162.石切り(2)

 カン カン カン


 ハンマーで鉄の棒を何度も叩く。叩く度に石が削れてきて、鉄の棒が沈んでいった。あともうちょっとだ、叩いて、叩いて、叩く。


「ふー、よし」


 額に滲んだ汗を拭って一息ついた。角になった岩肌の三辺分、穴を開け終わる。あとは、鉄の棒から太い棒に替えて、開けた穴に先を埋めた。そして、上からまた叩く


 カン カン カン


 ビキッ


 小さな衝撃を感じた。きっと亀裂が走った衝撃だよね、他の二辺も同じような衝撃を当てて、亀裂させる。


「終わった。本当に切断できたのかな?」


 岩肌に降りて確認してみるけど、よくわからない。だけど、うっすらと亀裂が入っているように見えるから、もうこれでおしまいっていうことだよね。


 試しに持ち上げてみよう。身体強化をかけて、切り終わったはずの石に手をかける。まずは横に引っ張る! うっ、お、重い、でも、まだまだっ!


 ゴリゴリゴリ


 石が横にずれた音がした。慌てて見てみると石はしっかりと切断されていたみたいで、しっかりと岩肌から分離している。


「やった!」


 成功している、良かった! あとは、これを持ち上げるだけだね。身体強化をしっかりとかけて、持ち上げる! うっ、うっ!


「んーーーっ!!」


 全力を出して石を持ち上げ、一番上まで石を置く。


「はぁーーっ」


 お、重かった。でも、なんとか持ち上げられたよ。


「石切り終わったんだね」

「わっ! ヒ、ヒルデさんっ」

「ふーん、初めてにしては上出来じゃないか」


 気が付いたらヒルデさんが近くまで来ていた。切り取った石を眺めて上機嫌に笑って見せている。すると、ちらほらと他の男性も近寄ってきて、私が切り取った石の見分を始めた。


「ふーん、まぁこんなもんじゃね」

「いやいや、子供にしては上出来じゃねぇか?」

「この程度ならって思うけど、そういえば子供だもんなぁ」

「仕事をするのに、そんなこと関係ねぇよ。できるか、できないかだ」


 石を見ながら好き放題に言われている。えっと、これは合格っていうことかな。


「おい、担当者を連れてきたぜ」


 状況についていけず呆然としていると、他の人が担当者を連れてきてくれた。連れてこられた担当者は私が切り崩した石の見分を始める。


「ふむ、この石なら合格点というところか。それに時間もそれほどかかっていない」

「おい、こいつはどうなんだ?」

「仕事ができるんだ、一人でも多くの作業者がいたほうがいい。十日間よろしく頼む」


 担当者がそういうと、周りの人は様々な反応を見せた。


「いやいや、一つだけ切り出してもダメだと思うぞ」

「一日中、やらないといけないんだ。体力も魔力も持つかわからん」

「石切りの仕事よりも、石の表面を加工する仕事をやればいいんじゃないか?」

「それだって力のいる仕事だろう。子供ができるような仕事じゃない」


 まだ不満があるようで、私には一日中できないっていう話が多く出た。まぁ、こんな子供が肉体労働をしているんだから、そう思われるのも無理はないか。でも、せっかくここまで来たんだから諦める訳にはいかない。


「あの、一日中やってみせます。もう少し、待ってくれませんか?」

「ほら、こう言っているんだ、やらせてみたらどうだい」

「いや、ヒルデ姐さん……この仕事は子供にはキツイっすよ」

「キツイかどうかはこの嬢ちゃんが決めることさ、やらせてみたらいい」


 ヒルデさんがそういうと周りの人たちは難しい顔をしながらも頷いてくれた。そうして、話し合いは終わったのかみんな散らばっていき、ヒルデさんが残ってくれた。


「あの、ヒルデさん。かばってくれてありがとうございます」

「何、気にするな。あんたは自分の仕事をやればいいさ」

「リルです、私の名前」

「そうかい、リルっていうんだね。かわいい名前じゃないか」


 爽やかな笑顔でそういって頭を撫でてくれた。そこまで子供じゃないんだけどなぁ。


「じゃ、仕事頑張りなよ」

「はい、ありがとうございます!」


 手を上げてヒルデさんが去っていき、私は深くお辞儀をしてヒルデさんを見送った。後に残ったのは担当者だけで、何か話があるみたい。


「じゃあ、石切りができたんだからしっかりと働いてもらうぞ」

「はい」

「まず切った後の石だが、表面を平らにしないといけない。あそこで作業している男たちのところまで石を持っていくんだ。そうすると、あの男たちが表面を綺麗に加工してくれる」


