179.領主クエスト、襲撃の撃退(3)

「ここがワイルドウルフのいる森かぁ」


 目の前の森をじっと見つめる。私は今、ワイルドウルフが出ると言われている森の前までやってきた。領主クエストが始まる前に戦う経験をするためだ。


 あの後、冒険者ギルドでの話し合いは具体的な話をした。ワイルドウルフを引き釣り出す場所の選定、商隊に扮する冒険者と現地で待機する冒険者への分担、ネームドに対応する冒険者の選定。


 それらを話し合った後解散した。今頃、高ランクの冒険者たちとギルド職員たちとで場所の選定を行っているところだろう。その待機時間を無駄にしないために、今のうちに戦う経験をしておこうと思った。


 他にも確かめたいことがある、身体超化の強さの確認だ。毎日、空き時間に身体超化の練習をしていたお陰で今では難なくできるようになった。となれば、次は実際の動きを確かめるだけだ。


 森の中に入り、久しぶりの聴力強化をする。意識を集中すると、森の中から様々な声や音が聞こえてきた。聞き慣れたゴブリンの声から、初めて聞くような魔物の声。その中で狼らしき声を探していく。


 しばらく聞いていると、狼の声が聞こえてきた。この方向は……二時の方向だね。周囲を警戒しながら、声が聞こえた方向に歩いていく。


 久しぶりの戦闘だから、ちょっと緊張してきたな。今回は臨時の冒険だから、ヒルデさんには声をかけなかった。ヒルデさんが言ってたような冒険をするつもりはなかったから、大丈夫だよね。


 それにできれば完璧な状態で身体超化の成果を見せたかったから、そのための確認をしたかった。どれだけ強い強化なのか、今からワクワクしてきたな。


 考え事をしながら森の中を進んでいると、魔物の気配がした。姿勢を低くして、木の裏で体を隠しながら進んでいく。すると、灰色のワイルドウルフを見つけることができた。


 体長一メートル五十センチ、鋭い牙と爪がある、大型の狼の魔物だ。辺りを見渡してみると他の魔物の姿は見えない。よし、このワイルドウルフと戦おう。


 剣を抜き、木の裏から姿を現す。まずはワイルドウルフの実力を測らなくっちゃ。


「ウッ!? ウゥゥッ」


 ワイルドウルフがこちらに気づいた。唸り声を上げて、こちらとの距離を詰めてくる。私が剣を構えると、ワイルドウルフが駆け出してきた。速い、瞬時に身体強化をした。


「ガウッ!!」


 口を開けて噛みつき攻撃をしながら飛び掛かってくるが、それを簡単に横に飛ぶことで避ける。すぐに後ろを振り向き、ワイルドウルフから視線を外さない。


「ウゥッ、ガァッ!!」


 また全速力で駆け出してくると、今度は飛び上がり爪を突き出してきた。分かりやすい一直線の攻撃だ、それも簡単に避けてみせる。通り過ぎたワイルドウルフを顔を向けて動向を探ると、地面に着地するとすぐにこちらに体を向けて飛び掛かってきた。


 爪で切り裂くように前足を上げ、力の限り振り下ろしてくる。剣を構え、その爪を受け止めて流した。交差したあと、気を抜かずに視線を向ける。諦めの悪いワイルドウルフは何度も飛び掛かってきた。


「ガウッ!! ウゥ、ガウッ!」


 横に飛んで避け、爪が飛んで来たら剣で受け流し、攻撃を躱していく。なんとなくワイルドウルフの動きが分かってきた、素早い身のこなしで連続攻撃を仕掛けてくる。


 気を抜けばこちらがやられるけど、一対一だったら問題なく対峙できる。これが複数だとしたらちょっと厳しいところはあるかもしれない。複数戦も経験したほうがいいかな。


 すると、ワイルドウルフが一度距離を取り、姿勢を低くして睨みつけてきた。何度も攻撃しても躱されるから、どんな攻撃をしようか考えているのだろう。だけど、その隙のお陰でこちらの態勢も整えられる。


 ここの辺が潮時かな、身体超化を使ってみよう。剣を構えながら魔力を高めて、魔力の層を作る。その上に魔力を重ねると、それを一気に解放する。身体超化ができた、あとは動きを確認するだけだ。


 じりじりと横に移動するワイルドウルフ、攻撃する隙を窺っているみたい。まずは軽く距離を詰めてみよう。足にグッと力を入れて駆け出す。


「えっ!?」

「ギャンッ!?」


 うそっ、早すぎて良くわからなかったけど一瞬でワイルドウルフの前に来ちゃった。不意を突かれたワイルドウルフは驚くと、すぐにその場を離れていく。


 軽く走っただけなのに、一瞬でワイルドウルフの前にいた。身体強化の倍、三倍……ううんそれ以上の力を感じる。これが身体超化、身体強化の上の魔法!


「ウゥッ!」


 姿勢を低くして警戒してくる。今度は攻撃を仕掛けてみよう。剣を構えて、飛び出す瞬間を待つ。そして、地面を蹴って私は駆け出す。


 ザンッ!


「ギャッ……」


 一瞬で距離を詰めて剣を振った。ワイルドウルフは一刀両断され、地面の上に転がる。


「うそ……」


 信じられないほどの速さと力に放心状態になった。身体強化なんて目じゃないくらいに強い。まさかこんな魔法があるなんて、今でも信じられない。


 ガサッ


「ウゥッ」

「ガウッ」

「ハッハッハッ」

「えっ、他のワイルドウルフ!?」


 しまった、周囲の警戒を怠っていた。三頭のワイルドウルフか、この状況は厳しい。だけど、身体超化があるならなんとかなるかな?


 剣を構えて対峙する。ワイルドウルフたちはじりじりと距離を詰めてきて、一斉に走り出してきた。落ち着け、動きを見て速攻で攻撃を畳みこむ。


 飛び掛かってきたワイルドウルフを躱し、爪で引っかいてくるところを剣で受け流し、足を狙って口を開けてくるとジャンプして躱す。そして、落ちると同時に剣を振った。


「ギャンッ」


 一頭のワイルドウルフが一撃で切り伏せられた。着地と同時に、もう一頭のワイルドウルフに向かって駆け出す?


「ギャッ!?」


 着地したワイルドウルフに一瞬で距離を縮め、頭に向かって剣を振り下ろす。それだけで両断された。


「ガウッ!?」


 あっという間に二頭が絶命した光景を見て、最後の一頭は戸惑った。その隙を見逃さない。一瞬で距離を縮め、逃げる前に剣を振った。


「ギャンッ!」


 胴体を真っ二つにされ、一瞬で絶命した。これで襲ってきたワイルドウルフを対峙することができた。もしかしたら他にもいるかもしれない。聴力強化をして周囲を探った。


 どうやら近くにはいないらしい。ようやく落ち着けることができる。身体超化の魔力を切ると、一息つき辺りを見渡した。あちこちに切断されたワイルドウルフが転がっていて、戦闘に勝利したことは分かる。


 でも、これを自分がやったかなんて今でも信じられない。身体超化、すごい力を秘めた魔法なのは分かった。この力があれば、Cランクの魔物と戦える気がする。


 あとは身体超化の動きに慣れるだけだ。魔力が足りなくなったらポーションで回復させればいいし、今日はまだワイルドウルフを狩ることにしよう。


「よし、これだったらいける」


 この力があれば領主さまのクエストもクリアできそうだ。念願だったクエストの実行日を前に、確かな手ごたえを感じて一人で嬉しくなる。

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