176.小売りの大安売り(2)
開店するとちらほらとお客さんが入ってくる。数はそんなに多くなくて、やることがない。そんな時、他の従業員から話しかけられた。
「大安売りの注意点があるんだが、話を聞いてくれ」
「注意点ですか?」
「かなりの競争になるんだ。お客さんが一斉に駆けつけてくるから、怪我をしないように誘導をしないといけない」
なんとなく想像できるような気がする。大安売りが開始されて、一斉にお客さんが集まって、場が騒然となるんだろう。どれだけ激しくなるかは分からないけど、色々と気を付けないといけないよね。
「子供のリルにはキツイ仕事になると思う。いざという時は身体強化を使って凌いでくれ」
「分かりました。お客さんの波に呑まれないように気を付けますね」
どれだけ激しい売り場になるのか、今から緊張してきた。ふと周りを見るとお客さんが増えたような気がする。それはどことなく緊張感が漂ってきて、みんな大安売りを狙ってやってきているのが分かった。
「よし、商品を出すぞ」
「はい」
とうとう大安売りの時間だ。店の奥へ行くと食料品が入った箱が四つもある。
「とりあえず、一箱ずつ持っていくぞ。中に入ったらすぐに地面に置くんだ」
一箱を持ち上げると、店の中へと入っていく。すると従業員が声を上げる。
「これより大安売りを始めます! この木箱の中の商品はなんと半額、半額だよー!」
ドン、と商品を床に置いた瞬間、店の中の空気が変わった。
「待ってました!」
「私が一番よ!」
「今日こそ絶対に買ってやるんだから!」
店の中にいた人たちが一斉にこちらに向かって駆け出してきた。凄い圧だ、怖い!
「早く次の木箱を取りに行くぞ!」
「はい!」
従業員に急かされて急いで店の奥へと戻っていく。すぐに箱を持ち上げ店の中に戻ると、お客さんが一斉にこちらを向いた。
「そっちにもあるのね!」
「誰にも渡さないわ!」
「どいて、どいてー!」
木箱を置く暇もなくお客さんが殺到してきた。ギューギューに押されながら、沢山の手が木箱の中に伸ばされていく。私の周りはあっという間にお客さんに囲まれて、身動きが全然取れない。
「あ、あのっ、いま、置きますから、待ってくださいー!」
「私よ、私!」
「これでいいわ!」
「ちょっと、それ私が目を付けていたやつよ!勝手に取らないで!」
「ま、待ってくださいー!」
声を上げるけど誰も聞いてくれない。うぅ、苦しい……木箱を置きたいけど全然置けない。強引に手を伸ばしてくるから、その圧に負けないように足で踏ん張ることしかできないよ。
もみくちゃになりながら、倒れないように我慢する。殺到していたお客さんがいなくなったのは、木箱の中身が無くなった時だ。なくなっても、まだ残っていないか手を伸ばしてくる人もいる。
「う、売り切れですっ! 半額商品は売り切れましたー!」
大声で叫ぶと、お客さんの動きがピタリと止まった。そして、まるで何事もなかったかのようにお客さんが引いていく。良かった、終わった……私は力尽きたように箱を床の上に置いた。
「リル、大丈夫か?」
「は、はい……なんとか」
「なんとか第一弾は終わったな、午後もよろしく頼むぞ。今のお客さんがいなくなったら、商品の品だしと陳列も頼む。俺は会計を手伝ってくる」
「わ、分かりました。木箱を片づけてきますね」
従業員はその場を後にして、これから込み合いそうな会計の場所へと急いでいった。ようやく再起動できた私は立ち上がり、木箱を重ねて店の裏に持ち込んだ。
木箱が積み上がっている場所の隣に木箱を置き、戻ろうとした。振り返るとあのおばさんがニヤニヤした顔で立っている。
「見てたわよ大変だったわね。まぁ、私はあんな大変なことは手伝わないんだけどね。午後もあんたがやるのよ」
「は、はぁ」
「子供だからって容赦はしないわよ、分かったんなら早く木箱を片づけなさいよ」
嫌味な言い方をしてそれだけを言うと店の中へと戻っていった。まさかここまでやってきて嫌味を言い残していくなんて、なんというか暇なのかな? 暇ならちゃんと働いて欲しいよ。
心の中で愚痴を吐きながら、店の中に戻っていった。
◇
大勢いたお客さんがいなくなると店頭に並んでいた商品がかなり減っていた。大安売りの効果で他の商品がよく売れているからだろうね。無くなった商品を補充をしたけど、またおばさんが倉庫から商品を取りに行ってこいって言われた。
仕方なく私が倉庫から商品を取りに行き、おばさんは楽に商品の陳列をする。まぁ、身体強化を使っているから苦じゃないからいいんだけど、こういうことが重なると微妙な気持ちになるのが嫌だ。
