159.宿屋の店員(4)
「ありがとうございましたー」
最後のお客さんがホールから出て行った。バタン、と扉が閉まると緊張感が薄れていく。
「お疲れ様ー。洗い物が終わったら帰りましょうか」
「お疲れ様です。残りの洗い物は厨房に持っていきましたから、それが終わってからですね」
「みんなのエプロン貰うよー。籠に入れてくるね」
一気に気が抜けた空気になり、体から余分な力が抜けていく。従業員の一人が近づいてきて、手を差し出してきた。私はエプロンを脱ぐと手渡した。その人は他の人のエプロンを回収すると厨房の中へと入っていく。
すると、お姉さんが近づいてくる。
「初日から色々と仕事を押し付けちゃってごめんね。あまり説明できてなくて大変だったでしょ」
「いえ、大丈夫でしたよ。時々見に来てくれたり、気にかけてくださって助かりました」
「そういってもらえて良かったわ。明日は七時半から朝食の給仕があるから、それまでにはここに来てね。ちなみに朝の賄いも出るから、できれば食べずにきてほしいわ」
「分かりました」
お姉さんはあまり説明できなかったことを後悔しているみたいで、申し訳なさそうな表情をしていた。確かに説明は少なかったけど、時々見に来てくれたから大丈夫だったな。
「私は住み込みで働いているからいいけど、リルちゃんは違う宿屋で泊まっているんだったよね」
「はい、ここから歩いて二十分くらいのところで寝泊りしてます」
「そしたら、もう帰っていいわよ。後はやることもないし、明日のためにゆっくり休んでね」
「分かりました、明日もよろしくお願いします」
少しでも早く帰れて嬉しいな。私はお姉さんにお辞儀をしてから、ホールを出て行った。それから荷物を置いていた小部屋に行き、マジックバッグを背負って玄関まで歩く。
玄関の扉を開けると、外は真っ暗になっていて、通りには街灯が暗い道を照らしてくれていた。今のうちにマジックバッグからランタンを取り出すと、光をつけて通りを歩いていく。
まだ暗くなったばかりなのか、街灯があるところでは人が大勢行き交っている。暗くて歩くのが不安だけど人がいるだけで安心できる、悪目立ちしないように普通に通りを歩いて宿屋へと向かった。
街灯がある通りから外れて、今度は暗がりの通りを進んでいく。通りは暗いけど手に持ったランタンの光があるから大丈夫、それにちらほらと同じように歩いている人もいるからちょっとは安心できる。
しばらく歩いていくと、宿屋のランタンが見えた。目の前までいくと手に持っていたランタンをマジックバッグに戻して扉を開ける。すると、真正面にある受付のカウンターにお姉さんが座っていた。
「あら、リルちゃん。遅かったのね、おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
「夕食は食べていく?」
「いえ、今度の職場で賄いが出たのでしばらくは必要ないです。朝食もそっちでいただくことになりました」
「そうなの、いい職場に巡り合えたのね。ちなみに、職場はどこなの?」
「宿屋です」
その言葉をいうとお姉さんはパァッと表情を明るくした。
「あら、そうなの⁉ そうしたら、臨時でリルちゃんに宿屋の仕事をお願いすることってできるかしら?」
「やることが変わりなければ大丈夫ですよ」
「ふふ、どこもやることは同じよ。リルちゃんがやってくれたらすごく助かるから、今度指名依頼するわね。そのほうが冒険者的にもいいんでしょ?」
「はい。ランクアップに必要なポイントが貰えるので、助かります」
まさか、泊まっている宿屋の仕事をやることになるとは思ってもみなかった。でも、指名依頼をしてくれるらしいから、普通よりもランクアップのポイントを貰えるってことだよね。知った場所でそういうことができるなら受けたほうがいい。
「あ、でも働いた賃金の一部はギルドに持っていかれるのよね。んー、リルちゃん的にはあまり美味しくない?」
