167.石切り(7)
三日目は魔物が襲ってくるハプニングはあったけど、無事に仕事を終えることができた。全員ではないけど、他の作業員と普通に話して貰うくらいには打ち解けたと思う。
でも、まだ仕事はやり始めたばかり。認めてくれない人は他にもいて、その人たちからは遠巻きに見られたり嫌味を言われたりしている。頑張りが足りないみたいで、最終日までしっかりと仕事をこなそうと思った。
四日目、疲労もなく朝は起きられた。しっかりとご飯を食べて、山を登って作業現場へと行く。今日は一日中仕事ができれば、一日中部位強化ありで仕事をしたということになる。ここを乗り越えれば、少しは楽になるかな?
黙々と石を切り出していく。昨日のアドバイスを元に穴を開ける間隔を広めに取ってみると、早く作業を終えることができるし、問題なく石を切り出すことができた。この調子でどんどん終わらせていきたい。
その甲斐があったお陰か、周りと同じような速度で石を切り出すことができた。まぁ、私の切り出す石は一番小さなものだからハンデはあるんだろうけど、これは大きな進歩だ。
明らかに私が切り出す石が多くなると、周りの目がまた少しずつ変わってくる。足は引っ張ってしまったかもしれないけれど、これからはそれを挽回できると思う。四日目も懸命に石を切り出した。
すると五日目になると、ぽつぽつと話しかけてくる人が増えてきた。他愛のない会話をして去って行ったり、傍にいて一緒にご飯を食べたりもしてくれた。これは仕事が認められたっていうことだよね、やった!
少しずつだけど環境が良くなっていく、それは私のやる気に直結する。そのやる気を石の切り出しに投入して、五日目もどんどん石を切り出した。
工夫もする、もう一個開ける穴を減らしてみよう。そうやって考えながらハンマーを叩いていく。手のひらが痛くなるけど、ポーションを飲めば問題ない。痛いのは我慢して、今は石の切り出しに全力投入した。
六日目、朝起きると腕と手に違和感を覚えた。どうやら疲労が解消されずに蓄積してきたみたいだ。ずっとハンマーを振って石を切り出していたんだもの、こうなることは予想できたよね。
朝食の時その話をしたら、どうやらこの症状は私だけじゃないらしい。
「もう六日目だから、そうなっても可笑しくないな」
「俺も手のひらとか肩とかが痛くなってきたな」
「そうなんですか。私も腕がだるかったり、手のひらの痛みが引かなくなったりしてます」
「大体この日から作業効率が低下していくんだ。気張っていけよ」
「はい、頑張ります」
みんなで話し合ってお互いを励ました。この症状が私だけじゃなくてホッと安心した、重労働を休みなく続けていくと一日で疲労は解消されないのは誰だって同じだよね。
そんな中、まだ私に嫌味を言ってくる人もいる。
「疲れているなら、さっさと町へ帰ったほうがいいんじゃねぇか?」
「やっぱり、この仕事は子供には無理なんだよ」
すれ違いざまにそんなことを言われた。まだ認められていないことを知り、私のやる気がみなぎった。さっきまで疲労のことしか考えていなかったのに、嫌味を言われて反骨精神でその疲労が吹き飛んだ。
疲れが溜まっているって言っていられない。今日も昨日みたいに……ううん、昨日以上に頑張らないと! さっき嫌味を言った人の前に立つと、その人たちは驚いた顔をした。
「な、なんだよ」
「疲れが溜まっているからと言って、作業する手は緩めません。見ていてください、今日は昨日よりも多くの石を切り出してみせます!」
宣言したんだから後戻りはできない。覚悟をすると、みんなが見守る中で山へと登り作業を開始した。
岩肌にチョークで線を引き、道具を手にすると部位強化をかけていく。意識を集中させるとすぐに部位強化ができた、この数日間で順調にものにできていると実感できる。
「よし、やるぞ」
気合を入れると、ハンマーを振り下ろした。
◇
カーン カーン カーン
鐘の音がなって我に返った。顔を上げて周りを見ていると夕暮れに染まっていて、岩肌が赤くなっていた。どうやら終了時間になったみたいだ。
「今日も終わったー……いてて」
集中が切れるととたんに腕や手のひらが痛くなってくる。手のひらを見ると、皮がむけて少しだけ血が滲んでいた。今日もポーションを飲んで癒しておかないとね。
