158.宿屋の店員(3)
扉を開けると広いホールはあっという間に半分が埋まった。埋まった後も続々とお客さんが入ってきて、席への誘導やオーダー取りで一気に騒がしくなる。
「ご注文は以上ですか?」
「あ、ナッツの盛り合わせも追加してくれる?」
「はい、かしこまりました。ナッツの盛り合わせっと、では少々お待ちください」
オーダーを取ると早歩きで厨房へと行く。
「オーダー入りました」
「おう、そこに置いといてくれ」
「はい」
厨房は大忙し。数人の料理人と助手が忙しなく動いたり、料理を作ったりしている。その厨房の端にはオーダーを吊るす台が設置してあって、私はそこに順番通りにオーダーを吊るした。
「六番テーブルの料理が出来上がったぞ」
料理人がオーダーを吊るした台に料理を置いた。えーっと、六番テーブルの料理にチェックをつけて、うんこれで全部の料理が出ることになるね。オーダー票をエプロンのポケットに入れて料理をお盆に載せて持っていく。
落とさないように慎重に厨房から出て、六番テーブルを目指して歩いていく。えーっと、六番は……あそこだね。
「お待たせしました」
「お、来た来た」
「待ってました」
料理を目の前に置くと、テーブルの端にオーダー票を置く。
「料理はすべて揃いましたか?」
「おう、全部揃ってるぜ」
「では、お帰りの際はこのオーダー票を会計までお持ちください。では、失礼します」
そういい終わると厨房に戻ろうとした時、声をかけられる。
「すいませーん、注文いいですか?」
「ただいま参ります」
オーダーだ、声をかけてきたテーブルに近づいてポケットからオーダー票とペンを取り出す。
「お待たせしました、ご注文をお伺いします」
「えーっと、ブラックカウの赤ワイン煮と今日のおすすめスープ」
「私はオーク焼きと野菜のトマトソースがけにコンソメスープ」
「ご注文を確認します。ブラックカウの赤ワイン煮、今日のおすすめスープ、オーク焼きと野菜のトマトソースがけ、コンソメスープですね」
「あっているわ」
「では、これから作りますので少々お待ちください」
オーダーを書き終えるとお辞儀をしてテーブルを離れた。それからまっすぐに厨房に行き、再度声をかける。
「注文いただきました、順番に置いておきます」
「おう」
「7番テーブルの料理できたよー」
「持っていきまーす」
一つの仕事が終わればもう一つの仕事がやってくる。一息つく暇もないまま、今度は料理を運んでいく。何度もホールと厨房を行き来していくだけであっという間に時間が経って行く。
すると、今度は帰る客が出始めた。お会計は他の人にお願いして、私は早速お客さんがいなくなったテーブルを片づける。空になった皿を重ねて手に持つと、それを厨房の洗い場に持っていく。
「皿、お願いします」
「うん、ありがとう。そこに置いておいてくれる?」
洗い場担当の人にそう言われて、洗い場の隣にある台に皿を置いておく。
「テーブルを拭く布巾をいただけますか?」
「いいよー。今布巾を濡らすから待っててね」
その人は洗い場にある蛇口をひねり布巾を濡らして絞ってくれた。
「はい、よろしくね」
「ありがとうございます」
濡れた布巾を受け取るとホールに戻る。それから皿を片づけたテーブルを綺麗に拭き、これで完了だ。辺りを見渡すとお客さんが帰った席がいくつかあり、仕事はまだまだ残っている。
すぐに違うテーブルに移動して皿を片づけようとすると、入口からお客さんが入ってきた。席に案内しなきゃ、そう思って動こうとすると違う人が先に動いた。
「あ、私が行くからリルちゃんは片づけてて」
「お願いします」
入ってきたお客さんをその人にお願いして、私はテーブルの上の皿を片づける。厨房に皿を持っていき、またテーブルに戻って今度は拭く。うーん、一度に全部できればいいんだけど、皿を持ちながらテーブルを拭けないしな。
