160.宿屋の店員(5)
宿屋の仕事は朝から夜までとても忙しかった。大きな宿屋、他よりも高級という付属もついているからやることが多い。
朝一の仕事は朝食の給仕から始まり、終わるまで休憩なく働き続ける。でも、忙しくなくなると朝の賄いを貰えるから、そこで一息つけるのが良かった。
朝の給仕が終わると次に昨日干しておいたシーツや他の洗濯物の取り込み。これが結構な重労働で、背の低い私は踏み台を使ってなんとか仕事をこなしていた。
それが終わると部屋のシーツ替えだ。まず先に全部屋のシーツやカバーを外すところから始まる。とにかく急いで剥いでいくのでのんびりしている暇はない、ここが遅いと洗濯物を洗うのが遅れてしまう。
みんなでシーツとカバーをはがすと、今度は分かれての作業だ。部屋と宿屋内の掃除、ベッドメイク、洗濯。私は初日から洗濯係に任命されたらしく、とにかく洗い物をする人になった。
大量の洗い物を洗い場まで運び、一心不乱に洗っていく。とても午前中で終わる量ではなく、途中で昼食をはさんでさらに洗いこんでいく。
全て洗い終えると、すすぎをして洗剤液を取っていき、一つずつ水を切るために絞る。ここでようやく洗濯物を干すことができた。
踏み台の上に乗って、精一杯腕を伸ばして洗濯紐に洗濯物を干していく。しっかりと皺を伸ばして、端までピンとすることを忘れない。最後に洗濯ばさみで留めれば、これで一つ完成だ。これを何十回、もしかしたら百回以上やらないといけない。
黙々と洗濯物を干し終えると、今度は朝に取り込んだシーツなどのアイロンがけ。部屋に閉じこもって、ここでもひたすらにアイロンをかけ続けていく。アイロンをかけていると部屋が暑くなるから、扉を開けて仕事をこなしていく。
今日こそは全部やり終えるぞ、という気持ちでやっていくんだけど、いつも終わる前に呼ばれてしまうから終わった試しがない。後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にする。
最後の夕食の給仕。朝はメニューが一つしかないけど、夕食はメニュー表があってそこからお客さんが選んで注文する仕組みになっている。席への案内をし、オーダーを取り、料理を持ってきて、会計をして、テーブルの上を片づけた。やることが沢山だ。
忙しさが収まると美味しい賄いを頂き、最後のラストスパートだ。お客さんが全員帰るまで待機し、全員帰ったら最後の片づけをする。この時は早く終わるようにみんなの心が一つになっている感じだ。
そうして全ての仕事が終わる。くたくたになりながら、挨拶をして一足先に私は宿屋に帰っていく。宿屋に戻ってシャワーを浴びて、すぐ寝入る。これが一日のスケジュールだ。
忙しいけど、こなせない訳じゃない感じのお仕事。忙しいからあまり交流ができないのが残念だけど、仕方ないよね。忙しい日々をこなしていくだけかなって思っていたけど、そうじゃなかった。
ある日、お姉さんが貧血で倒れて仕事を休んだ。
「お姉さんは大丈夫なんですか?」
朝食の給仕の合間に少し集まって他の人と相談をする。みんな難しそうな顔をしているけど、落ち着いた様子だった。
「今日一日休めば大丈夫だと思うんだけど、一人欠けた状態で仕事を終わらせないといけなくなったわ」
「とにかく今日は雑になってもいいから、仕事を終わらせることだけ考えましょう」
「わ、分かりました。頑張りましょう」
「朝の給仕が終わったら、速攻でシーツ剥がしを終わらせてそれぞれの仕事につきましょう」
みんなで強く頷いて心を一つにした。
朝の給仕が終わると駆け足で行動を開始する。空いた部屋からベッドのシーツとカバーを次々に剥がす。
「まだ、空いていない部屋は後で剥がして持っていくわ。リルちゃんは先に干した洗濯物を取り込んできて」
「分かりました。後はお願いします」
半分の部屋を残して庭に急いだ。庭に行き、踏み台に上りながら次々に洗濯物を取り込んでいく。落とさないように気を付けながら、全ての洗濯物を籠に収めることができた。
それから駆け足で取り込んだものを部屋に持っていき、その帰り道で他の従業員が残りの洗濯物を持ってきてくれた。
