170.身体強化の上(2)
大通りから少し離れたところにその広場はあった。多くの木に囲まれたそこは公園のようになっていて、芝生が敷き詰められた場所。噴水があったり、沢山のベンチがあったりして、多くの子供たちが遊んでいる。
その広場の人が少ない一角にやってきた私たちは芝生の上に腰を下ろした。
「この広場は時々やってくるんだ。気晴らしにベンチに座って、景色を楽しんだりな」
「町の中にこんなところがあるなんて知りませんでした。いい場所ですね、私も息抜きに来てみたいです」
どうやらここはヒルデさんの休憩場所でもあったらしい。近くにこういう場所があるのはいいよね、私も来てみたいな。
「それじゃあ始めるか。身体強化のやり方は分かるな」
「はい。魔力を体に纏うと一時的に身体能力が上がります」
「そうだ。身体強化の上のやり方は、魔力を二層にすることだ」
「二層ですか?」
魔力を二層にするってどういうことだろう? 魔力は重なり合うと統合されちゃうんだけど、それを二層にするってことは魔力を別々にして折り重ねるっていうことかな。
「魔力の二層化は難しい。魔力が重なると、一緒になってしまうからな。それを別々にするためには魔力と魔力の間に膜を作ることになる」
「膜ですか? その膜も魔力で作ることになるんですか?」
「そうだ。その膜を魔力の硬化と私は呼んでいる。普通の魔力を纏い、その上に魔力の硬化を張り、さらに上に普通の魔力を纏う感じだな」
魔力の性質を変えることができるっていうことだよね。その性質の違う魔力を生み出して、それを膜として利用して魔力を分けるっていうことかな。
「魔力の感知はできるか?」
「はい、できます」
「なら、私の手を握るといい」
言われた通りにヒルデさんの手を握る。すると、じんわりとした熱が手のひらから伝わってきた。これは魔力だ。
「魔力を感じます」
「これが普通の魔力。じゃあ、魔力の硬化をしてみるぞ」
目を瞑り神経を研ぎ澄ます。意識を手のひらにむけると、触れている魔力の質が変わった。重くて熱い、初めて感じる感触だ。
「ヒルデさんが纏っている魔力が変わった感じがしました。重くて熱い感じ、ですか?」
「その通りだ、これが魔力の硬化だ」
魔力の性質が変わったのは驚いた。でも、どうやって性質を変えればいいんだろう?
「どんなことをして魔力の硬化をするんですか?」
「魔力を圧縮するんだ。体から放出した魔力を動かして、ギュッと縮める感じだ」
放出した魔力の圧縮か、言葉でいうのは簡単だけど実際やってみたら難しそうだ。それに魔力の圧縮なんてどうやってやるんだろう、手で握ることはできないし、魔力を動かすって言われても分からない。
「まずは圧縮をするために、魔力を動かすところから始めようか」
「よろしくお願いします」
「なんでもいいから魔法を使ってくれないか? 動きのある魔法がいいんだが」
「それだったら、水球を作ります」
両手を向かい合わせて魔力を高めていく。高めた魔力を水に変換して放出すると、その水を球にしていった。水を高速で動かして球の形を維持させる。
「これでどうですか?」
「上手く形を整えられている。水の流れを使って球を維持しているみたいだな。これだけできれば、魔力を動かすことは簡単にできるだろう」
そっか、魔力を動かすのってこういうことなんだ。なら、普段使っている魔法も魔力を動かして使っている訳だから圧縮も難しくないのかも。
水球を壊すと次の段階へと入る。
「なら、魔力を体に纏って」
手を繋ぎなおし、今度は身体強化をする。
「そうそう、その状態で纏った魔力を動かすことはできるか?」
集中して体にまとった魔力を動かしていく。どんな風に動かそう、前から後ろへ流れる感じにしよう。さらに意識を集中させて、体の魔力を後ろに流していく。
「おっ、魔力を後ろに流したね。うん、上手に流れていると思う、この調子なら圧縮に移ってもいいだろう」
こんな感じでよかったんだね。魔力の流れを止め、次の指示を待つ。