前世では確かワゴンを使っていたから、それがあれば厨房に戻らなくてもテーブルが拭けそうだなあ。でもワゴンらしきものはないし、面倒だけど今のやり方でしかできないかな。
あ、考え事している暇はなかったんだ。次のテーブルも片づけないと、お客さんが入っても座れなくなっちゃう。私は少しだけ慌てて、次のテーブルを片づけにいった。
◇
今日の給仕の仕事はお客さんを席に案内して、オーダーを取る。オーダーを厨房に伝えて、料理をお客さんに運ぶ。お客さんが帰った後に食器を厨房に下げる仕事を続けた。
開店してからしばらくは忙しかったけど、二時間も経つと大分落ち着いてくる。少し手持ち無沙汰になっていると、お姉さんが近寄ってきた。
「リルちゃん、厨房で賄いを作ったから食べてきて」
「え、いいんですか? まだ仕事中ですよ」
「いつも仕事が少なくなった時、順番に食べているから平気よ。それに食べるのが遅かったら、空腹で倒れちゃうかもしれないでしょ」
「ありがとうございます。それじゃあ、先に頂いてきますね」
賄いがあるっていうのは聞いていたけど、仕事中に食べられるなんて思ってもみなかった。嬉しい出来事に自然と笑みがこぼれると、お姉さんも一緒になって微笑んでくれた。
それから厨房に行くと、料理人から声をかけられる。
「来たな、そこのテーブルに乗せてあるの食べていけ」
厨房の端には小さなテーブルとイスがあり、そのテーブルの上には料理とコップが乗っていた。私はイスに座って料理を眺める、黄色い色のついたご飯、肉と野菜が一口大に切り揃えられ茶色いソースがかかったおかず、それにマッシュポテトだ。
ソースのいい香りに釣られて、お腹が鳴ってしまった。
「お腹減っていたなら、しっかり食べて行けよ」
「はい、いただきます」
スプーンを手に取り、まずはおかずから食べる。肉と野菜をソースを絡めてからスプーンですくって一口、肉のジューシーさと野菜の甘味がソースの味でまとめられていてとっても美味しい。
次に黄色いご飯をすくって食べると、さわやかな風味を感じた。これは何かの香辛料が入っているから黄色くなっているのかな? ソースとの相性は抜群で、おかずとご飯の永久機関が出来上がったみたい。
そうやって交互に食べていくと、違う味も食べたくなってくる。しっとりとしたマッシュポテトをすくって食べると、まろやかでいて少しの塩味を感じる、箸休めにはもってこいの副菜だ。
おかずとご飯、おかずとご飯、マッシュポテト、水。美味しくて夢中で食べ進められる、ホルトにいる時よりもこっちのほうが美味しい感じがするのはなぜだろう。やっぱり人がいるところは競争も激しくなるから、必然的に味が良くなっていくのかな。
そうやって夢中で食べ進めると、あっという間に食べ終えてしまった。食べ終えた皿とコップを持って洗い場まで近づいてく。
「これ、お願いします」
「了解、どう美味しかった?」
「すごく美味しかったです! ずーっと、食べ続けられるくらいでした」
「そうか、そうか。そいつは良かった! 美味しそうに食べてくれてありがとよ」
給仕の人と話していると話を聞いていた料理人が入ってくる。嬉しそうな顔をしていたから、それを見た私もつい嬉しい気持ちになった。料理人さん、美味しい賄いをありがとう。
「次は私がまかないを食べようかな」
「じゃあ、私はホールに戻ってますね」
「うん。そうそう、皿はここに重ねといてもいいからね。あとでまとめて洗っちゃうから」
「分かりました」
よし、残りの仕事も頑張るぞ。私はホールに戻っていき、お客さんがいなくなったテーブルを片づけ始めた。閉店までもう少しだ。
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