171.子供の預かり所(1)

 身体超化の訓練をしながらも、新しい仕事を請け負った。今回は働く大人たちに代わって子供のお世話をする仕事だ。冒険者ギルドでクエストを受けてから、現場に行くとすぐに働いてほしいと言われた。


「早くに来てもらって助かるわ。今日から子供たちのお世話をお願いするわ」

「こちらこそ、お願いします」

「子供たちは部屋の中と外にある庭で遊んで貰っているわ。私たちはその時に付き添ってあげるの。他にもやることはあるけど、それはその時に教えるわね」


 前世でいう保育所の役割をしているんだろう、仕事内容がなんとなく想像できてやりやすいと思う。大人の人に連れられて部屋に入ると、一歳から八歳までの子供たちが土足厳禁の大部屋で遊んでいた。


「まずは子供たちと遊んでもらうわ。遊び方は任せるけど、怪我をしそうな遊びはダメよ」

「分かりました。怪我のしない遊びを一緒にしようと思います」

「部屋の中でもいいし、庭に出てもいいわよ。だけど、子供たちがどこかに行かないように見張っていることも必要だわ」

「子供が勝手に離れないように注意することですね」

「じゃあ、後は頼んだわ。私は昼食の準備をしてくるわね」


 案内してくれた人はそう言い残すと大部屋を出ていった。改めて部屋を見てみると、子供が三十人くらいいる中で世話をする人が自分を含めて二人しかいない。圧倒的に人手不足だ。


 前世では世話をする人に対して子供は何人までと決まっていたが、ここはそういう決まりのない異世界だ。どれだけ人数差があろうとも、それを受け入れなければいけないのが現状。


 泣く子、ぐずる子、よく喋っている子、喋らない子、はしゃぐ子、大人しい子。子供たちは思い思いに過ごしていて、どこから手を付けていいか分からなくなってくる。


 何をしていいか悩んでいると、この部屋で唯一の大人の世話人が近づいてきた。


「今日からしばらく働いてくれる子ね、助かったわ」

「あ、よろしくお願いします。どの子から世話をすればいいのか、迷っているんですが、どうすればいいですか?」

「基本的には見守ったりするんだけど、一緒に遊んだりもするわ。とりあえず、あなたは小さな子の世話を中心にしてくれないかしら」

「小さい子ですね、分かりました」


 保育所みたいに決まりがあるわけじゃない、やることが決まっているわけじゃない。ここは前世の知恵を借りて、世話をしていくしかないよね。まずは泣いている子をあやそう。


 一歳児は二人いて、二人ともお座りしている。一人は指しゃぶり、もう一人は泣いている。泣いている子を抱き上げると、ゆらゆらと体を優しく動かして、背中を優しく撫でる。


「どうして泣いているのかな? ママやパパがいなくて寂しい?」

「ウアーーーッ」

「よしよし。ここにはお友達のみんながいてくれるから大丈夫だよ」

「ウアッ、ウアーーッ」


 優しく言葉をかけ続け、落ち着くようにユラユラ揺れて背中を撫でたり軽く叩いたりする。始めは凄い声で泣いていたけど、根気強くあやしているとその泣き声も段々と小さくなっていく。


「よしよし。そうだ、一緒にお友達と遊ぼうか。楽しくなるよー」

「ウアッ、ウアーッ」


 指しゃぶりをしている子の隣にその子を置いて、目の前に座ってみる。でもその子はまだ抱っこして欲しかったのか、手を伸ばしてきた。んー、まだ抱っこしたほうがいいのかな?


 考えているとその子がハイハイで近づいてきて、私の服を掴んで立ち上がってきた。おお、この子は掴まり立ちができるんだ。


「ウアッ、ウアッ、ウアッ」


 掴まりながら上下に揺れ動いている。なにこれ、可愛いし面白い。笑いそうになるのを堪えて、何か楽しいことがないか考える。


「ウアッ、ウアッ、ウアッ」

「うあっ、うあっ、うあっ」


 パン、パン、パン


 その子が上下に揺れる度に同じように声を出して、手を叩いてみる。それから休むことなく上下運動をして、一緒に声と音を出して盛り上げてみた。


「ウアッ」

「うあっ」


 パン


 最後に大きく声を上げて、その子はようやく止まった。謎な行動はしたけど、泣き止んでくれたのは良かったと思う。すると、握っていた服を離して地面に座った。


 そばではもう一人の子がずっとこちらを見たまま指しゃぶりをしている。そこで二人を並べて座らせて、今度は一緒に遊んでみよう。手で犬の形を作ると、それを一歳児たちの前で動かしてみる。