「これで全部よ。洗濯が終わったら、私たちの誰かに話しかけて、仕事の割り振りを改めましょう」
「はい、分かりました」
そういい終わると、それぞれ駆け足で持ち場に戻る。持ち場に戻った私は洗い場に水を溜めると洗剤を振りかける。今回は洗い方が雑でもいい、とにかく全ての仕事が終わらなきゃいけない。
何か素早く終わる方法はないか考える。そうだ、ここを大きな洗濯機にしてしまえばいいんじゃないかな。そう考えた私は、洗濯物を洗い場に沢山入れ込んだ。
腕まくりをした腕を洗い場に突っ込んで意識を集中させる。魔法の力で洗い場に入っている水を動かし回して、前世にあった洗濯機を再現しようと思う。水球を作る時に水流を起こして形を整えていたから、きっとここでもできるはずだ。
魔力を手のひらに集め、水の中に魔力を溶け込ませる。そして、その魔力を使って水を動かす。回すように動かす……あ、動いてきた。このまま強く水が回るように意識をする。
すると、洗い場の水がぐるぐると回りだした。やった成功だ、このまま水を動かして洗い物の汚れを取ろう。そのまま意識を集中して、二十分間水を回し続ける。
「もういいかな」
水の中から腕を取るとグルグル回っていた洗い場の水の勢いが弱まっていく。水の中からシーツを取り出して見てみると、汚れ一つもない、この方法は使える。
早速、洗い物を取り出して水を絞っていく。一番時間がかかる洗濯があっという間に終わっちゃった。この調子で自分の仕事を早く終わらせて、他の人の仕事を手伝いにいこう。
◇
新しい洗濯方法を編み出したお陰で昼食の時間までには洗濯物は終わった。昼食を食べ終えて報告に行くと、すごく驚かれて褒められた。それから宿屋内の掃除を請け負って、昼の仕事を開始する。
廊下の掃き掃除に拭き掃除は簡単な仕事だけど、範囲が広いから全部をやるのは大変だった。でも、いつも綺麗にしているお陰か、丁寧に掃除しなくても綺麗に見えるので速度を重視して掃除をした。
掃除が終われば今度は自分の仕事、シーツなどのアイロンがけ。ここでも速度を重視して一枚にかける時間を減らして量をこなす。集中してやっていると、すぐに夕食の給仕の時間になった。
働く人が一人少ない夕食の給仕は目の回るような忙しさ。歩いてなんていられなくて、常に早歩きで移動をして止まっている暇なんてなかった。止まることができたのは、お客さんが入らなくなった時間帯になってから。
そこでようやく賄いを食べることができた、ゆっくりとは食べられなかったけど少し休憩できて最後の力を蓄えられた。食べ終わると、違う人と交代をして給仕に戻る。
そうやって、最後まで忙しい時間が過ぎてようやく終業時刻になった。最後のお客さんを見送ると、みんなで大きなため息を吐く。
「やーっと終わったわね、お疲れ様」
「お疲れさまでした。もう働けません」
「後片付けも終わったし、もう帰りましょう」
みんなくたくたになりながら声かけをして店を後にした。ちょっとだけフラフラになりながら宿屋に戻ると、シャワーを浴びて速攻で寝る。こんなにくたくたになったのは久しぶりで、すぐに寝入ることができた。
◇
宿屋の仕事は忙しく日々が過ぎていく。時々、急に一人が休みになって大変になることはあったけど、その度にみんなで協力し合って仕事を終えることができた。あまり交流を持てなかったけど、それなりに仲良くなっていたと思う。
そんな仕事をしていたせいか、二週間なんてあっという間に過ぎてしまった。気がづけば最終日となっていて、最終日もいつも通りの仕事をしていつも通りに仕事を終えた。
最後にみんなに声をかけてもらい、宿屋の支配人に呼ばれた。
「ご苦労様でした。少し金額が多いかもしれませんが、お給金とクエスト完了の報告書です。もし、またクエストを見かけた時はぜひ受けてもらえると助かります」
それを受け取って、私の宿屋の仕事は終わった。初めてのCランクの仕事は大成功っていってもいいのかな。この調子で次の仕事もこなしていこう。次はどんな出会いが待っているかな。
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