153.ギルド補助員(8)

 ギルド補助員の仕事は順調に始まった。それこそ一日目はアーシアさんがつきっきりで見てくれたが、私の仕事ぶりを見て大丈夫だと思ったのか、徐々に私一人で仕事をするようになった。すると、今までアーシアさんしか話していなかった環境ががらりと変わった。


 アーシアさんの補助がなくなると、今度は他のギルド員やギルド補助員と関わることが多くなった。少しずつ雑談を交わすようになると、仲良くなっていく。関わる人はみんないい人で、何か困ったことはないかと聞いて気を使ってくれる。


 人と関わる事が嬉しくて毎日仕事が楽しみだった。集落を出る前はあんなに出るのが嫌だったというのに、今ではそんなことが無かった気持ちに変わりつつある。これも集落を出て、いい人たちに出会えたお陰なんだろうか。


 一週間も働けば一緒に働いている人たちのことが分かって、仕事もスムーズに行うことができた。始めはたどたどしかったタイピングも様になってきたみたいで、かなりの速度で入力を終わらせることができている。


 今日もクエスト作成画面に入力をしていると、隣に座っていたギルド補助員が話しかけてきた。


「ねぇねぇ、どうしてそんなに早く入力ができるの?」

「これはですね、文字の配置を覚えて、尚且つ使う指を決めているからできています」

「つまり……どういうこと?」


 私の手元を見て興味津々に訊ねてきた。私はタイピングのやり方を丁寧に教えると、その人は感心したようにいう。


「へぇ、そういうやり方でそんなに早く入力できるようになるんだね。ねぇ、私でもできるかな?」

「文字の配置と指の使い方を覚えればできますよ」

「それじゃあさ、教えて貰ってもいいかな?」

「もちろん、いいですよ。まずはどの指でボタンを押すのか教えますね」


 タイピングに興味を持ったその人にタイピングのやり方を丁寧に教えていく。全ての説明を終えるとその人は難しそうな顔付きをして唸った。


「うーん、結構難しそう」

「覚えてしまえばなんてことはないですよ」

「そうよね、今は覚えていないから大変なのよね。ありがとう、ちょっと頑張ってみるわ」

「はい」


 そう言って補助員はクエスト用紙を見ながら画面とボードに向き合い、教えたように入力を始めた。さて、私も続きをしようかな。そう思っていると、アーシアさんが近づいてきた。


「なんだか、面白そうなことをしているわね」

「私の入力のやり方に興味を持ったみたいで、やり方を教えてました」

「そうよね、リルちゃんの入力の仕方はとても早いから真似したくなっちゃうわね。ねぇ、私にも教えて貰ってもいいかしら。もし、このやり方がいいやり方だったらギルド内で広めた方がいいと思うの」

「やり方を広めるんですか? なんだか、恥ずかしいですね」


 まさかタイピングのやり方を広めることになるとは思いもしなかった。まだ働き出して一週間ちょっとしか経っていないのに、全体に関わることをするなんて出しゃばりじゃないかな? んー、でも他の人たちの手元を見ていると、入力が遅いから力にはなってあげたい。


 恐縮しながらも、アーシアさんにタイピングのやり方を教えた。私が説明をするとアーシアさんはすんなりと理解できたみたいで、覚束ないながらも入力する手元は様になっている。


