168.石切り(8)
嫌味をいう人がいなくなり、私の仕事は順調に進んだ。七日目になると全員と気楽に話せるほどの仲になって、仕事以外でもとてもやりやすくなっていた。
それと石を切り出すコツみたいなものも色々と教えてもらって、作業が捗ったのが良かったな。上手い休憩の仕方なんていうのも教わって、ちょっと疲れた時には活用させてもらった。
疲労はだんだんと蓄積されていって、次第に石を切り出すスピードが落ちてくる。八日目からは正念場だった。体が疲れてくると部位強化をしている時にまとった魔力がぶれてしまう。疲労で集中力が切れている証拠だ。
そういう時は一度部位強化を切り、呼吸を整え、意識を整え、自分を整えた。心を切り替えてから再び部位強化をすると、うまい具合に部位強化をすることができた。集中が切れるとそうやって自分を整えて作業を続けた。
辛かったのは九日目、蓄積された疲労が多くて、朝から体が凄くだるかった。でも、他の人も同じようで、朝から重い空気が漂っている。ダラダラしながら朝食を食べ、重い足取りで山を登った。
これじゃダメだ。気晴らしに仕事前にラジオ体操をする。こうやって全身を動かしていくと、だるさが薄れてきた感じがした。周りからは変な目で見られたけど、気にせずラジオ体操をやり切る。
仕事前のやる気も整え、道具を手にすると石の切り出しを始めていく。疲労はあるけど、全身運動をした後で体がスッキリしている。調子がいいまま、午前中の仕事を終えることができた。
そして、昼になるとみんなから声がかかる。
「疲れているはずなのに、調子良かったみたいじゃないか。どうしてだ?」
「全身運動をしたからだと思います」
「あの変な踊りか? 確かにあんだけ体を動かすことができれば、スッキリするよな」
「なぁ、その運動のやり方を教えてもらえないか?」
「いいですよ」
昼食後、少し休んだ後にみんなでラジオ体操をした。ぎこちない動きで全身運動をすると、みんなの表情が明るくなったように見える。
「なんか、体が軽くなったようだ」
「全身を動かせばそんな効果があるんだな」
「午後の仕事も頑張れそうだぜ」
みんなの体の調子が良くなったみたいで顔色が良くなっている。少しはみんなのためになれたかな、そうだといいな。明るい表情をしながら、それぞれが午後の仕事に行く。
そんなキツイ九日目を無事に乗り越えて、最終日になった。最終日は移動の時間も必要だから、半日で終わる。みんなの表情は明るいし、話も弾んでいた。
意気揚々と山に登り、最後の石の切り出しを始める。順調に石を切り出していると、ヒルデさんが近づいてきた。
「どうしたんですか?」
「どこまで部位強化ができるようになったか見に来たんだ。少し作業を見てもいいか?」
「もちろんです」
ヒルデさんに確認してもらえると私も助かるな。一度部位強化を切ると、気持ちを切り替えるために深呼吸をする。自分を整えると、集中して部位強化をした。
「ほう、かなり早く部位強化ができるようになったな。次は実際に動いてみてくれ」
「はい」
ハンマーを握ると、鉄の棒を岩肌に当てて先端を叩く。それをリズムよくやっていくと、鉄の棒がだんだん岩肌に沈んでいく。
「ふむ、これだけ動いても魔力のぶれがないな」
「ヒルデさんは魔力が見えるんですか?」
「あぁ、魔力を可視化して視ることができるからな」
魔力を可視化か、凄い技も持っているんだ。興味があるけど、私にもできるかな。おっといけない、作業を続けなくっちゃ。
鉄の棒を最後まで沈めると、それを抜き、新たに穴を開け始める。その作業をずっと続けていき、ヒルデさんがそれをずっと見ていく。何も言われないから不安になるけど、集中して作業を続けた。
一列の穴を開け終わる頃、ヒルデさんがようやく口を開く。
「部位強化、見せてもらったよ」
「どうでした?」
「そうだな……よくこの数日でものにできたもんだな、上出来だ」
「やった」
ヒルデさんに褒められた、それだけでもとっても嬉しい。
「辛い作業の合間だったのに、よく頑張ったな」