大きく背伸びをして、軽く体を動かすと道具を片づける。その時、他の作業員と一緒になった。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ。今日は頑張ったんじゃないか、かなりの数の石を切り出していたよな」
「はい、認めてもらうために頑張りました」
「周りのことは気にしないほうがいいと思うが、本人がその気なら何も言うことはないな」
道具を小屋にしまい、みんなと一緒に山を下っていく。それから夕食を食べるために列に並んだ。しばらく待つと自分の番がやってきて、皿を受け取ろうと手を伸ばした時だ。
「どうしたんだい、その手は」
手のひらをおばさんに見られてしまって驚かれてしまった。
「頑張って石を切り出したら、こんなになってしまって」
「そんなに無茶なことをするもんじゃないよ。これじゃ、明日の仕事は無理じゃないのかい?」
「ポーションがあるから平気です。明日もお仕事頑張りますよ!」
「そうはいってもねぇ。できるからって無理はするもんじゃないからね、気を付けなよ」
「心配してくれてありがとうございます」
心配そうに顔を歪めるおばさんに元気よく受け答えをする。あんまり納得がいっていない顔をするけれど、ごり押しで認めさせる。こんなことで躓いてなんていられないからね、使うものはなんでも使って明日に備える。
食事を受け取り地面に座ろうとすると、ヒルデさんから声がかかる。
「こっちで食べよう」
「はい」
呼ばれていくと、そこにはヒルデさんの他にも仲良くなった作業員の人たちがいた。
「手を見せてみな」
「……はい」
食事を地面におき、手のひらを見せるとみんなが覗き込んできた。
「あー、これはひでぇな。今日は痛かったんじゃないのか?」
「でも、初めての時は誰だってこんな風にならなかったか?」
「手のひらの皮が薄いのが原因だな、こればかりは回数をこなさないと強くはなれない」
なんだか傷を見られて恥ずかしい。どちらかというと、頑張って切り出した石のことを話題にしてくれたほうが嬉しいんだけど……そうはいかないね。
気恥ずかしくてうつむいていると、ヒルデさんが話しかけてくれる。
「リル、あんまり無理して仕事をするもんじゃない。それぞれにはそれぞれにあった仕事のやり方があるものだ」
「でも、みんなのほうが仕事が早いので、私だけ遅れるわけにもいかないじゃないですか」
「他の奴らは経験者だからな。未経験と経験者では結果が違うのは当たり前だろう? その穴はそう簡単に埋まらないものだ、みんなの作業量に合わせる必要はない」
ヒルデさんは私が思っていたことを悟って答えてくれた。言ったことはその通りで、未経験者として経験者に追いつくために頑張る。みんなと同じ作業量に、その思いが強かったから手のひらが傷ついても頑張った。
でも、それは身の丈に合った考え方じゃない。それをはっきりと言ってくれて、私が肩の荷が下りたような感じた。そっかみんなと同じじゃなくてもいいんだ、私は私のペースで頑張ってもいいんだ。
認められたい欲求が強くて考えが至らなかったし、周りのこともしっかりと理解できていなかった。私は焦っていたんだな、それを自覚すると急に体の余分な力が抜けて疲労がドッと押し寄せてくる。
「そうですね、私が間違ってました。明日からは私にあった作業をしていこうと思います」
「それでいい」
「やい、てめぇらも余計なこというんじゃねぇぞ!」
「そうだ、そうだ!」
他の作業員たちは嫌味を言ってきていた作業員に野次を飛ばした。嫌味を言ってきた作業員は気まずそうな顔をしながらも、私を見てくれる。
「悪かったよ……もう言わねぇ」
「そんなに頑張られちゃ、嫌味も言えなくなる。すまんかったな、明日からは普通でいいぞ」
その言葉を待っていたわけじゃないけど、心にあった重りが軽くなった気がした。私はその人たちの近くに行くと、深々とお辞儀をする。
「明日からは今日みたいに頑張れませんが、一生懸命に仕事をしていきます。よろしくお願いします」
そう言って顔を上げると笑顔を作った。すると、その人たちもうっすらと笑ってくれたのが分かる。それだけで、私は明日の仕事も頑張れそうだ。
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