「へぇ、こうやって入力していくのね」

「はい。アーシアさんすごいです、もう手元が形になってますよ」

「そう言ってくれて嬉しいわ。とりあえず、今日はこのやり方で入力の練習をしてみるわ、ありがとね」

「お役に立てたなら良かったです」


 アーシアさんは学び終えると自分の席に戻っていった。さぁ、私も仕事が遅れた分頑張らないとね。


 ◇


 アーシアさんにタイピングのやり方を教えて数日後のこと、私はアーシアさんに呼ばれた。


「前にリルちゃんに教えて貰った入力方法なんだけど、画期的だったわ」

「それは良かったです」

「そこでね、しばらくリルちゃんにはギルド員にやり方を教えて欲しいの」

「わ、私が教えるんですか? その、色々と大丈夫ですかね」

「大丈夫よ、小さくても立派なギルド補助員よ。もし、それで文句を言う人がいるなら私に言いなさい、言い含めてやるわ!」


 まさか、こんなことになろうとは思わなった。アーシアさんは上機嫌にそういうけど、目が本気だ。これは諦めて私が頑張って教えるしかないよね。


「どこまでできるか分かりませんが、精一杯頑張ります」

「忙しい時間帯はそのまま仕事をしてもらうことになるけど、仕事に余裕が出てきた時にやって貰うわ」

「分かりました」


 良かった、忙しい時間はそのまま仕事をしていても大丈夫なんだね。そうじゃなかったら、仕事が溜まって大変なことになっていたよ。でも、後の仕事が溜まらないように頑張って仕事を処理していかなくちゃね。


 その日から、手が空いた時間帯に他の職員にタイピングのやり方を教えることとなった。タイピングを習うことはアーシアさんによってすでに広められていて、早く入力が終わる入力の仕方をみんなが好意的に受け止めてくれていた。だからか、教える人みんな真剣に習ってくれている。


「あ、そこの指は違いますよ。そこはこの指ですね」

「あぁ、この指か」

「そこは間違いやすいので気をつけて下さいね」

「助かるよ。じゃあ、入力を進めるぞ」


 初めて習う人は手元が覚束ないが、回数をこなす内に手元がしっかりとしてくる。


「はぁー、このやり方いいわね。どうやって思いついたの?」

「えーっと、始めに決めちゃった方がやりやすいかなーと思ったので」

「ふーん、そうなんだ。このやり方だったら、早く仕事が終わって遊ぶ時間も増えそうね。そうそう、この間美味しい食事を出す場所を見つけてね」


 習う傍ら雑談をする人もいる。普段聞けないことを聞けて楽しかったし、有益な情報もあったのでとても助かった。


「あー、難しい! この指がこうなって、そうなって……」

「落ち着いて一つ一つやっていきましょう。まずこの指からやると」

「この指がこことここで、こっちの手の指が……むむむ」


 中には中々覚えられない人もいた。全部の指を使うのでこんがらがってしまうらしくて、終始難しい顔をして習っていた。


 そうやって、日々の業務の傍ら色んな人にタイピングのやり方を教えていった。色んな人と話す機会があって、冒険者ギルド内では顔見知りが増えたと思う。まさか自分が冒険者ギルドに関わることになるなんて思わなかったから、今後の冒険がしやすくなったらいいなと打算を考えちゃう。


 全てを教えた頃になると、始めた頃に教えていた人のタイピングが様になっているのを見かけた。


「とても上手になりましたね」

「リルちゃんのお陰よ。このやり方はいいわね、入力が本当にあっという間に終わっちゃうの」


 どうやらタイピングの効果があったみたいだ、習った人はとても嬉しそうにしてくれていた。近くで手元を見てみると、私よりは速度は遅いけど指の動きが正確に文字を入力している。この様子なら大丈夫そうだ。


 仕事をしているとあちこちで以前よりもリズミカルに入力をする音が聞こえてきた。なんだか前世を思い出すけど、色んな声が飛び交っているので前世ほどの嫌な静けさがないのがいい。みんなのためになったのなら良かった。


 今日も一日の仕事が終わった時だった。アーシアさんが近づいてくる。


「リルちゃん、ご苦労様」

「あ、アーシアさんお疲れ様です」

「ギルド員に入力のやり方を教えてくれてありがとうね。お陰で作業効率が高まったわ。そこで、ギルドマスターと話して今回の件に奨励金を出すことになりました。これになるわ」


 アーシアさんから小袋を手渡された。これ、受け取ってもいいんだよね?


「ありがとうございます」

「みんなー、入力方法を教えてくれたリルちゃんに拍手!」


 アーシアさんがそういうと周りから拍手が沸き起こった。なんだか恥ずかしい、けど嬉しい。私は周りの人を見て、お辞儀をして感謝を示した。

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