102.あれから一か月と嬉しい仕事

 傷だらけのエイプが飛び掛かってきた。その動きに合わせて剣を振る。


「はぁっ!」

「ギギィッ」


 剣はエイプの正面を深く切り裂く。エイプはそのまま地面に接触して、動かなくなった。戦闘終了だ。


 一息をつく前に聴力強化をする。周りの音が大きく聞こえる強化だが、今は草が揺れる音しか聞こえない。


 どうやら周りには敵がいないらしい、ここでようやく息をつける。肩の力を抜き息を吐くと、戦闘の疲れがどっと押し寄せてくる。


 辺りを見渡すと動かなくなったエイプがあちこちに散らばっている。その数は6体、一か月の討伐生活でこの数を一度に相手できるようになった。


 相手にできるといっても無傷ではいられない。時々ではあるがエイプの動きが速くて噛まれたり、引っかかれたりする。綺麗だった革防具も擦れたりし始めた。


 でも普通よりも丈夫な革でできているため、破けたりはしていない。お陰で革の下は噛み傷や切り傷はない、圧迫による内出血はしちゃうけどね。


 怪我をすることによって戦闘での緊張感が増した。今まで真剣に討伐をしていたつもりだったけど、自分の身に危険が降りかかるとより真剣になる。


 意識が変わったのかもしれない。真剣さに鋭さが加わったというか、殺伐としたというか……とにかく真剣さの質が変わった。


 すると、自分の動きも変わってきた。より魔物を倒すように動き、いかにして少ない攻撃で魔物を倒すかという容赦ない動きに変わる。


 命を奪う、それをより明確にした動きだ。様子見が少なくなったんだと思う。時間をかけないように、素早く倒すということが身についてきたみたいだ。


 この一か月間、ずっとエイプと戦ってきたけど慣れたという実感はなかった。毎回新しい戦闘を行っているような感覚になる。


 激しい動きを要求される戦闘があれば、知恵を絞って駆け引きをする戦闘もある。様々な戦闘をこなしたことによって、戦闘の幅が広がった。


 体の動き方、剣の振り方、魔法の使い方。それらががらりと変わり、私自身一皮むけたようにも感じた。


 やっている本人がそう感じたんだから、結構変わったと思う。でも、ステータスは変わらなかった。あれから頑張っているんだけど中々上がらないなぁ。


 討伐証明を切り取り、袋に入れる。今日は合計で16体も倒した。時間制限が無ければ20体超えもできるんだけど、こればかりは仕方がない。


 荷物をまとめると、まだ明るい内に北の森から出て行く。


 ◇


 夕暮れ前に冒険者ギルドに入れた。中は冒険者が一杯いたがピークほどではない。大人しく列に並び自分の順番を待つ。


 以前なら順番を待っている時は討伐の疲れでフラフラしていたが、今ではそんなことはなくなった。疲れはあるものの、耐えきれないほどではないし、しっかりと立っていられる。


 この一か月で成長したんだな、と感じると嬉しくもなる。なんだか一人前の冒険者にでもなった気分だ。


「次の方、どうぞ」

「はい」


 考え事をしていると自分の番がきた。冒険者証と討伐証明が入った袋を差し出す。いつもならすぐにでも査定に入るはずなんだけど、受付のお姉さんは何かを見ながら黙っていた。


「リル様ですね。どうやらおすすめしたいクエストがあるようです」

「おすすめのクエストですか?」

「はい。職員一同、このクエストはリル様に受けて頂きたいと考えています。もちろん、都合が悪ければ断ってくれても構いません」


 指名を受けてクエストを受けることはあったけど、クエストをすすめられたのは初めてだ。一体どんなクエストなんだろう。


「お話の前に今日の査定を済ませますね」

「はい、お願いします」


 受付のお姉さんは袋からエイプのしっぽを取り出して査定を始めた。いつも通り素早くでも丁寧に査定していってくれる。


「終わりました、エイプが16体分ですね。合計で2万8800ルタになります」

「2万5000ルタは貯金でお願いします」

「かしこまりました。では残りの3800ルタになります」


 いつも通りの清算を済ませた。現在の貯金額は380万だ、エイプの戦いだけで55万も稼いだ。


 Eランクの時よりも少ないけど、全然大丈夫な収入を得ている。食事だって少しはグレードアップしたし、食事が良くなると体が強くなっていったように思えた。


「クエストの説明に担当のギルド員がお話します。待合席でお待ちいただけますか?」

「分かりました」


 私はカウンターを離れて待合席で座って待つ。どんなクエストだろう、無茶なクエストじゃなかったらいいなー。


 ボーッとしながら待っていると、一人の男性職員が近づいてきた。


「リル様ですね」

「はい、そうです」

「依頼したいクエストについてお話させて頂きますね」


 そう言った男性職員は目の前のイスに座った。


「まずこのクエストはルーベック伯爵さまのご依頼となっております」

「えっ、領主さまですか?」


 うそ、領主さまの依頼の話だったの!? そんな大事なクエストの話を私なんかが受けてもいいのかな。


「この依頼は定期的に冒険者にお願いしていることなんです」

「あの、私なんかで大丈夫なんですか?」

「えぇ。以前はお手すきの冒険者に依頼していたのですが、最近になってリル様が冒険者になられて経験も積まれております。それを踏まえてぜひリル様に受けて頂きたいと考えています」


 領主さまの大事な依頼なのに、いいのかな。他の冒険者のほうがいいんじゃないかな。不安な顔をするけど、ギルド員の表情はにこやかなまま変わらない。


「ちなみに依頼内容はどういったものですか?」

「依頼内容はですね、難民集落周辺の魔物掃討です」


 話を聞いてはっとした。私に関係あることだ!


「まずこの依頼は定期的にルーベック伯爵さまより出されているものです。難民集落があることは知られており、配給も出していると思います」

「はい」

「町の外に住む、ということは少なからず魔物の脅威があります。西の森は魔物が少ない地域ですが、0とは言えません。そこで定期的にではありますが周辺に近寄ってきた魔物を倒す依頼を出しています」


 確かに、魔物が少ない地域だけど0とは言えない。今まで私たち難民が町の外でも安全に暮らせていたのは、こういう依頼を領主さまが出していたからなんだ。


 それを知って、胸の奥が温かくなった。普通なら居場所なんてない存在だけど、配給をくれるだけでなくて暮らしていける最低限の安全を守ってくれていたなんて。


 普段から感謝をしているけど、もっと感謝をしたくなった。ありがとう、領主さま。


「難民のリル様ならこのクエストをより真剣に受けて下さると考えました。期間は5日間、広範囲の魔物の掃討が目的です。報酬は一日2万ルタで、合計10万ルタです」

「受けます、受けさせてください。難民のみんなの安全を守りたいです」

「そう言って頂けると思ってました。では、まずこちらの書類に名前の記入をしてください」


 断る理由がなかった。難民の自分が難民のみんなの安全を守ることができる、こんなに嬉しいことはない。


 絶対にこのクエストを成功させて、難民のみんなを守るんだ! あと、依頼を出してくれた領主さまのためにも頑張ろう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る