「わん、わん、わん」


 犬の口を動かしたり、大きく左右に揺れたり、色んな動きをした。細かく動かしたりすると、興味を持ったのか手を伸ばしてくる。そこで、手で作った犬を一歳児たちに押し付けてグリグリと動かす。


「グリグリグリ~」

「アウッ、ダー」

「アー」


 楽しそうな顔をしてくれた。それから手で作った犬を使って、目の前で動かしたり、触れさせたりした。その度に楽しそうに笑ってくれるので、この方法が上手くいって本当に良かった。


 そうだ、一歳児以外にも子供がいるんだからそっちとも遊ばないと。上機嫌になった一歳児は置いておいても大丈夫そうだね。次は二歳児と触れ合ってみよう。


 部屋を見渡していると、二歳児が手に積み木を持ちながらよたよたと歩いていた。他の子は、手に棒をもって何度も床を叩いていたり、何度もジャンプしたりしている。


 二歳児は三人か、どんな遊びがいいだろう。うーん、よしあの手遊び歌をやってみよう。そうと決まれば積み木を持っている子に近づいて、捕まえてみる。


「あーに?」

「お姉ちゃんと遊ぼうか」

「あそっ、あそっ」


 言葉の意味が分かるのか嬉しそうにしてくれた。座った上に二歳児を乗せると、早速手遊び歌を始める。


「いっぽんばしこしょこしょ、はじまるよー」

「い……こしょこしょ?」


 リズムに乗って歌うと、歌に合わせて二歳児の腕の上で手の先を遊ばせる。優しく叩いて、優しくつねって、指で腕の階段を登らせる。そして、最後に脇に手を移動するとこそばせる。


「こしょこしょ~」

「きゃっ、きゃっ」

「まだまだ、続けるよー」


 一回だけでは終わらせないで、それを何度も繰り返していく。最初は訳も分からずきょとんとしていた二歳児は繰り返していくと、反応が大きくなる。段々と楽しくなったみたいで、手足をばたつかせた。


「きゃーっ、やだー」

「もう一回やっちゃおうかなー」

「まだ、まだっ」


 この手遊び歌を喜んでもらえて良かったな。まだ続けよう、そう思った時に棒を持っていた子がこちらに近づいてジーッと見つめてきていた。この子も一緒に遊んでみよう。


「おいで、おいで」

「んー」


 膝の上に乗せていた子を目の前に置き、近寄ってきた子をその隣に置いた。その状態でもう一度手遊び歌をする。片方は喜んでいるけれど、新しく来た子はまだキョトンとしていた。


「こしょこしょー」

「きゃっ、きゃっ」

「きゃーっ」


 くすぐらせると同じように楽しそうにしてくれた。もう一度やると、目をキラキラさせて楽しいことを待っているみたいだ。歌いながら手で触れあって、またくすぐらせる。


「こしょこしょー」

「やーっ」

「きゃーっ」


 それだけで二人とも楽しそうにしてくれた。繰り返すほど違った反応が大きくなってくるのがいい。そうやって遊んでいると、今度は二人向き合って真似をし始めた。


「こしょこしょ」

「こしょこしょ」


 向き合ってくすぐりあうけど、思ったような感触がなくて不思議そうな顔をしていた。この調子だと、これでしばらく遊んでくれそう。もう一人の二歳児を捕まえに行こう。


 すると、泣き声が聞こえてきた。


「アー!」

「ウアーッ!」


 振り返ると一歳児の二人が泣き声を上げていた。慌てて傍に近寄って二人を抱き上げる。


「どうしたのかなー?」

「アッ、アッ」

「ウアーッ」


 揺れながらあやしていると、もう一人の従業員が助言にやってきた。


「そろそろ朝寝の時間だから、寝かしたほうがいいわよ。ほら、部屋の隅に布団が敷いてあるでしょ」

「あ、あります。それじゃあ、寝かしてきますね」


 そっか、朝寝とか必要なんだね。布団が敷かれてある場所に行くと、その布団の中に一歳児を入れる。でも、簡単には寝てくれない。自分も横になって、二人の胸元を優しく叩く。それからゆっくりとした口調で歌う。


 眠りに誘うようにゆっくりとしたテンポで歌い、優しく叩く手もゆっくりとした速度でやる。すると次第に泣き声は止んできて、一歳児たちの瞼がゆっくりと閉じ始める。


 完全に閉じてからもしばらくは歌と優しく叩くのを止めなかった。完全に寝入るまでしっかりと続けていき、その時を待つ。


 それから十分以上は経っただろうか、叩く手と歌を止めた。じっと見つめると、完全に寝入っているようで反応は見られない。そこでそっと離れて、もう一度様子を確認する。うん、大丈夫だ、寝ている。


 私はその場をそっと離れて、違う子の下へと行った。

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