163.石切り(3)

 夕日で染まった山を作業員たちが次々に降りていく。私もそれに続いて高い山をゆっくりと降りていく。段になっているとはいえ、かなり高いので降りるのが結構怖い。


 慎重に降りていき、男性たちの後をついていく。山の下のすぐそばにはいくつかの小屋が建っており、そこで寝泊りするみたいだ。山を下りると今度は肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。


「食事を配るぞ、並べー」


 担当者の声が聞こえると男性たちは列になって並び始める。私もそれに倣い、列に並んで自分の順番を待った。列に並ぶとすごい勢いで列が前へと進んでいく、それに遅れないように前へと進む。


 そして、私の番がやってきた。


「はいよ」


 おばさんが一つの皿と大きなコップを手渡してきた。私はそれを受け取ると、すぐに列を避ける。それから周りを見てみると、他のみんなは地面に座って食事をしていた。


 私も適当な場所に座って、食事を取り始める。皿を見ると平たいお肉の塊が五枚、茹でた芋とブロッコリー、一本のキュウリというメニューだった。無骨というか、すごいメニューだ。


 でも、お腹はペコペコだからとても美味しそうに見える。周りを見てみると他の人たちは食事にがっついて食べている。それを見てもっと美味しそうに見えた。


「いただきます」


 フォークで肉を刺して口に運ぶ。嚙みちぎると肉汁がブシュッとにじみ出てきた。その肉汁のうま味を感じる前に強い塩味を感じる、普通よりも濃い塩味だ。うま味と塩味が食べる事に絡み合って、空腹の体にしみ込んでくる。


 塩味が強いけど働いた後だから美味しく感じる。というか、体が塩味を求めているようで、肉を飲み込むとすぐにかぶりつきたくなった。強めの塩味にジューシーなお肉、食べ始めたら手が止まらなくなった。


 肉を食べる合間に芋とブロッコリーも食べ、キュウリを食べてみるとこちらは浅漬けになっていた。汗を沢山かいたから塩味が多くて助かる、体がそれを求めていたからか喜んでいるように感じる。


 かなり量は多かったが、なんとか食べきることができた。周りを見てみるとほとんどの人が食べ終えて、小屋に向かっている。周りも暗くなっているし、私も小屋に入ろう。


 食器を先ほどのおばさんのところへ持っていく。


「ごちそうさまでした」

「はいよ」

「食器を片づけるのお手伝いしましょうか?」

「何言っているんだい、働いた後だろう? あとのことはおばさんに任せて、子供はゆっくり休んでおきな」


 ……追い出されてしまった。仕方がない、小屋に行ってみよう。でも、どの小屋に入ればいいんだろう? 一人で考えていると、担当者が近づいてきた。


「食事は終わったか?」

「はい」

「なら、ついてこい。これから寝泊りする場所を教える」


 良かった、担当者さんが教えてくれるみたい。大人しく担当者の後ろをついていくと、他の小屋よりも小さな小屋の前にたどり着いた。


「ここで働く女性は少ないからな、この小さな小屋で十分だ。詳しいことは中に入っているヤツに聞いておけ」

「分かりました。ここまでありがとうございます」

「明日もよろしく頼む」


 言い終わった担当者はその場を離れていった。残された私は小屋に近づき、扉を開ける。中に入るとランタンが灯されていて明るい、誰かいるのかな?


 中へ入ってみると、棚とベッドがあるだけの簡単な内装になっていた。そして、そのベッドの上にはヒルデさんが寝転がっている。


「あ、ヒルデさん」

「ん、あぁリルか。食事は終わったのか?」

「はい、もうお腹いっぱいです」


 寝転がっていたヒルデさんが起き上がり、ベッドに腰かけた。


「あの、担当者さんがこの小屋のことは中の人に聞けって言われたんですけど、何か気を付けることはありますか?」

「気を付けること? そんなものはないさ。ここにはただ寝るだけの場所だからね、寝る時に静かにしてもらえればいい。そうだ、小屋の裏に体を洗う場所があるんだが、使うかい?」

