165.石切り(5)
「ヒルデさん、身体強化のその上、教えてください!」
「あー、そのうちな。ほら、作業始めるぞ」
「はぐらかさないでくださいー」
三日目の朝、ヒルデさんに身体強化の教えを乞おうとしたが適当にあしらわれてしまった。離れていくヒルデさんはひょいひょいと軽く飛びながら段に山を登っていく。
あの身のこなし絶対にただものじゃない。きっとすごい人だから、身体強化のすごい技も知っているんだ。教えてもらうまで絶対に諦めないんだから、次の休憩時間になったらまたお願いしてみよう。
山を登りながらどうやってヒルデさんを説得するか考える。お願いの仕方を変えてみたらどうだろう、もっと可愛くお願いしたら聞いてくれるかな? それとも何か貢物をするとか。
そう考えているうちに山を登り切ってしまった、作業の時間だ。気持ちを切り替えて道具を取りに小屋に行く。他の作業員も道具を取りに来てて、小屋の前は人だかりができていた。その中に混じり待っていると声をかけられる。
「昨日は一日中作業できたみたいだな、やるじゃねぇか」
「この調子で頑張れよ」
「はい、頑張ります」
一日中作業できたことによって態度が軟化した人が優しく話しかけてくれた。一日目と比べれば厳しい目はなくなったけど、全部そうはいかない。
「けっ、甘い甘い。作業が続けば疲れだって出てくるからよ、そう簡単にはいかないぜ」
「そうだそうだ、疲労で魔力が完全に回復しない時だってある。順調にいくもんか」
一日作業できただけでは認めない人たちもいて、その人たちは嫌味を言ってくる。そう簡単に認められないことは分かってたけど、道のりは厳しそうだ。でも、諦めない。
「作業量が減らないように頑張ります。まだまだ、いけますので見ててください」
「ふん、そう簡単にいくかな」
それぞれが道具を出し終わると、みんな作業場へと戻っていった。私も自分の道具を手にすると作業場に戻っていく。まだ認められないのなら、頑張るっきゃないよね。他の人に負けないように今日も石を切り出していこう。
◇
ハンマーを力いっぱいに振り下ろす。その衝撃で石に亀裂が入り、無事に岩肌から切り出すことができた。
「ふー、これで二つめ」
身体強化で石を持ち上げて、台車の上に乗せる。まだ部位強化に慣れていないけど、コツは掴め始めた感じがする。この調子でどんどん部位強化をしていって、慣れていこう。そうしたら作業も早く終われるよね。
加工専門の人のところへ近づいて石を置く。
「よろしくお願いします」
「ふん」
ここの人たちもまだ私には厳しい。仕事がまだまだということだ、認められるのは楽じゃないな。それでもめげずに声をかけたり、作業を続けていく。まだまだ、これからだよね。
台車を押して離れた時だ、その人たちがいきなり声を上げた。
「ホブゴブリンだ!」
その名を聞いて勢いよく振り返った。岩山の影から二体のホブゴブリンが姿を現して、こちらに近づいている。雇った冒険者が周囲の魔物を退治してくれていたんじゃないの?
「冒険者たちめ、仕事をサボったんじゃないよな!」
「応援を呼べ、俺たちだけじゃ太刀打ちできねぇ!」
加工専門の人たちが立ち上がり、警戒をする。その間にもホブゴブリンは私たちとの距離を詰めていく。
「おい、嬢ちゃんも早く逃げるんだ!」
「私に任せてください」
「何を言っているんだ、お前のような子供に何ができるんだ!」
「私は町の外の依頼もこなす冒険者ですから、大丈夫です!」
背負ったマジックバッグを開き、中から剣を取り出して構える。近づいてくるホブゴブリンに向けて手をかざして魔力を高めた。火球を作りだすと、それをホブゴブリンに向かって放った。
まっすぐに勢いよく飛んで行った火球はホブゴブリンの顔面に命中した。
「ガアァッ!」
一体のホブゴブリンが火で悶えている間にもう一体のホブゴブリンと対峙する。地面を蹴って走っていくと、向こうのホブゴブリンも駆け出してきた。こん棒を大きく振り上げてきたのを見て、次の行動を考える。
「ゴアッ!」
こん棒を振り下ろすが、分かりやすい軌道だから避けやすい。横に避けると、今度はこちらの番だ。ホブゴブリンの懐に入ると、下から上に剣を切り上げる。
「グアァッ!」
まだ浅い。前かがみになって怯んでいる間に後ろへと回り込み、身体強化を施した足で高く跳躍する。剣を大きく振りかぶり、首めがけて全力で振り下ろした。
ザシュッ
ホブゴブリンの首を切り落とした。ぐらり、とホブゴブリンの体が揺れると地面に倒れる。残り一体、すぐに視線を向けるとフラフラになりながらもホブゴブリンは立っていた。
大きな隙を見せているホブゴブリンに駆け寄り、高く跳躍して深く剣を振り下ろした。
「グガッ!」
深い一撃でホブゴブリンは耐えきれずに後ろに倒れた。本当に死んだか確認すると、まだ微かに息がある。胸に剣を突き立ててとどめを差した。
これで全部倒した。この場に残っていた作業員の方を向くと、みんながそれに気づいてある方向を指さす。
「ワイルドウルフだ、Cランクの魔物だ!」
そこには灰色の毛並みをしている大型の狼が二頭こちらの様子を窺っていた。牙をむき出しにして、唸り声を上げている、いつとびかかってきても可笑しくない状況だ。
まさか、ここにきて新しい魔物と戦うことになるなんて。剣を構えてワイルドウルフと対峙する。ドルウルフに比べれば一回りも二回りも大きさが違う、牙も爪もとても長い。
そんな初めての魔物が二頭、果たして自分が相手にできるのか? ちょっと怖気付きそうになる心を奮い立たせて、切り込む瞬間を見逃さない。
しばらく睨み合っていると、先にワイルドウルフが動き出す。二頭が同時にこちらに向かって走ってきた、覚悟を決めて戦うしかない。火球を打つため手をかざすと、後ろから声が聞こえてくる。
「後は任せな」
その声の持ち主、ヒルデさんは私の前に出てきた。大きな剣を軽々と持ち、ワイルドウルフに立ち向かう。ワイルドウルフが一斉にヒルデさんに飛び掛かった、その時風が舞った。
次の瞬間、二頭のワイルドウルフが一刀両断されて空中を飛び、盛大に地面へと転がった。辺りはしんと静まり返り、状況を確認するので精一杯。あのヒルデさんが軽々とワイルドウルフを倒した、そのことに驚いて理解が追いつかなかった。
「流石、ヒルデ姐さんだ!」
「お陰で助かりました!」
それを見ていた作業員が歓声を上げて、その声で私は我に返った。ヒルデさんが剣を振ってワイルドウルフを倒したんだよね、全然動きが見えなかったよ。的確に敵を捉えて一振りずつで倒したってことだよね、ヒルデさんって何者?
呆然と前に立つヒルデさんを見ていると、こちらを振り返った。
「リルがホブゴブリンをやっつけたのか?」
「は、はい」
「そうか、どうやら少しは戦い慣れているようだね。敵の損傷が少ないところを見ると、確実に倒せる攻撃を与えられているようだ」
「ありがとうございます」
いやいや、私のことよりもヒルデさんのことが気になりすぎて思考が追いつかない。戦っている姿を見ていなかったのに、敵の損傷を見ただけで私の力量が分かっちゃうの? それって凄いことじゃ。
私が呆然としていると作業員たちが近づいてきて話しかけてきた。
「ヒルデ姐さんは凄いだろ。なんてったって、Aランクの冒険者なんだぞ」
えぇ!? ヒルデさんがAランクの冒険者!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます