166.石切り(6)
あれから担当者が現れ、状況を確認するため一旦作業は中止になり、冒険者が集められた。作業員を護衛してくれている冒険者の話だと、まだ早い時間で周囲を全て確認する前に魔物が入り込んでしまっていたようだ。
そこで、周囲の確認が終わるまで、みんな小屋の中で待機となった。小さな小屋に私とヒルデさんとおばさんがいる。
「なんだい、リルちゃんは知らなかったのかい? ヒルデがAランクの冒険者だって」
「はい、知りませんでした。私は最近コーバスの外からやってきた冒険者なので」
「確かにそれだったら知らないのも無理はないねぇ」
ヒルデさんがAランクの冒険者だと知らなかったのはどうやら私だけだったようだ。ここで働いている人たちの間では有名で、みんなヒルデさんのことを慕っているみたい。
「私はAランクかもしれないが、ご覧の通り満足に戦えない体だ。持ち上げられても困る」
「そんな足と目をしているのに、未だに現役の冒険者が何を言っているんだい」
「現役と言っても、低いランクの魔物を相手にしているだけなんだけどな」
話によると、ヒルデさんは現役の冒険者らしい。左目が見えず、左足の膝下が無くなってはいるがまだ戦えるみたいだ。その状態でまだ戦えるっていうことは凄く強い人ってことだよね。
「この人はね他の町で大規模なスタンピードがあった時、自分の体を呈して町を守ったんだよ。その時の恩賞は一生働かなくても暮らしていけるものを貰ったんだ。それなのに、遊び歩かないで働いているのよ」
「家にいると滅入ってしまうからな、黙っているのは性分に合わないだけだ」
そんなに凄い人なんだ。他の町で大活躍した人が他の町にいるのは気になるけど、何か事情があるのかな。そういうところはあんまり突っ込まないほうがいいよね。
「凄い人がいてくれて助かりました。私まだCランクに上がったばっかりで、Cランクの魔物と戦ったことがないので」
「そうなんだ。でもあの実力なら、ワイルドウルフも倒せたと思うぞ」
「でもリルちゃんはホブゴブリンを倒してくれたんだろう? 他の男共よりも頼りになるよ」
今の私の力でワイルドウルフに勝てたのかな? 私には分からないけど、上級者のヒルデさんが言うのならそうなのかもしれない。
「ヒルデさんの剣捌き、全然分かりませんでした。気づいたら終わっていたから、驚いちゃって」
「へー、そうなんだね。私も見たかったよ」
「ただ魔物を倒すのに剣を振っただけだから、見せるほどでもないさ」
身体強化の上のやり方を知っていて、剣が凄く上手で、ヒルデさんは凄い。今までこんなに凄い人は近くにいなかったから、憧れちゃうな。
「そうだ、リルちゃんも外の冒険者ならヒルデに教えて貰ったらどうだい?」
教えてもらう、師匠ってこと? そこまで考えた時、体に電気が走ったみたいな衝撃があった。今まで自力でなんとかしていたけど、そういう人に教えてもらえれば、これからの危険が減るんじゃないかな?
