152.ギルド補助員(7)
夕方を過ぎてからのお仕事は大変だった。沢山の冒険者が帰ってきて、ギルド員はそれこそ目の回る忙しさで対応する。その後ろでは私たち補助員が指示を聞きながら動き回っていた。
山のように持ち込まれる討伐証明のお陰で箱の中はあっという間に一杯になり、急いで素材回収室に捨てに走ったりした。箱は大きいので一人で持ち運べるのは一つだけになるから、沢山往復しないといけないのが大変だ。
提出される素材も薬草や実、鉱石から良く分からないものまで沢山ある。それらを数えてマジックバッグに詰める。一番大変なのは魔物自体の素材で、それが沢山提出されるとマジックバッグはあっという間に一杯になってしまう。
補助員は受付内を忙しく走り回り、何度も素材回収室を往復する。こんな時間から混み合うので素材回収室の人たちの仕事はこれからが本番らしい。こんなに素材回収されたら今日中に仕事が終わらないんじゃないか、と思ったら仕事は明日に持ち越しするみたいだ。良かった、徹夜でやっているわけじゃないんだね。
いつの間にかギルド内にランタンの光りが灯されると、少しずつだが冒険者が減ってきた。入口のほうも新たに入ってくる冒険者はいないから、目の前の行列を捌けば仕事が終わりそうだ。ミスしないように最後まで集中して作業をし続けた。
「リルちゃん、ご苦労様」
目の前の行列がなくなった時、アーシアさんから声をかけられた。すると、ギルド内で鐘の音が鳴り響く。
「お疲れ様です。この鐘の音は何ですか?」
「これは終わりの合図よ。ほら、冒険者たちはギルドから出て行っているし、全員が出て行ったら入口を閉めるのよ」
どうやら終業の合図だったようだ。ということは、仕事はこれで終わりだ。アーシアさんの言った通り冒険者たちが全員建物から出て行くと、ギルド員が入口に近づいて扉を閉めて鍵をかけた。すると、周りから気の抜けた声が聞こえ始める。
「あー、今日も終わったー」
「ふー、疲れた」
「早く片付けて帰りましょう」
「今日の夕食は何を食べようかな」
張りつめていた空気が一気に緩み穏やかになった。
「じゃあ、片づけましょう」
「はい、何をすればいいですか?」
「今ある素材や討伐証明を素材回収室に持って行くのと、クエストボードに貼られているクエスト用紙を回収したりね。リルちゃんにはクエストボードのほうをやって貰うわ。台を持って行って剥がしてきてね」
「分かりました」
アーシアさんから台を受け取ると受付から出て行ってクエストボードに近づく。残っているクエストは一面につき二、三枚くらいだ。そのクエスト用紙を台に昇って剥がしていく。他のボードも同じように剥がしていくと、十数枚のクエスト用紙を剥がすことができた。
それを持ってアーシアさんのところへ戻ってきた。
「剥がしてきました。これはどうするんですか?」
「明日貼るものと破棄するものに分けるわ。クエスト期間のところを見て、それが今日の日付だけだったものを破棄するのよ。選別してくれる?」
「はい」
テーブルの上にクエスト用紙を置くとクエスト期間を確認しながら選別していく。すると、破棄するクエスト用紙は七枚になった。
「選別しました」
「なら、明日貼るのは避けておいて、破棄するクエスト用紙の処理をしましょう。やることはデータ蓄積装置からデータを消去することよ。クエスト番号を入力して画面を開いて」
席に着きデータ蓄積装置を起動させると、画面の項目を押してクエスト番号を入力する。すると、作成してあったクエスト画面が立ち上がった。
「ここに消去のボタンがあるの。このボタンを押したら、このクエストは消去されるわ」
「こう、ですね。あ、消えました」
「こうやって不要になったデータを消しているの。じゃあ、残りの六枚のデータも消去してね」
簡単な仕事だ、だけどクエスト番号入力の時にミスしたら大変なことになりそう。慎重にクエスト番号を入力すると一度確認、クエスト画面を開くと今度はクエスト内容を確認、二重チェックをした後でようやくデータを消去する。
全てのデータを消去すると、アーシアさんがクエスト用紙を破ってゴミ箱の中へと捨てた。
「あとはどんな仕事がありますか?」
「そうね、テーブルの上を片づけたり掃除をしたり、ゴミ箱のゴミを集めたりもするわ。そうそうデータ蓄積装置に魔力を供給する仕事もあったわね。最後にランタンを消すっていう仕事もあるし、細かい仕事なら色々あるわね」
「次に私がする仕事とかありますか?」
「ふふっ、リルちゃんって頑張り屋さんなのね。でも初日からそこまでしなくてもいいわ、今日は疲れたでしょうから終わりにしましょう」
言われてみると疲れているような気がした。今日一日で色んな仕事を覚えたし、頭も重くなっているような気がする。アーシアさんの言った通りだな、ここは無理をしないで終わりにさせてもらおう。
「じゃあ、更衣室に行きましょう。そういえば、出勤表の書き方も教えてなかったし、制服の替えも渡さないとね」
アーシアさんはデータ蓄積装置の動力を消すと、二人で更衣室へと向かった。更衣室に入る前にアーシアさんは制服の替えを取ってくると言い居なくなってしまった。私は更衣室の中に行き、自分のロッカーを開けると服を着替える。
服を着替え終わり、マジックバッグを背負った時にアーシアさんが戻ってきた。
「お待たせ。制服の替えは一着で、中に着るシャツの替えは三着あるわ。これを渡しておくから、洗濯は自分でやってね」
「ありがとうございます。替えがあると助かります」
「それと、これがリルちゃんの出勤表ね。日付の下のところに記入するところがあるから、出勤したらそこに記号を書いておいてね。一日出勤したら丸、半日出勤したら三角よ。これを入口のバインダーに挟んでおくから、毎日書いておいてね」
制服を受け取り、アーシアさんは扉の横にぶら下がっているバインダーに出勤表を挟んだ。朝来たらあそこに記入すればいいんだね、記入し忘れたら大変だ、お金が貰えなくなってしまいそう。
「一日ご苦労様。リルちゃんは思った以上に仕事ができる子で驚いちゃった。データ蓄積装置の扱いとか難しいと思うんだけど、難なく作業をしていたみたいで良かったわ。お陰で仕事がスムーズに終わることができて、定時で帰れそうよ」
データ蓄積装置は前世のコンピューターのまんまの機能だったからなぁ、そのお陰ですって言えないのが辛いところだよね。
「アーシアさんの教え方が上手だったからですよ」
「まーた、そんなこと言って。褒めても何もでないわよ。それじゃあ、明日もよろしくね」
「はい、お疲れさまでした」
アーシアさんはまだ用事があるのか更衣室を出て行った。私は手に持った制服をマジックバッグに入れると、更衣室を出て行く。廊下を抜けて扉を開けて外に出ると、通路奥の大通りが街灯で照らされていた。今の内にマジックバッグの中からランタンを取り出すと、灯りをつけて歩いていく。
大通りを進み、大通りを離れるとすぐに暗くなる。その道をしばらく進んでいくと、宿屋の看板にランタンがぶら下がっているのが見えた。宿屋の中に入ると夕食のいい匂いが漂ってきて、足が食堂に向かってしまう。
中を覗くと大勢の人が食事を楽しんでいるところだ。
「おや、おかえり」
宿屋の女将さんからそう言われて慌てて言葉を返す。
「ただいま帰りました」
「ご飯は食べていくかい?」
「はい、お願いします」
「今日は煮込み料理だよ。部屋に戻ってから食べるのかい?」
「そうします」
「なら、席は取っておくから先に行っておいで」
有難い申し出を受けることにして、食堂を離れて階段を登る。ゆっくりと上がって行く時、おばさんに言われた言葉が自然と浮かんだ。おかえり、その言葉を思い出すと胸の奥が温かくなる感じがした。
「ただいま、か」
それだけのやり取りだったのに、嬉しくなるのはなんでだろう。一人なのに一人じゃない感じがして、誰かがいてくれるのが嬉しいんだろうか。自然と笑みが零れて、自室まで急いで行く。
今日もおばさんと会話をして食事を取ろう。
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