105.難民集落周辺の魔物掃討(3)

 二日目が始まった。いつも通り朝に起きて、着替えて家を出る。広場に行くと、すでに配給が始まっていた。しまった、今日はちょっと遅かったな。


「おはようございます」

「おはよう、リルちゃん」

「配給手伝いますよ」

「今日は大丈夫よ。先に食べていて頂戴」

「ありがとうございます」


 お言葉に甘えることにした。でも配給を受け取る順番は守らないとね、列の最後に並んで自分の順番を待つ。


 そういえば、昨日の家族は来ているかな。周囲を見渡したり、列に並んでいる人を見てみるがそれらしい人たちはいなかった。


 キョロキョロと周りを見渡しながら、列を乱さないように進んだ分だけ前に行く。うーん、いないなぁ。ちょっと強引過ぎたのかな。


 配給を受け取って、いつもの女衆の場所へ行ってもどこかにいないか周りを見渡した。でも、やっぱり見つからない。


「どうしたの、さっきからキョロキョロして」

「えっと、実はですね」


 挙動不審だったのか声をかけられた。だから昨日出会った家族のことを話す。子供がいること、働こうか悩んでいたこと。


 すると、女性たちは感慨深いような雰囲気で話し出す。


「始めの頃はそういうものだったわね」

「私もずっと悩んでいたわ」

「懐かしいわー」


 どうやら、あの家族の話は共感できるようなものだったらしい。しみじみといった感じで、何度も頷いていた。


「その家族が今日来ないのも分かる気がするわ。まず一歩を踏み出すのが勇気いるのよね」

「そうそう。私なんて一週間くらい悩んじゃったんだから」

「はじめの一歩が中々ねー」


 誰もが通る道なんだな、と思った。私の時も本当に勇気が必要だったし、色んな事を悩んでいたと思う。


「あの家族は来てくれないんでしょうか?」


 来て欲しいと思う。ここは思った以上に温かい場所で、みんなで協力し合って難民脱却を目指している。その道のりは険しいけど、何もしないよりは全然いい。


「今は見守るしかないわよ。無理に引き込んでも、嫌な思いをするだけ」

「大丈夫。子供がいるんだから、子供のためを思ったら立ち止まってはいられないわよ」

「もし来たら、しっかりと面倒を見てあげるわ。任せなさい」


 頼もしい言葉ばかりだ、なんだか胸の奥が温かくなる。そうだよね、信じて待つしかできないよね。来てくれたら不安がないって思ってくれるくらいに面倒をみてあげればいいんだよね。


「そうですね。その時はよろしくお願いします」

「みんな同じだったからね」

「その家族が前に進めばいいね」


 ここにいる人たちはこの話を他人事だと捨てておかない。でも、意思がない人を無理やりこちらに引き込もうとはしない。こちら側に一歩進み出てきてくれることをみんな待っているのだ。