「部位強化が上手にできれば作業が捗ると思ったので頑張りました」
「ははは、そうか仕事優先だったのか」
この部位強化のお陰で魔力を温存することができ一日中作業ができた。それが一番嬉しいことだ。仕事をしっかりと成し遂げた達成感もある。
「この調子なら大丈夫そうだな」
「え?」
「こっちの話だ。最後まで頑張るんだぞ」
そう言い残してヒルデさんは去って行った。最後のはなんの意味があるんだろう、考えても分からない。不思議に思いながらも、最後の石切りを始めていく。
◇
「全員、ご苦労だったな。今回の石切りは以上となる、馬車に乗り込んでくれ」
担当者がそういうと周りから歓声が聞こえた。この十日間色々あったけど無事に終わることができてよかったな。昼食を食べ終えた私たちはそれぞれの馬車に乗り込むと、馬車は町を目指して進んでいく。
みんな疲労が溜まっているからなのか、すぐに寝入ってしまう人ばかりだ。私も疲れたな、休もうとしているとヒルデさんから声がかけられた。
「疲れたか」
「はい、十日間休みなく石を削っていたので疲れましたね。ヒルデさんは疲れていないんですか?」
「それなりに疲れてはいるが、まだ平気だ」
流石Aランクの冒険者だ、体のつくりが違うのかな。周りが寝ている中で起きているんだから、相当体力もあるんだろう、羨ましい。
「最後までしっかりとやり切ったみたいだな」
「仕事ですから、最後まで手は抜けません」
「ふふっ、意外と頑固な面もあるんだな」
可笑しそうに笑われたけど、そんなに可笑しかったかな? でも、ヒルデさんの笑顔を見ると心が温かくなる感じがして気持ちがいい。もう少しヒルデさんといたいって思っちゃった。
「それでだ、前に色々と教えてほしいと言っていたことなんだが」
「そ、そうです! ヒルデさんにお願いしたことなんですけど、どうですか!?」
今の今まですっかり忘れてた! 疲れていたのもあるけど、大事なことを忘れるなんて私のバカ!
「あの、あの……とてもご迷惑なのは分かっています。もし、お金が必要なら支払います。何かしてほしいことがあればなんでもやります! だから、色々と教えてほしくて」
「まぁまぁ、落ち着け」
「私……今まで一人で色々と頑張ってきましたが、それも限界があるなって思ってて。誰かに教えてもらうことができれば、この後のことが助かるというか」
焦って喋ろうとすればするほど言葉がこんがらがっていく。教えてほしいってしっかり伝えないと! そう思っていると、ヒルデさんに肩を叩かれる。
「リルの思いは十分に分かった」
「あ、はい……それで、あの……」
「こういうことが初めてだったから私もどうしていいか分からなかった。でも、一生懸命に働いているリルを見ていて、気持ちを動かされたよ」
ごくり、と喉が鳴る……お願い!
「リルの話を受けようと思う」
「本当ですか!?」
「あぁ、どれだけのことができるかは分からないけれどな。それでいいならな」
「はい、もちろんです! よろしくお願いします!」
わぁ、嬉しい! 声を上げて喜んでいると、周囲から声が聞こえる。
「良かったじゃねぇか!」
「やったな、リル!」
「ヒルデ姐さんに教えてもらえるなんて、羨ましいぜ!」
「わわっ、みなさん!?」
急に周りの人が起き上がって声をかけてきたから驚いちゃった。みんな、聞き耳立てていたんだね、ちょっと恥ずかしい。やいやい、と周りが盛り上がっていると、ヒルデさんが笑った。
「ははっ、いつの間にかみんなはリルの味方になっていたらしいな。もし、断っていたらと思うと怖いな」
「ヒルデさんもみなさんも、ありがとうございます」
馬車の中は急に盛り上がって、賑やかな声が続いた。始めはどうなることかと思った仕事だけど、終わりはとてもいいものだと思う。みんなの元気な声とヒルデさんの笑い声を聞きながら、全てに感謝をした。
町へ向かって進む馬車では賑やかな時間が過ぎていく。
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