103.難民集落周辺の魔物掃討(1)

 翌朝、いつも通りに起きる。枯草を盛り、その上に敷いたシーツから体を起こす。


「うーん、良く寝た」


 ふわぁっとあくびをして目を擦る。しばらくボーッとして頭の中が覚醒するのを待つ。


 うん、だんだん覚醒してきた。そこでようやくその場で立ち上がり、隣に敷いていたゴザの上に移動する。


 そこで体を伸ばしたり、回したりして体の調子を確認する。うん、悪いところもなくて今日も問題なくお仕事ができそうだ。


 それからゴザの上に用意しておいた服に着替えた。室内に吊るしておいた革ジャケットを羽織り、革のブーツを履く。


 洗濯物干し紐に吊るした服を触って乾燥したか確認、昨日の夜に洗った服は乾いているみたい。このまま置いておいて、帰って来てから畳もう。


 剣とナイフがついた腰ベルトをして、革のグローブをその腰ベルトに引っ掛けておく。最後にマジックバッグを背負って準備完了だ。


 今日から魔物掃討のお仕事だ、気合入れていこう。まずは難民集落の代表者に話をしないとね。その前に配給のお手伝いをして、朝食を食べよう。


 朝の準備を終えると、掘っ立て小屋の家を出た。


 広場まで歩いていくと、女衆が朝の配給を作っている最中だった。


「おはようございます」

「おはよう、リルちゃん」

「配給のお手伝いしますね」

「よろしくね」


 女衆が仕上げに味見をして完成だ。私は鍋の隣に立って、始まりの合図をいう。


「配給始めます、並んでください」


 その声に周囲でバラバラになって待っていた難民たちが列になって並ぶ。大鍋の中から芋を取り出して、並んだ人に次々と渡していく。


 私の隣では二人の女性が鍋の隣に立ち、難民が持ってきたお椀にスープを注ぎ入れる。そんな作業を休まず続けていく。


 始めは長かった列もだんだんと短くなっていき、とうとう最後の一人に芋を渡し終えた。これで任務完了だ。


「はい、これがリルちゃんの分ね」

「ありがとうございます」


 終わったのを待っていたかのように女性がスープの入ったお椀を渡してくれた。私は芋を一つ貰って、スープを受け取る。


「リルちゃん、こっちこっち」

「一緒に食べましょう」

「はい」


 円になって座っている女性たちに呼ばれて行く。私も地面に座って円に加わって、一緒に朝食を取った。


 輪になって座ると会話も弾んで色んな話をした。仕事の話から、日常のことまで様々な話だ。話を聞いていたり返答していたりすると自分にも話が回ってくる。


「今日のリルちゃんのお仕事は討伐かしら」

「実はクエストを受けたんです」

「どんなクエスト?」

「この難民集落周辺の魔物討伐です」


 今日の仕事の話をすると他の女性たちは驚いた声を上げ、次に嬉しそうに声をかけてくれる。


「まぁ、リルちゃんが討伐してくれるのね。頼もしいわ」

「そんな仕事があったのね、全然知らなかったわ。リルちゃん、頼んだよ」

「毎日無事で帰ってくるリルちゃんだもの、大丈夫よ」


 様々な反応をみせたが好感触で本当に良かった。


「はい。1体たりともこの集落には近づけさせません」


 自信気に答えてみせると、拍手が起こった。なんだか恥ずかしい。


 その後も仕事の話で盛り上がり、朝食の時間は過ぎていった。みんなよりも少し早めに食べ終わると、早速この集落の代表者のところへと行く。


 その人は私と同じで冒険者登録をして日雇いの仕事をしている。今日も仕事があるのか朝食を食べていた。40代くらいの男性で大柄な体格をしている。


「すいません、お食事終わりましたか?」

「あぁ、どうした? 何か困ったことがあるのか?」

「実は今日から難民集落周辺の魔物掃討の依頼を開始することになっています」

「ほう、いつもは冒険者がしてくれるんだが。まさか難民からその依頼を受ける人が出てくるとはな、驚きだ」


 話しかけると私を見て驚いたように声を上げた。


「みんなの安全を守るため、今日から精一杯がんばります」

「あぁ、よろしく頼む。中には魔物への恐怖が消えない奴らもいるから、絶対に集落へは近寄らせないようにしてくれ」

「はい。何か注意することとかありますか?」


 真剣な表情で代表者が話してくれた。


「丁寧に魔物の掃討を行って欲しい。広範囲に歩き回るのは大変だと思うが、隅々まで確認していってほしい。我々はろくな武器を持たない難民だから、襲われたらろくな抵抗手段がないんだ」