今までそういうことを教えてもらえる人には出会えなかった。自分もそれが当たり前なのかなって素通りしていた部分もある。でも、今この出会いはそれを打ち破ってくれるかもしれない。
私、ヒルデさんに色々教えてもらいたい。身体強化の上もそうだけど、魔物との戦いのこと、他のことでもなんでも教えてもらいたい。初めて心から教えを請いたい人が現れた。
「ヒルデさん、私に色々と教えてくれませんか? 身体強化の上もそうですか、魔物との戦いや他のこと……今まで学んだことがありませんでした」
「ほう、今までは自力でそこまで強くなったっていうことか」
「はい、でも自分の力だけでは限界があります。だから、上級者であるヒルデさんに教えてもらいたいんです」
真剣な表情で自分の思いを伝えた。ヒルデさんはちょっと困った顔をして頬をかいていた。そこにおばさんの援護が入る。
「お金には困っていないんだろう? どうせ、あんたの仕事は暇つぶし程度だったら、教えてあげてもいいじゃないのさ」
「まぁ、その通りなんだが……」
「だったら、なんで即答しないんだい」
腕を組んで悩ましげなヒルデさん。小屋の中はしばらく静寂に包まれて、ヒルデさんが喋り出すのを待つ。
「私は暇であって暇じゃない。リルのことは気になるけど、今の時点では即答はできない。せめて、この仕事がしっかりとこなせる気概を見せてほしい。考えるのはそれからだ」
「なんだい、けち臭いねぇ」
「こういうのは初めてだから、私だってどうしたらいいのか分からない。しばらく、お互いに考える時間があってもいいじゃないか」
ヒルデさんは即答はしなかったけど、私とのことは考えてくれるらしい、今はそれだけで十分だ。それに私の仕事中の態度を見て考えてくれるのなら、仕事を頑張らないとね。
断られなくて本当に良かった。まだ望みがあるなら、希望をもって働ける。私は改めてヒルデさんを見て、深くお辞儀をした。
「考えてくれてありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
「まぁ、考えるだけだからな」
◇
その日の作業が始まったのは昼過ぎからだった。ヒルデさんのこともあり、私のやる気は満タン。軽快にハンマーで叩き、いつもより早く石を切り出すことができた。
重たい石を持ち、台車に乗せる。加工専門の作業員のところへいつも通りに持って行った時だった。
「嬢ちゃんは外の冒険者だったんだな」
「そんなちっさい体で大丈夫なのか?」
今までぶっきらぼうだった作業員たちがこちらを窺いながら普通に話しかけてくれた。
「はい、外の冒険者もやってます。小さな体は不便な時もありますが、戦いはやり方次第でどうにかなったので大丈夫です」
「へぇ、そういうもんか。さっきは助かったよ、ありがとな」
「まさか、お前が戦えるなんて思っても見なかったからすげぇ驚いたよ」
作業員たちは気さくに話しかけてくれた。嫌悪丸出しだったのが嘘みたい、これって認めてくれたのかな?
「冒険者になったのはつい最近なのか?」
「いえ、十一歳の時なので一年以上も前になりますね」
「そんな年から冒険者をやっているのか。なんだか、訳アリみたいだな」
「まぁ、そんなところです」
こんなことをいうと同情を引いているようには思われないかな。ドキドキしながら見ているが、作業員たちの顔は特に変わった様子は見られなかった。
「そうか、なんだかすまんな。小さい子に厳しく当たっちまってよ」
「どう接したらいいのか分からなかったし、小さな子がいるのがなんだか気に食わなくてな」
作業員たちは素直に謝ってくれた。やっぱり子供が大人に混じって仕事をするのは、悪目立ちしちゃうよね、これは仕方のないことだ。
私こそ周りに合うような仕事を選べばよかったのに、よくも考えずに簡単に仕事を受けてしまったからな。職場の和を崩してしまうことになっちゃったのは申し訳ないな。
「それでも最後まで仕事をしたいと思っているので、数日間よろしくお願いします」
「こっちこそ、よろしくな」
「一緒に仕事をする仲間、だもんな」
こういう風に話すだけでも気が楽になるから助かる。話はこれで終わりかな、と思っていたら重要な話をしてきた。
「そうそう、丁寧な仕事はいいんだが、もう少し穴を開ける間隔は広くても大丈夫だぞ」
「そのほうが作業行程も少なくてすむし、早く終わるぞ」
「そうなんですか? ちょっと試してみます、助言ありがとうございました」
「いいってことよ。最終日までキツイかもしれないが、頑張れよ」
「はい!」
作業員に励まされて嬉しくなって、大声で返事をしてしまった。なんだか照れくさくなって、その場を足早に去ってしまう。驚いたけど、嬉しかったな。もっと仕事を頑張って、もっと認められるようになろう。
他の人たちにも認められるようになりたいな。とにかく普通に接して貰えるようになるまで、しっかりと仕事をやっておかないとね。
早速チョークで線を引き、その上から鉄の棒をハンマーで打ち込み始める。しっかりと部位強化をすると、鉄の棒が簡単に石に刺さっていく。意識を集中して、その後もハンマーを振り下ろし続けた。
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