173.子供の預かり所(3)

 昼過ぎから子供たちと庭に出て遊んだ。そこでも前世で遊んだ遊びを教えると、みんな楽しそうに遊んでくれた。何度も同じ遊びで楽しんでいると、時間が経つのがあっという間だ。


「そろそろ親御さんが迎えにくるわ」

「夕方前からなんですね」

「えぇ、とにかく色んな仕事をしているから終わる時間もまちまちなのよね」


 子供のお迎えの時間が迫っているらしい。働いている大人たちの仕事は色々とあるので、終わる時間も違ってくる。一度に沢山のお迎えじゃなくて良かったな、そうだったらきっと大変になりそうだ。


「出入口からお迎えにくるから、子供を連れてきて渡してね。子供の顔と大人の顔が一致するようにしっかりと見ること、いいわね」

「はい。分かりました」

「じゃあ、みんなでお部屋の中に戻りましょうか」


 みんなで大部屋に戻ると、大人の人がくるまで部屋の中で遊び始める。遊び始めてしばらくすると、出入口が開いて男の大人の人が姿を現した。私は急いでその大人に近寄ると話を聞いた。


「お迎えにきました」

「おかえりなさい。どの子ですか?」


 大人の人に子供の名前を聞き、大部屋に戻って名前を呼んで子供を集めた。子供は嬉しそうな顔をしてお父さんに抱きつく。その子のお父さんは嬉しそうな顔をして、その子の頭を撫でて出入口から出ていった。


 その一組を皮切りに続々とお迎えの大人の人がやってきた。子供たちは嬉しそうな顔をして大人の人に抱きつき、大人の人も嬉しそうな顔をして迎え入れる。その光景はとても微笑ましくて、頬が緩みっぱなしだ。


 大部屋にいる子供たちが段々と減ってきて、外の光も次第に弱くなってくる。最後の一人になると、他の従業員が掃除をし始めた。私は何をすればいいんだろう。


「私も手伝いしますか?」

「あの子と一緒に遊んであげてくれないかしら。あの子の親、片親なのよね。遅い時間まで仕事をしてくるから、寂しい思いをしていると思うの」

「そうだったんですか。分かりました、一緒に遊んできますね」


 そっか、片親の子だったんだね。親は遅くまで働いているらしいから、最後まで楽しい気持ちでいさせてあげたいな。私がその子に近づくと、その子は気づいてこちらを見てくる。五歳くらいの子だ。


「ぼくのお母さん、いっつも遅いんだ」

「そっか、最後になっちゃうね。そうだ、新しい遊びを教えてあげようか?」

「えっ、新しい遊び!? やりたい、やりたい!」


 ふふふ、食いついてくれた。私はあっち向いてホイのやり方を教えると、やり方をすぐに理解してくれた。


「じゃあ、はじめようか。じゃんけん、ポン!」

「あ、負けたー」

「あっちむいてー……ホイ!」

「よっしゃー! 早く次やろう!」


 その子はすぐに夢中になってくれて遊んでくれた。さっき少し見えた寂しげな顔も今では楽しそうな顔に変わって良かったな。少しでも寂しさを紛らわせるために明るく振る舞う。


「上手にできているね。そうだ、明日この遊びをみんなに教えてくれないかな?」

「ぼくが? うん、いいよ!」

「頼りになるなー、よろしくね」

「任せてよ! 早く明日になってみんなに会いたいな!」


 明日の約束をするとその子は嬉しそうに約束してくれた。これで寂しさはなくなったかな、明日への楽しみを考えるだけでそういう気持ちもなくなっていくよね。


 二人でお話をしながら遊んでいると、出入口が開いた。


「遅れてすいません」

「あ、お母さん!」


 その子のお母さんがようやく迎えにやってきた。遊んでいたけど、姿を見るとすぐに駆け寄って抱きつく。その光景を見て、ホッと安心をした。すると他の従業員がそのお母さんに近づいていく。


「今日もおりこうに待ってましたよ。遅れることは気にしないでください」

「そうですが、本当にありがとうございます。さぁ、帰りましょう」

「うん、バイバーイ」


 その子は手を振って、お母さんはその子の手を引いて大部屋を出ていった。大部屋には従業員の二人と私だけが残され、二人の従業員が私に近づいてきた。


「面白い遊びで気を引いてくれてありがとね。一日見てたけど、あなたが色々と教えるたびに子供たちが楽しそうにしてくれたわ」

「私の経験が役に立って良かったです。あんな感じで良かったんですか?」

「大丈夫どころかそこまでやってもらえて驚いているくらいだわ。途中から見てたけど、子供に寄り添ってくれてありがとね」


 従業員たちは私の世話の仕方に満足しているようだった。親から離された子供たちが少しでも寂しくないようにって頑張ったけど、それが認められて嬉しい。喜んでいると、意味深な話をされる。


「あの子のお父さんにちょっと問題があってね、色々と大変だった時期があったらしいのよ」

「心は傷ついていて、お母さんも忙しくて完璧には癒すことができていないと思うのよ。時々、暗い顔をするのよね」


 その話を聞いて息を呑んだ。家庭で何かがあったのは確かなのだろう、それで親が別れた。自分のようには酷くはないとは思うけど、それでも話を聞いて胸が痛んだ。


「だから、あの子に楽しい時間を与えてあげたいと思っているのよ。リルちゃんもできるだけ気を配ってあげてね」

「分かりました。できる限り寄り添おうと思います」

「お願いね。さぁ、今日はもう終わりだから帰りましょう」


 そんな話を聞いてしまったら、寄り添う以外に選択肢はないね。明日以降は今日よりも気を付けて見てあげないと。


 話が終わると三人で大部屋を出ていく。今日のことを忘れずに、明日も頑張っていこう。


 ◇


 次の日からも子供たちの世話は続いていく。丸一日一緒にいたせいか、二日目は自分に少し慣れてくれていて仲良くなるのが早かった。早い時間から子供たちが周りに集まってくれる。


 早速あの子が新しい遊びを周りに教えてくれたので、私もその輪に入ってみんなで遊びを共有する。とても簡単な遊びだから、誰でもできて楽しんでくれた。


 その光景を見ていた従業員はどんどん新しい遊びを教えてほしいといってきた。だから、前世の遊びを教えてとことん遊び始める。道具はないから、道具を使わないですむ遊びばかりだけど。


 子供たちにとっては目新しい遊びだったのか、毎日夢中で遊んでくれた。世話なんて必要ないくらいに子供たち同士で和気あいあいと遊んだり、一日中つきっきりで遊ぶ日もある。


 笑顔で楽しそうに遊ぶ光景を見ていた従業員たちは喜んでくれた。


「リルちゃんが色んな遊びを教えてくれたから、みんな楽しそうにしてくれたわ、ありがとう」

「こんなに笑い声が絶えないのは初めてのことよ。これもリルちゃんがここに働きにきてくれたからだわ」


 そういいながら子供たちと楽しそうに遊んでくれた。前世の遊びが浸透してくれたみたいで良かったな、受け入れられなかったらどうしようかと思ったよ。


 あの子も毎日楽しそうにしてくれていて、寂しい顔は見られなくなった。遊んでいるとそういう気持ちもどこかに行っちゃうからね、疲れるまで遊んでいる。


 楽しい日が数日過ぎ、私の仕事ももう少しで終わりの日が近づいてきた。寂しい気持ちもあるけれど、元々働いていた人が戻ってくるから仕方がない。


 このまま何事もなく終わるんだろうな、そう思っていた。けど、そう簡単には終わらない。ある日、普通に遊んでいた時だ、出入口が騒々しくなった。


 なんだろう? 不思議に思って出入口に近づいた時だ、扉が勢い良く開いた。そこから現れたのは大柄な男性で、片手に酒瓶を持って大部屋に入り込んできた。


「俺の息子はどこにいるっ!!」


 それは片親の子供の元父親だった。

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