第五章 冒険者ランクC

156.宿屋の店員(1)

 私はギルド証の更新のため冒険者ギルドに来ていた。


「リル様、お待たせしました。本日よりCランクになります。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 冒険者証を受け取るとそこにはしっかりとCの文字が刻み込まれていた。とうとう、Bランクまで一つのところまでたどり着いたね、ここまでの頑張りを思うと感動してしまいそうだ。


 でも気を緩めないようにしないと。ランクが上がったっていうことは、それだけ仕事が難しくなるっていうことだからね。むしろ、今まで以上に気を引き締めないといけないんじゃないかな。


 私が冒険者証を見て気持ちを改めると、受付のお姉さんが話しかけてくる。


「ねぇねぇ、今日から働くの?」

「はい、クエストボードを見て良い働き場所があれば働こうと思います」

「リルちゃんがいなくなって寂しいけど、こうして顔を合わせることができるのは良かったわ。頑張ってね」

「はい」


 一緒に働いたことで仲良くなった受付のお姉さんと雑談をして、その場を離れた。これからもしっかりと働いてランクアップのポイントを稼いで、Bランクを目指していこう。目標が近くなって俄然やる気が出てきたよ、どんな仕事でもドンとこい!


 それから人が集まっているクエストボードに近寄って、自分の受けられるクエストを探していく。今日も領主さまのクエストがないから、普通のクエストになっちゃうね。でも、この中に領主さまが間接的に関わっているクエストもあるのかな?


 そういうのが分ればいいんだけど、今の状態じゃ分からない。やっぱりここは普通のクエストの中から選んで決めていくのが一番だよね。えーっと、Cランク始めのクエストはどれにしようかな。


 クエストボードに貼りつけられたクエストを見回っていくと、一つのクエストに目がいった。それは宿屋の店員で、仕事が多岐に渡る内容だった。期間は二週間で日給は一万八千ルタになっている。


 Cランクになると仕事内容が増えたように見えた。やはり今までとは違う。仕事は多いけど、見た感じどれも簡単そうに見える。よし、

 これを受けてみよう。


 ◇


 受けてみた宿屋は普通の宿屋ではなかった。大きくて、高級感のあるホテルのような建物。そこでお部屋のお片付け、洗濯、掃除、給仕と幅広い仕事をする求人だった。


 職場に行くとすぐに採用され、すぐに働くように求められた。


「リルちゃんね、早速で悪いんだけどシーツとカバーを洗っておいて。場所はこれから案内するから」


 お姉さんに連れられて建物内を進んでいくと、倉庫のようなところに辿り着いた。倉庫だけど一面は吹き抜けになっており、そこは石造りの大きな洗い場になっている。隅には箱に入った無造作に積まれたシーツと何かのカバーが山盛りになっていた。


「ここが洗濯場よ。外の井戸から水を汲んできて、あそこの棚にある洗剤を入れて洗ってね。それから、外に干すんだけど……ちょっと付いて来て」


 お姉さんは足早に外へ出て行くと私はその後を追う。外に出ると沢山の紐が張られていた。


「シーツとカバーをここで干してね。そうそう、カバーは洗濯ばさみで挟んで干すんだよ」

「洗濯ばさみはどこにありますか?」

「洗剤が置いてあった棚にあるよ。洗剤で洗った後はもう一度水でゆすぐんだよ、忘れないでね」

「分かりました」


 とても早口で説明するお姉さんは忙しそうに倉庫の中に戻ると、すぐに扉のほうへと向かった。


「あんまり説明出来なくてごめんね。とりあえず、洗濯をよろしく」

「ありがとうございました」


 そう言い残したお姉さんは宿屋の中へと消えていった。さて、残された私は今の説明だけでどうにかしないといけないらしい。色々と聞きたいことはあったけど、とりあえずは目の前のことをやらないといけないよね。


 腕まくりをすると早速動き出す。まずは洗い場を水で満たすことからやっていこう。外に行き近くにあった井戸に近寄ると、井戸から水を汲んで桶に入れる。その桶を中の水を零さないように持って歩き、洗い場に入れる。


 うん、洗い場の大きさが二メートルくらいあるから全然溜まらない。何往復すればできるようになるんだろう、気が遠くなる。そうだ、魔法の水をここに溜めたらいいんじゃないかな?