「はい」

「我々は難民だが、こうして生きている。これからも生きたいと願っている。脅かす存在から我々を守って欲しい」


 故郷を追われても、町の中に住めなくても、ろくな家に住めなくても生きている。食べるものだってそんなにない、足りなければ自分たちで調達しなければならない。


 恵まれない状況だとしても、伸ばされた手にしがみ付きながらなんとか生きていきたい。自分の足で立てるその時まで、足掻き続けたい。


 代表者の真剣な表情からそんな思いが伝わってくるようだ。切実な思いを前にして胸の奥がぐっと締め付けられる、私も同じ気持ちだからかな。


「任せて下さい。1体たりとも見逃しません」

「集落のことをよろしく頼む」

「はい」


 このクエストを絶対に成功させよう。成功させて、私たちが生きていける場所を確保するんだ。


 ◇


 配給を食べ終えた私は行動を開始した。


 まずは近場から歩き始める。難民が住んでいる掘っ立て小屋が建つ周りから捜索を始めた。


 そこは難民の生活感が漂う場所でこんなところで魔物が現れたら大変だ。木の裏や草むらの中、木の上も注意深く見て回った。


 すると、掘っ立て小屋の中から女性と子供が出てきた。こちらを見て少しだけ不機嫌そうな顔をして近づいてくる。


「そこのあなた、何をしているの?」

「私は領主さまの依頼を受けて難民集落周辺の魔物掃討に準じている冒険者です。こちらが今回の依頼書です」


 マジッグバッグから貰っておいた依頼書を出した。その女性に渡すと、怪訝な顔をしながらも依頼書を読む。


 するとだんだんと表情が変わってきた。内容を理解して貰えたようだ。依頼書を返される。


「そうだったの、ごめんなさいね。私の家を探っているのだと思ったの」

「こちらこそ、騒がしくして申し訳ありません。決して危害を加える者ではないので安心してください」


 笑って話すと、その女性も安心したのか少しだけ微笑んでくれる。


「ママー、お腹すいたー」

「配給はお昼だから我慢しようね」

「うー」


 どうやらこの家族は働いていないようだ。どんな事情があるのかは分からないが、昔の自分を見ているようで切なくなる。


 どうにかしてあげたいけど、一回の施しを与えても状況は良くならない。でも、このまま見て見ぬ振りをしてはいられない。


「あ、あの……私も難民なんです」

「そうなの、全然そうは見えないわ」

「私もあなたと同じように生きていました。けど、働き始めて状況が変わったんです」

「そう……」


 不安そうな顔をしている。一歩踏み出せば不安なことなんてないことを伝えたい。


「もし、よければ働いている人たちの話を聞いてみませんか? 皆さん、優しいひとばかりなので色んなことを教えて貰えると思います」

「でも……この子を放っておいて働きになんて、無理だわ」

「大丈夫です! 小さな子たちは集まって集落内で過ごしていますし、仕事がお休みな難民たちが一緒に面倒を見ているんです」

「そう、なの?」

「はい! だから、あとは働きに出る一歩が必要なんです」


 このお母さんも子供の事が心配で働きに出られないんだろうな。お父さんは……あ、掘っ立て小屋の中から不安そうな顏でこっちを見てきている。


 そっかこの子にはちゃんと両親が揃っているんだね、良かった。うん、余計なお節介かもしれないけど誘ってみよう。


「朝の配給の時に来てください。みんなとてもいい人ばかりなので、話を聞くだけでも不安なんてなくなっちゃいますよ」

「……そう」

「はい!」


 私もはじめは不安だらけだった。けど、一歩を踏み出して変わっていったんだ。だから、この止まってしまっている家族も動き出して欲しい。


 まだまだ不安そうな顔をしていたけど、少しでも意識が変わってくれるといいな。よし、私は自分の仕事を頑張ろう。

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