「それじゃあ、圧縮をしてみようか。圧縮の仕方は外側にある魔力を引っ張り、内側にある魔力を押し出す感じでやるんだ」
「引っ張る力と押し出す力、やってみます」
難しそうだ、とりあえずやってみよう。呼吸を整えてから、意識を集中させる。体に魔力を纏わせると、まずは外側の魔力を引っ張った。一部は引っ張られているけれど、全体を等しく引っ張ることができない。
全体の魔力を内側に引っ張る。所々いびつだけどなんとか引っ張ることができた。次は引っ張りながら、内側の魔力を押し出す。引っ張る力を弱めないで、魔力を押し出していく。
押し出すのは難しくなかった。全体に魔力を押し出すことはできたが、意識が押し出すほうに傾くと、引っ張るほうの意識が弱まってしまう。押し出しながら引っ張る、これは難しそうだ。
一度魔力を解いて一息つく。
「ふー。どうでしたか?」
「始めにしては上出来だった。この調子で魔力を引っ張るのと押し出すのを鍛えていけばいい。さぁ、練習だ」
「はい」
どうやら、いい調子だったらしい。そっか、さっきの要領で良かったんだ。そうだとしたら、このまま頑張ってみよう。
再び意識を集中して、魔力の圧縮にとりかかる。
◇
魔力の圧縮は難しかった。外から内に引っ張る力と内から外へ押し出す力、相対する力を同時に発生させないといけない。どれだけ集中しても、両方を同時にするのは大変だ。
午前中は感覚を掴むだけで精一杯で、圧縮らしい圧縮はできなかった。昼食と昼休憩をはさんで、午後も魔力の圧縮にとりかかる。少しずつ良くなっている気はするがまだコツらしいものは掴めない。
あまりにも分からなかったので、ヒルデさんの圧縮した魔力を感知させてもらうことにした。魔力を纏い、それから圧縮。その過程を魔力感知して、感覚を掴む。何度かやってもらうと、なんとなくだけど分かったような気がした。
そこから格段に圧縮の形が整ってくる。引っ張る力が均等でなくて大変だったけど、ヒルデさんのやり方を感じてコツというものが掴めたんだと思う。バランスよく引っ張ることができた。
次に大変なのは魔力を引っ張りながら、魔力を押し出すこと。引っ張ることを一番に気を使い、引っ張った魔力に向かって内側の魔力を押し出していく。二つの間に境界線みたいなものを意識してやったら、上手くできた。
ここまでくれば、あとは回数をこなしていくだけ。集中を切らさずに魔力を引っ張りつつ、魔力を押し出していく。それをずっと繰り返していくと、段々と形になってきた。
そして、夕暮れで辺りが赤く染まる頃、魔力の圧縮が完璧にできた。
「よし、しっかりと魔力の圧縮ができている。合格だな」
「やったー!」
ヒルデさんに確認してもらうと合格が貰えた。良かったー、できないかと思ったよ。
「リルは筋がいいな、一日で体得するとは恐れ入った」
「えへへ、ありがとうございます」
「あとはこの圧縮された魔力の外と内に魔力を纏わせれば、身体強化の上が完成する」
そうだ、ここがゴールじゃなかったんだ。まだまだやることはあるなぁ。それにしても、身体強化の上って言い方が変だな。もっと違う言い方がないかな? うーん、そうだ!
「ヒルデさん、身体強化の上じゃなくて身体超化って言い換えはどうですか?」
「身体超化か、いいな。今度からこのやり方を身体超化と呼ぶことにしよう」
意見が通って嬉しいな。魔力の圧縮はできたけど、身体超化まではまだまだやることがある。これから暇があれば練習をして、しっかりと体得しよう。
「今日はここまでにして、一緒に夕食でも食べないか?」
「いいですね、何を食べましょうか」
「おすすめの店があるんだが、そこでいいか?」
「もちろんです。おすすめの店、楽しみです!」
地面から立ち上がると、街灯がつき始めている大通りに向かって歩いていく。体は疲れていて気力は低いけど、ヒルデさんとの食事が楽しみ過ぎて元気になってきた。どんなお店に連れて行ってくれるんだろう、楽しみ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます