164.石切り(4)
翌朝、久しぶりに朝日と共に起きた。起きてみるとおばさんはいなくなっていて、もうお仕事に向かったようだ。隣を見てみるとヒルデさんはまだ寝ていて、起こさないように静かにベッドから降りた。
それから普段着に着替えて、寝巻をマジックバッグに入れた。久しぶりに早く起きたからまだちょっと眠たいな、ちょっとベッドの端でボーッとしてよう。
何もすることがなくベッドの端に座り、ボーッと時間が過ぎるのを待った。そろそろ出ていこうかな、と思った時に隣のベッドから身動きする音が聞こえる。
「ん、ふぁ~……リル起きてたんだね」
「ヒルデさん、おはようございます」
「おはよう。準備に時間がかかるから、先に出て行ってもいいよ」
「はい、分かりました」
ゆっくりと起き上がったヒルデさんは大きく背伸びをすると、起き上がったまま動かなくなった。まだ頭が覚醒していないのかな、今はそっとしておいたほうがいいよね。私はマジックバッグを背負うと、小屋を出ていった。
小屋を出ると気持ちのいい朝日が差し、緩やかな風が吹き付けてきた。んー、気持ちのいい朝だ。あれ、美味しそうな匂いがしてきた。匂いに釣られて歩いていくと、設置された竈でおばさんが食事を作っていた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。早起きだね」
「以前はこの時間帯から活動していたので、つい起きてきちゃいました」
「そうかい、無理をしてないならいいよ。早速、食べていくかい?」
「はい、お願いします」
竈の前で待たせてもらうと、あっという間に皿とコップを手渡される。どうやら、もう作ってあったみたい。朝食のメニューはパン、ソーセージ、スクランブルエッグ、細かく刻んだ野菜炒めだ。
「パンは作ったんですか?」
「パンはマジックバッグに日数分が入っているんだよ。それを出しただけさ」
確かに、この時間から働くんなら焼いている暇なんてないし、設備だってないから無理だよね。おばさんにお礼を言って、近くの地面に座り込んで食べ始める。
んー、量がすごく多い。食べられるかな?
「いただきます」
野菜炒めをフォークですくって一口、強い塩味を感じた後に野菜の甘味とうま味を感じる。やっぱり、ここの料理は塩味が強いものが多いみたい。その塩気でスクランブルエッグを食べる、こちらはほのかな甘味を感じて塩味と合う。
次に大きなソーセージを一噛み、プリッとしてジューシーだ、美味しい。その後にパンを頬張って水を飲み込む。量が沢山あるからよく噛んで食べないと、お腹が痛くなりそうだ。
そうやって一人で食事をしていたら、小屋から続々と男性たちが起きてきた。すると、急ににぎやかになる。竈の周りが活気ある雰囲気になり、元気なおばさんの声が響いた。
◇
食事が終わると、担当者の掛け声と共に作業が始まる。山を登ろうとしている時、男性たちが近寄ってきた。
「今日は一日中の作業だ、本当にできるのか?」
「無理なら帰んな」
険しい顔でそんなことを言ってきた。まだ半日しか仕事をしてないから認められていないのは分かる。だから、今日の仕事を頑張ってできることをみんなに知ってもらおう。
「今日、一日頑張ってみせます。見ててください、沢山の石を切り出してみせます」
「威勢だけはいいな。でも、そんなに甘くないからな」
「途中で魔力切れになって、石を切り出すのも無理になりそうだな」
それだけをいうと男性たちは先に山に登っていった。好き放題に言われちゃったけど、絶対に見返してやるんだから。とにかく、一日中作業をして石を切り出していこう。
意気揚々と山を登り、小屋に行って道具を取りに行き、作業場までやってきた。よしやるぞ、気合を入れているとヒルデさんが近寄ってくるのが見える。
「どうしたんですか?」
「今日から一日中の作業になるだろう? ここでの身体強化のコツでも教えてやろうと思ってな」
「専用のやり方があるってことですか?」
「まぁ、そういうところだ」
そんなやり方があったなんて、だからあの時あんなことを言ってきたんだ。ヒルデさんの申し出は本当にありがたい、ぜひやり方を取得して石の切り出しをしよう。
「まず、普通の身体強化は体全体に魔力をまとわせるよな。でも、ここでは使う部位にだけ魔力をまとわせて作業をしているんだ」
「ということは、手だけに身体強化をするってことですか?」
「そういうことだ。魔力をまとわせるのは肩から手の先までだ、意識をして魔力をまとわせてみろ」
肩から手先までか、難しそうだけどやってみよう。呼吸を整え、意識を集中させる。いつもは体にまとわせていた魔力を限定して腕にだけまとわせる。まだ慣れていないからか、体中に魔力が行き渡る感覚がした。
こんなんじゃダメだ、もっと意識を集中させなくっちゃ。体中に散らばった魔力を抑え、腕にだけ魔力をまとわせるように集中する。始めは上手くいかなかったが、じっくりと魔力を引き出すとだんだんと腕に魔力が集まってきた。
あとはこの魔力を肩から手先まで満遍なく広げるだけだ。さらに集中して魔力を引き出すと、しっかりと肩から手先まで魔力をまとわせることができた。
「なんとかできました」
「よし、早速やってみろ」
「はい」
紐を使って長さを測り、チョークで線を引く。そして、鉄の棒とハンマーを持つと穴を開けていく。
カン カン カン
叩く度に鉄の棒が岩肌に突き刺さっていく、腕だけの身体強化は成功だ。
「見てください、腕だけの身体強化が成功して穴を掘れました」
「それでいい。始めは意識をしないと維持するのが大変だが、慣れてくるとその辛さも無くなる」
「そうですね、維持するのが大変です。慣れるまで頑張ろうと思います」
このやり方だったら魔力を節約できるし、長時間の作業も可能になる。作業が始まる前に教えてもらって助かったな。
「それに魔力の濃さを調節することができれば、身体強化の段階を上げることができる」
「身体強化がさらに強くなるってことですか?」
「そうだ。それなりに魔力を消費することになるが、その分一過性の強さを得ることができるぞ」
身体強化がもっと強くなる、そんなやり方があるなんて知らなかった。もし、それを知ることができれば今後の冒険にも役立ちそうだ。
「まぁ、今は作業だな」
「そんな、教えてくれないんですか?」
「何かの機会があればな、じゃあな」
ヒルデさんはそう言って去って行ってしまった。確かに今必要なことじゃないかもしれないけれど、気になりすぎる。身体強化のその上か、それを習得できれば今後の冒険がもっと安全になるかもしれない。
これから戦う魔物はより強くなっているはずだから、是が非でも習得しておきたい。よし、合間を見てヒルデさんに教えてほしいってお願いしてみよう。
そうと決まったら、まずはお仕事をやらなくちゃ。部位の身体強化を教えてもらったから、長く作業ができるはずだ。みんなを見返して、認めてもらおう。
私は部位の身体強化をかけると、ハンマーで鉄の棒を叩き始めた。
◇
その日、私は一日中作業をすることができた。お陰で沢山の石を切り出すことができて、それを見た周りの人はとても驚いていた。少しは態度が軟化したけど、私に向けられる目はまだ厳しい。
一日だけじゃ周りの目を変えるのは難しかったらしい。でも、少しの人が普通に話しかけてくれたから、少しは前に進めたと思う。このまま最終日まで認めてもらえるといいな。
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