一度注意をしたけどおばさんは全く取り合ってくれない。それどころか嫌味で返ってくるから、余計に面倒くさくなる。他の従業員に慰められながら仕事をしていった。
交代しながら昼休憩を取り、午後になった。午後の大安売りも食料品らしく、店の裏で商品を木箱に入れて用意をしておく。
時間が迫ってくると店の中にお客さんが大勢集まってくる。みんな他の商品を見ながら大安売りの時間を待っているようだった。変な緊張感が店の中に漂っていて、居心地が悪い。
もう少しで大安売りという時に、朝の偉い人が姿を現した。偉い人は従業員に小さな紙を手渡す。
「この商品も大安売りしてくれ」
「分かりました」
それだけを伝えるとすぐに店頭からいなくなった。追加の大安売りか、大変なことにならなきゃいいんだけど……不安しかない。
「あの、大安売り用の新しい商品を用意するんですか?」
「今ある分の商品だけでいいらしいから、何もすることはないぞ。ちょっと会計の人に伝えてくるな」
今店頭に並んでいる分だけか、それだったらさっきみたいに揉みくちゃにされることはなくて良さそう。ふと、店内を見渡しているとおばさんがこちらを見ながらニヤニヤしているのが見えた。
きっと揉みくちゃにされる時を待っているんだろうあ、嫌な人だなぁ。今度は上手くお客さんを捌ければいいんだけど、あの状況で上手くいくかなぁ……不安だ。
「お待たせ。それじゃあ、商品を取りに行くぞ」
「はい」
従業員に連れられて店の奥へと入っていく。その時、背後から沢山の視線が注がれたみたいで強いプレッシャーを感じた。みんなこれを期待してきたからそうだよね、やっぱり怖いな。
店の奥に積み上がった木箱は四つ、今回も前回のようにするみたいだ。二人で木箱を持つと、顔を見合わせて強く頷く。そして、店の中へと入っていった。
「これより大安売りを始めます! この木箱の中の商品はなんと半額、半額だよー!」
従業員さんが声を上げるとすぐに木箱を床に置く。瞬間、店内で散らばっていたお客さんが一斉に動き出す。それを見届ける前に私たちは急いで店の奥へと行き、もう一つの木箱を持って店の中に戻る。
今度こそ、木箱を地面にっ!
「そっちは私のよ!」
「そこをどけなさい!」
「私、私が先よ!」
あぁ、今回も木箱を置く前に殺到してしまった! あっという間にお客さんに囲まれると、押し合いになる。伸ばされた手が沢山あって、木箱の中身を物色し始めた。
木箱を置こうにもスペースがない。床は集まったお客さんの足でいっぱいだし、その上に置くのも忍びない。仕方がないので今回の木箱を持ったままその場で踏ん張った。
お客さんに囲まれながら、木箱には沢山の手が伸ばされる。次々と商品はなくなっていくのに、圧は強くなっていくばかりだ。早く終わって、そう思いながら時間が過ぎるのを待つ。
そして、木箱の中身が全部なくなったことを確認すると声を上げる。
「商品は売り切れです、売り切れです!」
そんな声を上げるとお客さんの動きがピタリと止まる。すると、潮が引いていくみたいに圧がなくなった。な、なんとか今回も終わった。ようやく一息つけるよ。
視線を動かしてみると、離れたところで見守っていたおばさんが見えた。こっち指さして笑っていて、私はムッとする。こんな大変な時にそんなことをするなんて許せない。
そう思っていると、他の従業員が偉い人から手渡された紙を手に持ってお客さんに声をかける。
「今日は特別にあそこにあるジャガイモも半額です! 早い者勝ちですよー!」
「ど、どこ!?」
「私が一番よ!」
「渡さないわ!」
従業員がジャガイモを指さすとお客さんが殺到する。そこにはジャガイモだけじゃなくて、こっちを見て笑っていたおばさんもいた。
「えっ、ちょっと!」
「ここね!」
「そこをどきなさい!」
「やった、とれたわ!」
「ちょっとー、私を巻き込まないでよー! く、苦しいっ!」
おばさんはお客さんの波の真ん中でギューギューになって押されていた。あの状況ならお客さんの波から逃れられない、潰されていくのを見ているしかできない。
「大丈夫、ですかね」
「まぁ、自業自得だな。気にするな」
従業員さんと顔を見合わせると、お互いに小さく笑った。こんなことをいうのはダメなんだろうけど、ちょっとだけスッキリしたな。
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