 確かに表面がでこぼこしていて、壁にはできなそうだ。


「持ち運びが大変なら小屋の中に台車がある。それを使って持ち運びをして欲しい。何か質問はあるか」

「切り出す石の大きさは今の大きさのままでいいですか?」

「そうだな、一番小さな石をやってもらっているが、そのままでいい。そのほうが適任だろう」


 そっか、一番小さな石を切り出していたんだね。これってやっぱり気を使われているってことだよね。ちょっと申し訳ない気持ちだけど、助かるな。


「あの、気を使ってくれてありがとうございます」

「一人でも多くの作業員が欲しかったから気にするな。この仕事はそれなりにキツイから、いつでも人手不足だからな。もし、できなくなったら石の加工に移ってもらうからな。そっちのほうが幾分かましだ」

「その時はお願いします」


 お辞儀をすると担当者は山を降りていく。ふー、とりあえず仕事は続けられることになった。一時はどうなることかと思ったけど、ヒルデさんのお陰でなんとか続けられそうだよ。


 でも、どうしてヒルデさんは見ず知らずの私に優しくしてくれたんだろう。お陰で今も馬車の中でも助かったけど、理由が分からない。正義感の強い人なのかな、それとも何か理由があるのかな。


 いけない、考え事は置いておいて仕事をしなくっちゃ。私は離れた位置にある小屋まで駆け足で行くと中から台車を取ってくる。元の位置にまで戻ってくると、台車の上に切り出した石を置く。


 台車を押し、石の加工をしている男性たちの近くまでやってきた。


「あの、加工をお願いします」

「……適当なところに置いておけ」

「はい」


 男性というかおじさんというか、そんな人たちが地面に座りながら石の表面を加工していた。私は言われた通りに地面に置く。


「よろしくお願いします」

「ふん」


 無表情のままこちらを見た後、すぐに手元に視線を移した。やっぱり歓迎はされていないよね、子供のしかも女の私がいていい場所じゃないから。ううん、弱気になったらだめだ、担当者の人も働いていいって言ってたんだから。


 今は認めてもらえないかもしれないけれど、それは仕事を全然終わらせていないからだ。頑張って仕事をすればきっと認めてもらえるよね、きっとそうだよ。


 再び作業場に戻ると、道具を手にして次の石を切り出す準備をする。長さを測って、チョークで線を描いて、あとは線に沿って穴を開けるだけだ。


「よし、やるぞ」


 気合を入れてハンマーを振り下ろした。


 ◇


 あちこちからハンマーで叩く音が聞こえる。リズムがいい音、大きく響く音、様々な音がその山には木霊していた。その音に混じって、違う音が聞こえてくる。


 カーン、カーン、カーン


 甲高い鐘の音だ。ふと、顔を上げるとその音は山の下で聞こえてきていた。周囲を見渡すと、今まで作業していた男性たちが手を止めて道具を片づけ出した。


「そっか、終わりの合図なんだ」


 半日だったけど、無事仕事をやり遂げることができた。手のひらを見てみると、酷使したせいか豆ができていたり潰れたりしている。まだ血が出ていないだけ、良かったと思おう。


 明日の仕事に支障が出ないようにポーションを飲んでおいて、少しだけ回復させておこう。うーん、この調子だったらポーションを使い切ってしまいそうだ。使い切る前に手のひらが頑丈になってくれればいいけど。


 手のひらのことを考えながら道具を木箱の中に片づけ、小屋へと戻した。すごく疲れたけど、なんとかなって良かったな。

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