車はこんなもんだろう?」

「少し速度を落としてください!」

「馬鹿野郎、そんなことしたら追いつかれちまうだろうが!」


 御者の冒険者に声をかけるが、話を全く聞かなかった。それもそうだろう、速度を落とせばワイルドウルフの集団に襲われるんだから。


 馬車の外を見ると、距離にして五メートルは離れているが、いつ追いつかれるか分からない。なんだが、じりじりと距離を詰められているようにも見える。


「あの、早く攻撃しないと追いつかれますよ」

「そんなの分かっているわよ!」

「今、考えている途中だから話しかけないでください!」


 二人の魔法使いは気が立っているみたい。私だけ見ているだけだからとても歯がゆいな。二人がどういうことをするのか見ていると、先に男の人が動いた。


 四つん這いのまま馬車の後方に移動すると、杖をかざした。魔力が収縮する気配がすると、空中に尖った氷の塊ができる。


「アイスジャベリンッ!」


 杖を振ると尖った氷が排出される。ワイルドウルフに向かっていたそれらは、地面に突き刺さった。


「まだまだ、アイスジャベリンッ!!」


 再度杖を掲げると幾つかの氷ができた。再びそれを排出するのだが、どれもワイルドウルフには刺さらない。馬車の振動で照準が絞れないみたいだ。


「くっそ~、アイスジャベリン! アイスジャベリン!」


 するとむきになり、魔法を連発した。幾つもの氷が生成されて排出される。ワイルドウルフに向かっていくが、一つも当たらない。その間にもワイルドウルフは距離を縮めてくる。


「な、なんで当たらないんですか~」

「どきなさいよ! 私の爆発系の火魔法を食らわせてやるわ!」


 馬車の縁に掴まりながら、女の人が杖を掲げる。ちょっと待って、この状況で爆発系の魔法は危ないんじゃないのかな?


「あのっ、爆発系の魔法は危険だと思います! 爆風で馬車が横転するかもしれません!」

「そうですよ、何を考えているんですか! こんな至近距離でそんなものをぶっぱなしたら、こっちが危ないですよ!」

「それじゃ、この状況をどうしろっていうのよ! このままだと、追いつかれちゃうわよ!」

「なんだよ、お前ら! 魔法が使えないってどういうことだ!?」


 馬車の中は大混乱だ。怒声が飛び交っていても、状況は変わらない。そうこうしている内に、ワイルドウルフが距離を縮めてきた。もう少しで追いつかれそうだ。


「ワイルドウルフとの距離が縮まってます!」

「くっそ、当たれー! アイスジャベリン!」

「仕方ないわね、ファイアーボール!」


 男の人は四つん這いになって、女の人は馬車の縁に掴まりながら杖をかざして魔法を放つ。連発する魔法はワイルドウルフに向かうが、どれも直撃はしない。かすってはいるようだが、速度は変わらない。


「早くワイルドウルフとの距離を離してくれよ! このままだと落とし穴のところまで、もたねぇぞ!」

「うるさいわね、今やってるわよ!」

「君の運転が下手なんじゃないんですか!?」

「なんだと、てめぇ!」


 言い争っている場合じゃないのに、この状況をどうにかしないと。馬車の後方を見ると、一頭のワイルドウルフが凄い勢いで駆け出してきた。そのワイルドウルフは地面を蹴って、馬車に向かって飛び掛かってくる。


「ガァッ!」

「キャァッ!」

「うわぁっ!?」


 大変だ、ワイルドウルフは馬車の縁に飛び掛かってきた。半身だけ馬車の上に乗っていて、今にも中に入ってきそうだ。


 私は剣を抜き、身体強化をした。そして、そのまま立ち上がりワイルドウルフに近づく。


「はぁっ!」

「ギャンッ!」


 ワイルドウルフの上半身を切りつけると、馬車を掴んでいた前足が外れて外へと投げ出される。危なかった、もう少しで馬車の中に侵入しそうだったよ。


 後方を確認すると、また一頭のワイルドウルフがものすごい勢いで駆け出してきた。地面を強く蹴ると、馬車に向かって飛び出してくる。また、ワイルドウルフが馬車の縁に引っかかった。


「グルルッ」

「させませんっ!」


 中に侵入してこようとするワイルドウルフを切りつけると、前足が外れて馬車から落ちていく。二頭のワイルドウルフを撃退したけど、集団はそれを気にすることなくまっすぐに追いかけてくる。


「ちょ、ちょっと! なんで前に出てくるのよ! 後ろで待っていなさいって言ったでしょ!?」

「えっ、でも……危なかったですし」

「そんなことより、なんで立っていられるんですか!? こっちはこの状態だというのにっ!」

「多分、身体強化をしているからだと思います」


 身体強化で強化された体は馬車の振動に耐えられるらしい。ということは、下半身が弱いから立っていられなかったってことだよね。なんだ、そういうことか。


 ということは、今対処できるのは私しかしないということだ。いうことを聞いていたけど、そうとなれば話は別だ。今度は私がワイルドウルフを撃退してみせよう。


「ここは私に任せてください! 落とし穴がある場所まで持ちこたえてみせます!」


 ここで馬車が襲われて作戦が失敗するのは避けたい。申し訳ないけど、ここは出しゃばらせてもらおう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る