155.ギルド補助員(10)

 風邪から復帰した私は精力的にギルド補助員の仕事をしていった。以前よりも人のためになるように積極的に働いたり、仕事の合間や休憩時間に沢山雑談をして人と関わる時間を増やしたりもした。


 そうすると今まで表面上しか仲良くなかった人と仕事仲間だと認識されて以前よりも仲良くなったり、会話が少なかった人とは仕事の合間に冗談を言い合える間柄になった。人と仲良くするだけで仕事の環境ががらりと変わって、とても良い環境になる。


 困った時はお互いに助け合い、苦情にあった時は一緒に励まし合い、仕事が上手くいった時には喜び合ったりした。お互いを信頼し合えるような間柄になりたいな、という思いで私は仕事中を過ごした。


 そのお陰なのか、休日に一緒に町へ買い物に連れて行ってくれるようになる。必要な所しか歩かなかった町だったけど色んな場所へ行くようになって、少しは町に詳しくなったと思う。誰かと歩く町中はとても楽しくて、カルーと一緒にいたことを思い出してちょっとだけ切なくなった。


 そうやって色んなギルド員と仲良くなったりして、信頼できる人を作っていった。すると、私の心の中にあった孤独感というか寂しさが和らいでいたのに気づく。仕事に夢中になって目標に向かって突き進むのはいいけど、こういうことを疎かにはできないね。


 集落を出る時に不安だったものが少しずつ改善されて、心も体も元気一杯になった。自然に出てくる笑顔で人と接するとその人も笑顔になってくれるから、とてもいい効果が出たと思う。気持ちの不調は良いことは呼び寄せないんだな、と思った。


 そんな調子で働き始めて二か月が経った頃、改めて話があるとアーシアさんに呼ばれた。仕事が忙しくない時間帯に呼ばれていつも昼食を取る部屋に行く。


「リルちゃんに話しておきたいことがあって呼んだの」


 席に着くなり笑顔でそんなことを言ってきた。


「リルちゃんが働き始めてからもう二か月も経ったのね。なんだか、何年前からもいるような感覚だわ」

「まだ二か月なんですよね。私も同じような感覚になってました」

「始めはこんな小さな子が大丈夫かしら、って思っていたんだけど杞憂だったわ。リルちゃんが来てくれたお陰でデータ蓄積装置への入力が早く的確になってミスが減ったわ」


 あれから二か月も経つとほとんどの人がタイピングができるようになり、仕事効率は各段に上がった。あと、焦ることなく入力する時間があるのでクエスト発注ミスがほぼゼロまでに改善され、その苦情も減ってくれたんだ。


 苦情が減ると受付に座っているギルド員の心にも余裕ができ、最近のギルド員の対応は以前よりも良くなったと求職者や冒険者の間で話題だ。タイピングがこんな効果まで出してくれるなんて驚いたけど、結果的にみんなのためになって嬉しいな。


「リルちゃんが広めてくれたやり方でギルド内が以前より良くなったと私は思うわ」

「私もそう思います。なんだか、空気が軽くなったような気がします」

「そうなのよね、空気が軽くなったわ。仕事に追われて余裕がなかったんだけど、少しの余裕が生まれると本当に空気が良くなったのよ。リルちゃんのお陰よありがとう」


 改めて言われると恥ずかしい。教えるのは大変だったけど、みんなのためやギルドのためになったんならやって良かったな。これをいうためにアーシアさんは私を呼んだのかな?


「そんなリルちゃんをね正式なギルド補助員にしてはどうかっていう話が出ているのよ」

「正式なギルド補助員ですか?」

「えぇ。今は求職者として働いているけど、正社員として雇い直してみたらどうかっていう話よ」


 今はアルバイト対応だけど、それを社員対応にしてくれるってことかな? それって結構すごくないかな? まだ年齢だって小さいはずなのに、こんな私を正社員として雇ってくれるなんて有難すぎる。


「正社員になると給料は月給になって、収入も今より上がるはずよ。あ、でも正社員になるためには市民権を買ってもらわないといけないんだったわ」

「市民権ですか?」

「もし市民権を買うお金がなかったらギルドから貸し出してもいいわよ。正社員になるためには町の住人であることが必須だからね」


 正社員のギルド補助員になると給料が上がるんだ、それはいいなと思う。市民権を買うのはいくらかかるのか分からないからそこは聞かないといけないよね。と、いうことはこの話を受けると私は町の住人になってギルド補助員として働くことになる?


「それにねギルド補助員として経験を積んでくれたら、ギルド員として雇い直すことも可能なの。リルちゃんはその候補に上がっているわ」

「私が正式なギルド員ですか?」

「リルちゃんの仕事ぶりを見て、その価値はあると思ったわ。仕事への向き合い方、同僚への対応、仕事の処理能力。どれもギルド員として必要な能力があると私は思うわ」


 一生懸命働いてきたけど、それが認められて嬉しいな。ギルド補助員からギルド員か、仕事は難しくなるけどやりがいはありそうだ。この話は本当にありがたい話なんだと思う、思うんだけど私の気持ちは決まっている。


 アーシアさんと真剣に向かい合って私の気持ちを伝えていく。


「この話、とても良かったです。私の仕事を認められたみたいで本当に嬉しかったです」

「それじゃあ、この話を受けてくれる?」

「いいえ、私にはやりたいことがあります。なので、断らせて下さい」

「領主さまのために働いてみたい、っていうことだったかしら?」


 アーシアさんは覚えていてくれていたんだ。それは一番に大切にしたいことだけど、二番目に大切にしたいことができた。


「それもあります。最近になって決めた事なんですけど、この町に来たばかりで知り合いらしい知り合いもいないですし、信頼できる人も少ないです。だから、色んな仕事を通してそういう人に出会えたらなって思っているんです」

「友達とか、親友とか、そういう間柄の人と出会いたい?」

「はい、私に必要なものはそういう人たちだってことに気づきました。新しく始めるこの町でそういう人たちを沢山作って、生きていきたいと考えてます」


 きっと、そういう人たちが沢山居る場所が私の大切な居場所になるはず。私が欲しかったのは信頼できる人たちがいる自分の居場所だ、集落の時のような温かい場所が欲しかったんだ。


 真剣な目でアーシアさんを見つめていると、アーシアさんは優しく微笑んだ。


「もう、私たちはその信頼してくれる人じゃないってこと?」

「えっ、いや、そういうことじゃなくてですね」

「ふふっ、冗談よ」


 そ、そっか冗談か。


「でも、案外リルちゃんって欲深いのね。ここだけじゃ飽き足らずに、他にもそんな人たちを作りたいだなんて」

「欲張り、ですか?」

「ううん、逆に安心しちゃった。リルちゃんにもそういうのがあるんだなって思って」

「むぅ、一体私をどんな風に思っていたんですか」

「うーん、天使……かな」


 例えが人間じゃなかった。そうだ、聞きたいことがあったんだ。


「あの、私ってCランクに上がるにはあとどれくらい働けばいいですか?」

「Cランク? リルちゃんならもう上がっているわよ」

「えぇ、そうなんですか!?」

「ランクを上げる処理はこの仕事が終わってからだから、ね」


 そっか、そうだよね。じゃあ、この仕事を辞めたらCランクになるってことだよね。……うーん。


「どうする? すぐにやめちゃう?」

「……あと一週間働いても良いですか?」

「もちろん、大歓迎よ! すぐに辞めるって言われたら寂しくてどうしようかと思ったわ」

「私もまだちょっと名残惜しいなって思っちゃいました」


 二人で顔を見合わせると、自然と笑い合った。仲良くなった人たちとすぐにお別れはできなかった、だからもう少しだけ働いてみんなと一緒にいたいな。この場所はすでに私の大切な居場所だから。


 少しずつ人との繋がりを持って私の大切な場所を広げていこう。

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