「ぜひ、使いたいです」

「なら、案内してやるよ。ついてきな」


 ベッドから立ち上がり、ヒルデさんと一緒に小屋を出ていく。ぐるりと回り込むと、そこには大人一人が入れる大きさの箱のようなものがあった。


「ここが洗い場だよ。中を開けると大きな桶があるから、傍に設置してある水の魔石から水を出して使うんだ」

「水ですか」

「なんだい、苦手かい?」

「いえ、久しぶりで懐かしいなって思って」

「そうか、やっぱり恵まれていない子だったんだね」


 え、それって……


「だって、可怪しいじゃないか。女の子がこんな仕事をするなんて、普通だったらありえない。だから、親のいない恵まれない子だと思ったんだよ」

「……その通りです。親に見捨てられて、一人で色んな仕事を請け負って来ました」

「そうだろうとは思ったよ。まぁ、そう考えていたからほっとけなくなったのさ」


 そっか、やっぱり可怪しいよね。こんな年の子が大人に混じって働いているのは。今までだってそうしてきたけど、きっとそんな目で私は見られていたんだろうな。あんまり周りの目を気にしてなかったけど、気を付けたほうがいいのかな。


 ちょっぴり悲しくなると、頭に手を乗せられて軽く叩かれた。


「そんな顔をするんじゃない。今日だって立派に仕事を終わらせてきたんだろう?」

「……はい」

「別に責めるために言おうとしていたんじゃない。ただ、ちょっとだけお節介を焼きたくなっただけさ」

「ありがとうございます。お陰で今日を乗り切ることができました」


 ヒルデさんがいてくれたから、男性に嫌味を言われても平気だった。一人って無力な時があるから、やっぱり怖い。本当なら一人で乗り越えなくちゃいけないんだけど、今回は本当に助かっちゃったな。


「あいつらも悪いヤツじゃないんだが、異質なものがあると過剰に反応してしまうんだ。きっと仕事がしっかりとこなせて、時間が経てば普通に接してくれると思うぞ」

「そうなんですね。だったら、私頑張ります! 明日からより一層頑張って、認められるようになりますね」

「そうそう、その意気だよ。じゃあ、私は小屋に戻るぞ」

「はい、ありがとうございます」


 ヒルデさんは言い終わると、小屋に戻っていった。一人残された私はヒルデさんが去った方向を見て、深々とお辞儀をする。本当にありがとうございます。


 ◇


 水風呂に入り、持ってきた石鹸で頭と体を洗い、持ってきたタオルで体を拭く。それから寝巻に着替えて小屋に戻ると、ヒルデさん以外にも人がいた。食事を作ってくれたおばさんだ。


「おばさんもここで泊まるんですね」

「まぁね、ここしかないからね」

「おばさんも水風呂入ってきますか?」

「いや、いいよ。どうせそんなに汚れてないんだからね。ここにいる時はいつも必要最低限さ」


 まぁ、自宅じゃないからね。十日間だけだし、そんな感じで十分みたいだ。


「洗濯物があるなら、そこにある籠に入れておくんだよ。そうしたら、明日私が洗っておくよ」

「そうなんですね。おばさんの仕事って食事と洗濯ですか?」

「そうだよ。ここで働くヤツらの食事と洗濯の世話をするのが仕事さ。だから、そのことは遠慮なく頼ってくれてもいいよ」


 専用の人を雇っているんだ、だったらその部分は甘えさせてもらおう。


「じゃあ、私は朝も早いし寝るよ」

「私も寝ます」

「二人が寝るなら、私も寝ようか」


 ベッドに潜り込むと、ヒルデさんがランタンの明かりを消してくれた。おやすみ、という声を掛け合うと小屋の中は一気に静かになった。窓からは月明りが差し込んできて、部屋の中は少しだけ明るい。


 天井を見上げていると瞼が重くなってくる。半日しか仕事してないけど疲れちゃったな。この仕事は日が出ている時が働く時間だから、集落にいた時のことを思い出す。集落にいた時は日と共に行動していたから。


 懐かしさを感じながら、私は眠りについた。

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