172.子供の預かり所(2)

 子供のお世話は一見簡単そうに見えてとても難しく大変なものだった。特に様々な年齢の子がいるから対応も違ってくるし、できることも違う。その子に合わせて遊びをする、というのがとても難しかった。


 年齢別に対応していても上手く遊べなかったり、別の遊びをし始めたり、他の年齢が乱入してきたりととても忙しい。上手くいったことはなく、どうにかして遊ばせるのがやっとだった。


 そんな忙しそうな私を見て、もう一人の従業員は少し呆れたように話しかけてくる。


「世話をするっていっても四六時中しなくても大丈夫よ。全部には手をかけられないんだもの」


 その従業員の働いている姿を見ると、積極的に子供と触れ合っていなかった。近くで見守っていて、遊びは子供同士でやらせている感じだ。そして、時々声をかけたり一緒に遊んだりしている。


 そんな風に見守りができればいいのだけれど、なぜか手をかけてしまう。子供たちに楽しい思いをして欲しいっていう気持ちが強いからだと思う、私の経験がそうさせてしまう。


 もやもやしたままの気持ちで仕事はできない。できるだけの手をかけてあげて、つまらないよりも楽しい気持ちになってほしい。だから、気を使ってそう言ってくれた従業員に私は伝える。


「できるだけ手をかけていきたいと思います。触れ合う時間は少しだとは思いますが、少しでも楽しい時間が増えてほしいです」

「そう、分かったわ。でも無理をして倒れちゃだめよ、一日中お世話しないといけないんだからね」

「はい。仕事は最後までやり遂げてみせます」


 なんとか従業員の了承を取ることができた。そうと決まれば、前世の遊びを使ってこの子たちを楽しませていこう。もちろん、休みを入れて無理がないようにね。


 そうやって遊ぼうとしていたところに、鐘が鳴った。振り向いてみると案内をしてくれた従業員が鐘を持って立っている。


「みんなー、昼食の時間よー」

「やったー」

「お腹減ったー」


 午前中は終わりのようだ。遊んでいた大きな子たちは部屋の隅に置いてあるテーブルを運び出し、部屋の中央に設置していく。私もそれに習って一緒にテーブルを並べた。


「リルちゃん、こっちも手伝って」

「はい」


 呼ばれていくと、沢山の器が乗せられたお盆を手渡される。それらをテーブルに置くと、次にパンの入った籠を手渡された。籠をテーブルの近くに置いておくと子供たちが近寄ってきた。


「パンを一人一個渡すんだよ」

「そうなの、はい」


 子供たちが列になって並んでくれたおかげで、パンを手渡すだけとなった。次々と手渡していくと残ったパンは五つ、一歳児と二歳児の分だけだ。自分で持ってこれないから、後で渡すのかな?


「今日はスープだよ。器をもって並んでー」

「はーい」


 従業員がスープの入った寸胴を持ってきて、床に置いた。すると子供たちは器を手に持つと寸胴の前に並んだ。一人ずつ器を受け取り、中にスープを入れていく。よく集落でこんなことしてたっけ、と懐かしい気持ちになる。


 子供たちが自分たちのスープを受け取って自分の席につくと食事を始めた。私は何をすればいいんだろう、話を聞こうとすると手招きを受ける。


「私たちは一歳児に食事を与えているから、リルちゃんは二歳児の見守りをお願いね」

「喉を詰まらせていないかとか、パンを千切ってあげるとか、しっかりと食べているか見守っていて」

「分かりました」


 なるほど、食事の見守りか。早速、行動に移す。テーブルについていない二歳児の三人をテーブルへと誘導し、前に座らせる。みんなふにゃふにゃとしてしっかりと座ってくれない。


「ピン、と座れるかなー?」


 背筋を伸ばしてあげると、みんな背筋を伸ばして座ってくれた。今度は器にスープを盛り、目の前にスプーンとパンも一緒に置く。


「スープー」

「パン、パン」

「じゅるじゅる」


 スプーンを手に取ってスープをすすったり、パンを手に取ったり、器を傾けて恐る恐るスープをすすったり、様々だ。まずはパンを持っている子のパンを取ると、一口サイズに千切っていく。


 すると千切ったパンを取り、スープに浸して食べていく。なるほど、もう上手に食べられるのか。そうときたら、次々にパンを千切っていく。半分くらい千切ると、今度は違う子のパンも千切っていく。


 他の子の食べ方が分かるのか千切ったパンをスープに浸して食べ始めた。私はひたすら一口サイズにパンを千切っていくだけだ。


「美味しいですか?」

「おいちー」


 問いかけると答えてくれる、それがまた可愛いくて頬が緩んでいくのが分かる。それぞれが黙々と食べていき、お腹が減っていたんだなって思った。喉が詰まらないように見守りながら、食事を進めていく。


 他の子供たちが食事を終わらせていく中、見守っていた二歳児の手が止まった。全部食べたのかな? 器の中身を見てみると、野菜やお肉のかけらがいくつも残っていた。


 本人たちはお腹が満たされたのか手遊びを始めてしまっている。ここはお手伝いが必要だ、器とスプーンを手に取ると中身をかき集めてそれを食べさせる。


「全部食べましょうね。はい、あーん」

「ない、ない」


 いらないのか顔を横に振っている。他の子も同じようにやってみたけど、口を開けないで拒否された。できれば完食してほしいんだけど、どうすればいいだろう。


 ここは遊びで気を引いてみよう。手で犬の形を作ると、二歳児たちに近づかせる。


「あ、ワンワンが食事を奪いに来たよ。ふっふっふっ、食べ残しはここだな。美味しそうだな、俺が食べちゃうぞ」


 犬を動かしながら、器に残った食べ物を食べるフリをする。そうしたら、きっと食べてくれるはず。二歳児たちの様子を見てみると、器を持って差しだしてきた。


「ワンワン、どーど」

「どーぞ」

「たべてー」

「あ、あれー?」


 犬に食べてほしいらしい、犬に器を押し付けて食べさせようとしてくれた。うーん、そうじゃなかったんだけど、思った通りにいかなかったな。仕方ないので、犬で器の中身を食べたふりをする。


「パクパク。美味しかった、ありがとう」


 そういうと二歳児たちは器を自分のほうに引き寄せ、スプーンを持って食べ始めた。ど、どういうこと? 今のやり取りでどうして食べようと思ったの? なんだか可笑しくて、ちょっと笑ってしまった。


「たべた」

「たべたー」

「はい、全部食べて偉いねー」

「ん」


 全員が完食をしてくれたので、順番に頭を撫でてあげる。嬉しそうな顔をすると、その場から立ち去って遊び始めた。予想外のことがあったけど、なんとか食事を終わらせることができたね。


 次は何をしようか、聞こうと思ったら逆に声をかけられた。


「食堂にリルちゃんの分の食事があるから、先に食べてきていいわよ」

「はい、ありがとうございます」

「子供たちを少し遊ばせたあとに一歳、二歳、三歳の子はお昼寝の時間だから、そのお手伝いもお願いね」

「分かりました。早く食べてきますね」


 私はその場を立ち上がり、食堂へと向かう。早く食べて戻ってこなくちゃ。


 ◇


 食事を終えた私は大部屋に戻ると子供たちと遊んだ。食事の後だから、動きのある遊びじゃなくて手で遊べることをした。前世でやっていた手遊びを教えると、楽しそうに遊んでくれる。


 変わった遊びだったけど受け入れられて良かったな。どんな子でもできることだったから、年齢関係なく遊んでくれた。そうやって遊んでいるところを見守っていると、明らかに動きが鈍っている子供たちがいた。


 少し遊んだし、そろそろ眠たくなってきたかな。眠そうな子を部屋の端にある布団のところへ連れてくると、のそのそと布団の中に入っていく。一歳児だけは泣いているので、抱っこをしてしばらく揺れていた。


 二歳児と三歳児が布団の中に入って寝入っている。一歳児も泣き声が段々と小さくなって、腕の中でうとうととし始めた。そこで布団の中に入れて、傍で歌を歌いながら胸元を優しく叩く。


 しばらくそれを続けていくと、一歳児も寝てくれた。起こさないようにそっと離れて、改めて寝入った子供たちを見下ろしてみる。みんなすやすや寝ていてとても可愛い、ずっと見ていたいくらいだ。


「さて、他の子供たちと遊びますか」


 だけど、仕事がある。気持ちを入れ替えると、手遊びで遊んでいる子供たちに近づいていった。

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