174.子供の預かり所(4)
赤みがかった顔色、虚ろな目、ふらついた体。異様な出で立ちのその父親は、別れたはずの息子を探しにここまでやってきたみたいだ。
「どこだ、どこにいる!」
「なんですか、あなたは! 関係者じゃない方は入らないでください!」
大部屋の中にずかずかと入り込んでくるその父親。従業員たちがその父親の前に立ちはだかった。そこで私は我に返り、子供たちを集めて大部屋の隅に移動させる。
「おれは関係者だ! ここに俺の息子がいるはずだ、出しやがれ!」
「いいえ、ここにあなたみたいな関係者はいません! お引き取りください!」
「なんだと、てめぇ!」
父親と従業員はお互いに引かない。睨み合ったままその場を動かなかった。私も加勢したほうがいいだろうが、不安そうな顔をしている子供たちから離れられない。
「ウエッ、ウエッ」
「あー、よしよし。大丈夫だよ」
「怖いよー」
「お姉ちゃんがついているから大丈夫」
ぐずり出す子、泣き出しそうな子、怯える子。その子供たちをなんとか落ち着かせようと優しく声をかけ続けた。すると、あの父親の子供の表情が優れないのが見える。
「大丈夫?」
「……あれ、僕のお父さん。怖い、怖いよ。また殴られる」
「大丈夫、お姉ちゃんたちが守ってあげるからね」
「うぅっ」
泣き出しそうになるのを抱きしめて背中を撫でて落ち着かせる。どうやらあの父親にはいい思い出はないらしい、抱きしめた体が震えていた。絶対に守らないと、その子の体をきつく抱きしめる。
「おまえら邪魔だ! そこをどけろ!」
「お引き取りください!」
「警備隊を呼びますよ!」
「うるせぇ、俺の邪魔をするな!」
父親は従業員の体に手を伸ばすと、力の限りその体を突き飛ばした。強く突き飛ばされた従業員たちは床に強く頭と体を打ち付けてしまう。それを見た私は抱きしめた手をほどいて駆け出した。
「ここからは通しません!」
私はその父親の前に立ちはだかった。
「なんだぁ? てめぇみたいな子供に俺を止められると思うなよ!」
父親の手が私の肩に伸びてきた。がしっと力強く掴まれると、さっきと同じように突き飛ばしてきた。だけど、その場で踏ん張っている私は簡単には吹き飛ばされない。
「ちぃっ、黙って俺を通せ!」
父親は握りこぶしを作ると、それでぶん殴ってきた。突き出される手を私は身体強化をかけて簡単に受け止める。
「あぁ? なんだと、てめぇ、ふざけやがって!」
子供の私が大人の拳を受けたのが不可解だったのか、その父親は激昂した。両手を離すと私を捕まえるように手を伸ばしてくる。その両手を私は掴んで受け止める。そして、身体強化をしたまま力を入れた。
「いででででっ! お、お前はっ……身体強化を使うのか!」
「そうです。あなたに勝ち目はありませんよ、諦めてここから出てください」
「くそがっ、身体強化を使えるのはてめぇだけじゃないぜっ!」
えっ、と思った時には父親は身体強化を発動させていた。急に父親の力が強くなり、私の手は少し押される。しまった、これじゃ抑えられてしまう。
「このまま押しつぶしてやる!」
「くっ!」
ぐっと力を入れられ体が後ろに押される。このままじゃ力負けしちゃう。私が倒れるとあの子の身が危ない、あの子を守らなきゃ。
私の闘争心に火がついた。魔力を高め、体にまとった魔力を外側から引っ張り、内側から押し出す。魔力の層を作ると外と内に魔力を溜める。そうして二層になった魔力を解き放った。
身体超化だ。
「オラ、どうし……な、何?」
急激に高められた魔力の層が私に力をくれる。今まで父親に押されていたのに、簡単に押し返すことができた。
「ど、どういうことだ!? 身体強化中に俺が力で負けるなんて!」
「私は負けません。早く降参してここから出ていってください」
「う、うるせぇ! 自分の息子に会いに来て何が悪いっていうんだ! お前のほうこそ、そこをどけろ!」
力で負けているのにその父親はここから出ていこうとしない。ここまでして分かってくれないのなら、力で分からせるしかないよね。
半身を引くと父親の体勢がぐらりと崩れた。そこを力づくで地面に向けて叩きつける。
ドンッ!!