「どちらかといえば、ランクアップのほうを重視しているので、冒険者ギルドに依頼してくれたほうが助かります」
「そうなの。なら、リルちゃんの都合と私の都合があった時に依頼するわね。もちろん、事前にリルちゃんに確認をするから安心してね」
事前に都合を考えてくれるのは助かるな、私も仕事を探さなくてもいいから楽で助かる。お姉さんと少しお喋りをすると、二階に上がっていく。
しばらくは一日中忙しいから、洗濯物も洗う時間がないからお願いしよう。あとはシャワーを浴びて、着替えたらすぐに寝よう。結構重労働だったから、疲れちゃったな。明日のためにも早く寝ておこうっと。
◇
翌日、いつも通り起きた朝。ベッドから起き上がると、着替えてから共用の洗面所まで行く。歯を磨き、顔を洗い終えると、部屋に戻ってマジックバッグを背負って身支度を整える。
そのまま部屋を出て、階段を降りる。食堂からスープのいい香りがしてきて、お腹が鳴りそうになった。それを我慢して宿屋を出ていく。
職場の宿屋までは徒歩で二十分くらい、気持ちがいい朝日を浴びながら静かな通りを歩いていく。今日はどれくらい忙しいのかな、と考えていたらあっという間に宿屋にたどり着いた。
中に入ると正面にある受付にお兄さんがいた。
「あぁ、確か昨日から臨時で働いてくれる人? おはよう」
「はい、そうです。おはようございます」
「荷物の置き場所は分かる?」
「はい、大丈夫です」
「今日もよろしくー」
軽く会話をすると、玄関先のホールを抜けて廊下を進む。その途中に物置の小部屋があるので、そこの棚にマジックバッグを置いておく。よし、仕事を開始だ。
部屋を出て、それから食堂に入っていくとおねえさんたちがすでに待っていた。
「おはよう、リルちゃん」
「おはようございます」
「お腹が減っているところ悪いんだけど、忙しい時間帯は給仕のお仕事をお願いね。人が減ってきたら賄いを食べてもらうようにするから」
「お腹は減ってますが、まだ大丈夫です。頑張って給仕しますね」
「頼りにしているわ。朝食メニューは一種類だけだから、席についたら厨房に人数を伝えて、出来上がった料理を配膳するだけでいいからね」
エプロンを手渡されてそれを着ると、そろそろお仕事の開始だ。お姉さんはホールに設置された置時計を確認すると、扉に近づいて開けた。
「おはようございます、朝食の提供を開始します。お好きな席にお座りください、席に座られましたら朝食が配膳されます」
扉を開けると待っていた人たちがなだれ込んでくる。その人たちは空いた席に次々に座り、思い思いに会話をしていた。
よし、人数を数えればいいんだな、えーっと。
「23名ね」
「あっ、早いですね」
「まぁ、毎日やっているからね。それよりも配膳するわよ、厨房ではもう準備は進んでいるから」
「はい」
別の人が人数を数えてくれた、さすがはベテランだ。その人に連れられて私は厨房に移動する。厨房に入ると、すでに大量の朝食が用意されつつあった。
「全部で23名です」
「おう、ここまでの料理は運んで行ってもいいぞ」
「分かりましたー。ほら、リルちゃん一緒に運びましょう」
「はい」
早速お盆を持ち、その上に料理を載せていく。今日の朝食はワンプレートとパンとスープ、合計三皿だ。お盆に載せられるのは二名分しかないな、沢山往復して料理を運ばないと。
他の人たちが料理を運んでホールへ行くと、私もその後ろについて一緒に歩く。
「リルちゃんはそっちのテーブルに運んでね」
「はい」
指を差されたテーブルに近づく。
「朝食お待たせしました」
軽くお辞儀をすると、お客さんの前に皿を置き始める。ワンプレート、パンの皿、スープの皿と綺麗に並べて置いた。
「ごゆっくりお過ごしください」
もう一度お辞儀をして、厨房に戻っていく。空腹のまま食事を運ぶのはちょっと辛いけど、もう少しの我慢だ。私はその後も朝食を運び続けた。
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