「よし、やってみよう」


 両手をかざして魔力を高める。水を出すイメージをして意識を集中させてから、高めた魔力を解き放つ! すると、突き出した手のひらから滝のように水が溢れ出してきた。意識を逸らさないように集中して水を出し続けていると、洗い場に水が溜まってくる。うん、この辺りで良さそう。


 魔力の放出をやめると洗い場は十分な水で満たされた。こういう時って魔法は便利でいいね、魔力も使えてちょっとした鍛錬みたいにもなっているしね。


 それから棚に近づいて洗剤を取り出すと粉洗剤だった。それを洗い場に入れて粉洗剤を溶かし、少し泡立てる。確かあんまり泡立てない方がいいんだっけ、汚れを取るなら水に洗剤が溶けているほうが重要だったと思う。


 泡立てないように慎重に洗剤を溶かしていく、しばらくすると水が白く濁ってきた、洗剤が溶けた証拠だ。


 次にシーツを洗い場に漬けておく。汚れのないシーツもあるし、土汚れのあるシーツもある。つけておけば汚れが浮き出てくるよね、どんどん漬けこんでいこう。


 そうやって半分のシーツを漬けこんだ。全部のシーツが水を吸ったのを見届けると、棚の近くにあった大きな洗濯板を洗い場に置く。説明がなかったけど、これ使ってもいいんだよね。


 それじゃあ、洗濯を開始します! 水を吸ったシーツを一枚手に取って、一度広げる。こびりついた汚れがないかチェックをして、あれば先に汚れを落とす。えーっと、血の汚れがあるな。


 血が滲んだところを擦り洗いで汚れを落としていく。力を入れるとシーツがボロボロになっちゃうから、いい感じの力加減で重点的に汚れを落としていく。うーん、こんな感じで大丈夫かな。


 次に洗濯板を使ってシーツ全体を洗っていく。こちらも力加減を気をつけながら、ごしごし。擦っていると洗剤が溶けた水から泡が出てきて、洗っている手や腕が泡まみれになっていく。


 シーツと格闘すること数分、全体を洗い終えることができた。次にシーツを畳んで軽く絞って、洗剤液を脱水する。白く濁った水が滴り落ちて、シーツの水分が抜けた。


 固く絞られたシーツを緩めると、自分の後ろに置いておいてあとは水で濯ぐだけだ。ちらっと山になったシーツを見て、洗い終わったシーツを見る。あと何十回洗えばいいのだろう、ちょっと気が遠くなりそうだ。


 Cランクの始めの仕事だ、めげずに頑張ろう。とにかく、今は洗って洗って洗いまくれ!


 ◇


 あれから、ずーっとシーツとカバーを夢中で洗い続けた。ずっとかがんでいるので腰と足が痛くなるから、時々背伸び休憩をはさみながらやった。動かし続ける腕も疲れてくると、少しだけ身体強化をしてずっと洗い続けた。


 何時間も費やして洗い終えたシーツを見た時は達成感で胸がいっぱいになる。でも、これで終わりではない。洗い場の洗剤液を抜くと、洗い場を水で洗い流し、再び魔法で水を溜める。


 水が溜まると洗剤液に使っていたシーツやカバーをどっさりと入れた。自分も洗い場に入り、今度はすすぎを開始する。素足でシーツやカバーを何度も踏み、時々手で掴んですすいだりして洗剤液を落としていく。


 そうやって数十分格闘するとすすぎが完了した。


「んー、洗い終わったー」


 背伸びをして、腰を曲げる。ふー、とりあえず洗いは完了した。だけど、仕事はこれで終わりではない。この後、水を絞ってから一枚一枚干さないといけない。


「リルちゃん」


 その時、先ほどのお姉さんが姿を現した。


「どれくらいまで進んだ?」

「今、すすぎが終わったところです」

「あら、早く終わったのね、助かるわ。そうそう、お昼ご飯持ってきたから食べてね。じゃあ、また様子見に来るから」


 仕事の進捗を伝えると笑顔になったお姉さん、だけどすぐに用件だけをいいお盆に乗せられた食事を置いてすぐに出て行ってしまった。思ったんだけど、ここってそんなに忙しいところなのかな。


 ゆっくりと話す時間がないなんて、Cランクの仕事……もしかしたら大変なのかな?


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


第四巻の予約開始と合わせまして、カバーイラストを近状ノートに載せさせていただきました。可愛いイラストなので、ぜひ見て頂けると幸いです。

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