「ぐあぁっ!!」
不意を突かれた父親は頭と背中を思いっきり床に叩きつけられた。そしてフッと体の力が抜け、床の上に力なく横たわった。じっと見ていると白目をむけて気絶しているようだ。
「リルちゃん、大丈夫!?」
「はい、私は大丈夫です。早く警備隊の人を呼んでください」
「私が呼んでくるわ!」
父親が床の上で伸びていると、他の従業員がようやく動き出した。一人が大部屋を出て警備隊を呼びに行くと、もう一人が私の身を心配してくれる。
「リルちゃんのお陰でこの人を止められたわ、ありがとう」
「危ないところもありましたが、止められてよかったです」
「ウワーンッ」
「そうだ、子供たち!」
泣き声が聞こえると二人で子供たちの傍に近寄る。みんな怯えた表情はしているが、怪我もなく無事にいてくれた。すると、あの子が私の体に抱きついてきた。
「お父さん、もう起きない?」
「うん、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるから、安心してね」
「うん、うん。ありがとう」
震えるその子の体をギュッと抱きしめてあげると、その震えが次第に弱まってくるのが分かる。不安だったよね、でももう大丈夫だよ。落ち着かせるように背中を撫でてあげた。
◇
預かり所に警備隊の人がやってきて、やってきた父親を捕まえた。話によると暴力沙汰を起こしたので、しばらく牢に入れるらしい。牢から出ても預かり所に警備隊の人が見回りに来てもらえるそうだ。
父親の来襲の話を聞いた母親は驚いた顔をして、自分の子をきつく抱きしめてあげた。そして、その身が無事だったことに安心して涙を流す。
「助けていただいて、本当にありがとうございます」
「何事もなくて良かったです。子供への気配りをお願いしますね」
「もちろんです。本当にこの子が無事で良かったです。本当に、本当にありがとうございます」
母親は抱きついて離れない子供を抱っこして帰っていった。あの家族が安心して暮らしていけるといいな、去っていく後姿をみてそう願わずにはいられなかった。
私が働けるのはあと二日。次の日から子供たちに気配りしつつ、全力で遊んであげた。昨日のことなんて思い出す暇がないくらいに、遊んで笑って楽しい時間を過ごす。
子供っていうのはすごいな、あんなことがあっても今日は笑って楽しんでいる。もしかしたら忘れていないかもしれないけれど、それを表に一切出さないから周りの状況をしっかりと把握しているみたい。
あんなことがあったのに、平和な時間が過ぎていき、最後の一日になった。今日も昨日みたいに元気に明るく遊んで一日が過ぎていく。今日が終われば子供たちと別れる、ちょっとの寂しさがチクリと心に傷ませる。
だけど、子供たちとのお別れの前にちょっとしたサプライズがあった。
「みんなでリルお姉ちゃんにお別れしましょう」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「楽しかったよ!」
「ウアーーッ」
従業員さんの計らいでお別れ会なるものを開かれた。子供たちが近くで摘んできた花を差し出し、周りを囲まれる。沢山差し出された花を見て、胸の中がいっぱいになった。
「みんな……ありがとう」
「ぼくのこと、忘れないでね!」
「わたしのことも忘れないでね!」
「うん、うん。忘れないよ!」
「最後にギューッてして!」
花を受け取って一人ひとりギューッと抱きしめてあげる。みんなくすぐったそうに笑いながらも抱き返してくれる、それだけで凄く嬉しい。
仕事だったけど、仕事以上の何かをもらえたような気がする。心はポカポカと暖かくなって、満たされていく感じがした。この仕事を受けて良かったな!
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