 来た時には温かく迎え入れる、その心は誰にでもあった。どんな理由があれど故郷を追われた同じ仲間だ、見捨てたりはしたくなかった。


 待つのってこんなにももどかしいんだね、みんなこんな気持ちで待っていたんだ。今は待つしかできないけど、信じて待とう。


 ◇


 二日目の任務は集落から離れたところから始まった。少し小走りに森の中を移動して、立ち止まって聴力強化をして周囲の音を探る。魔物がいないと分かると、また移動する。


 午前中はそうやって同じことを繰り返しながら捜索範囲を広げていった。結果として動物はいたけど魔物はいなかった。


 魔物が見つからなくて安心した。集落から離れているとはいえ、この辺りから魔物が出始めていたらいずれ集落に魔物が現れたということになりそう。


 昼食を食べ、午後はさらに捜索範囲を広げて森の中を彷徨った。普段は歩かない場所まで移動してきて、新しい森の雰囲気に少しだけ戸惑う。


 少し速度を落として、今度は丁寧に捜索を始めた。それでも聞こえてくるのは動物の音だけで、魔物の声とかは聞こえない。東の森って本当に動物が多い場所なんだね。


 そうやって森を歩き回る事数時間、森に入る光が減ってきた。夕方前には切り上げないといけないから今日はここまでだ。


 それから森を抜けて、町へ行き、冒険者ギルドへと報告をしに行った。今日も魔物ゼロだ、そのことを報告しても受付のお姉さんは表情を変えずに受け入れてくれた。


 魔物討伐の依頼といいながら魔物を討伐しないことに不安を覚える。だけど、本当なら魔物がでてこないことが一番いいんだよね。楽できていいんだけど、ちょっと不安がある。


 そうやって二日目も終わった。夕食を食べて、次の日の昼食を買い、集落へと戻る。戻ったら魔法の訓練をして、洗濯をして、その日は寝た。


 ◇


 三日目の朝、いつも通りに朝起きて広場まで行く。今日はまだ配給が始まってないみたい、なら配るお手伝いをしよう。


 鍋に近寄って挨拶をすると、お玉を受け取った。完成するのを待ち、いつも通りの声掛けをする。


「配給をします、並んでください」


 その言葉を待っていた難民たちが鍋の前に列を作る。私はお椀にスープを入れて渡していき、それを何度も繰り返していく。


 挨拶をしながら次々にスープの入ったお椀を渡していくと、列がどんどん短くなっていった。そして、配り終えると今度は自分の分のスープを入れて、芋を貰う。


 私も輪の中に入って食べよう……そう思った時、離れたところにいた人を見つけた。遅く来た人かな、と視線を向けるとそれは先日仕事に誘った女性だった。


 思わず駆け寄ってしまう。


「おはようございます、来てくれたんですね!」

「え、えぇ」


 見たところ女性一人で来たらしく、旦那さんと子供は見当たらない。とりあえず、話を聞きに来たって感じなのかな。


「どうですか、朝の配給食べますか?」

「それはいいわ。お昼にみんなと食べるから」

「そうですか、分かりました。あ、こっちに来てください。一緒に話しましょう」

「え、えぇ」


 どうやら本当に話だけ聞きに来たみたい。私が誘うとようやく動き出してくれた。そのまま円になって座っている女衆のところまで連れてくる。


「あら、リルちゃん。その人は」

「先日話した人ですよ」

「あー、仕事の話を聞きにきたのね。どうぞ座って」

「失礼します」


 みんながにこやかな表情でその女性を受け入れてくれた。その女性は少しオドオドしながらもその場に座る。


「来てくれてありがとうございます。ここへ来たのは、働こうと思ったからですか?」

「えぇ。このままではいけないとは思っていたから、でもどうすればいいのか分からなくて」

「私もはじめはそうでした。何をしたらいいのか分からなくて、信用もなくて、ひたすらお手伝いばかりしてました」

「そうだったの」


 今にして思えば、最初の頃は大変だった。信用もなくて、話を聞いて貰えない。信用してもらうためにお手伝いを沢山した。


 私の場合は信用を得るところからだったから大変だったけど、この人はそんなことはなさそうだ。だったらすぐに話を進めることができるよね。


 私が話そうとすると、他の女性たちが早速と話し始める。


「まずは冒険者ギルドで冒険者登録が必要だね。仕事はね冒険者にならないと受けられないんだよ」

「だけど、その前に冒険者に登録するお金と町に入るお金を稼がないといけないの」

「そうそう。町の門の近くにね難民相手に商売をしてくれるおばあさんがいるから、その人の話を聞くといいよ」


 機会を得たとばかりに、女性たちは必要なことを一気に話し始めた。そんなに一度に言っても大丈夫なのかな?


 話を聞く女性を見てみると、やはり圧倒されていた。それでも話を真剣に聞き、一つ一つ確認しているように話だす。


「では、私が始めにやることは難民相手に商売をしてくれるおばあさんの話を聞くところなのね」

「そうです。そのおばあさんからお金を稼ぐのに必要な仕事を依頼されます。薬草取りや動物狩りのことですね」

「そうやってお金を稼いで、町に入り、冒険者ギルドで冒険者に登録。それから仕事ができる、という流れでいいのかしら」

「はい、その通りです」


 良かった、話の内容を理解してくれたみたい。だけど、まだその女性の表情が優れない。どうしたんだろう?


「あの、子供がいるのですが……」

「子供なら大丈夫だよ。働けない年齢なのかい?」

「……はい。今も旦那に様子を見て貰っているんです」

「そうかい、やっぱり子供のことは心配だよね」


 女性たちはにこやかに笑って話を続ける。


「子供たちならあそこを見てごらん」

「……あ」


 女性が指差した方向を見てみると、子供たちは一つに固まって配給を食べていた。こうやって働けない子供はみんなで固まって遊んだりして親の帰りを待っている。


 その中で仕事が休みだった親も付き添いもしているから問題はない。小さい子供たちはとても逞しくて、集落の中で元気に過ごしている。


「子供たちはあーやって一緒に固まっているから心配ないさ。なんだったら、親と一緒にいるよりは楽しそうにしてくれるよ」


 子供の話を聞いた女性はそこでようやく安心した顔をした。最後まで子供が心配だったようだ。


「あの、これからよろしくお願いします」


 女性は決意した目をして頭を下げた。周りにいた女性たちはにこやかな笑顔でそれを受け入れる。

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