98.エイプ戦後

 周囲に敵がいないか、聴力強化をして探る。微かに魔物の声はするが近くにはいなさそうだ。


 そこでようやく肩の力を抜いた。あー、一度に沢山相手をしたからかなり疲れちゃった。


 もう一度同じことをやれと言われたらできないかもしれない。それくらい緊張感のある激しい戦いだった。


 今にして思えば、一つ間違えれば命取りになっていたかもしれない。今回はたまたま上手くいっただけかも。


 戦闘後に思うのはよく無事でいられたということ。今度はもっと慎重に動いてもいいかもしれない。


 いや、これくらいが丁度いいのかもしれない。ある程度戦闘経験がつめるのはいいことじゃないのかな。


 これからもっと敵が強くなるんだし、この辺りでしっかりと複数相手の戦闘訓練を積んどくのもありじゃないかな。


 ハイアントとメルクボアの時はある意味一方的に終わるけど、エイプ戦だとそうはいかない。ある程度は攻撃パターンはあるかもしれないが、不規則な動きや行動を相手取るのは経験になる。


 今後、どんな魔物が増えていくのか分からないから、ここでしっかりと経験を積んでいこう。そうすれば、ランクが上がっても敵が倒せないとつまづくことはなくなるよね。


 考えるのはやめて色々と確認していこう。まずは噛まれた腕の様子だ。グローブを外して見てみると、内出血しているみたいに赤くなっていた。動きには支障はないけど、触ると痛い。


 でも、革が丈夫だったから牙が通らなかったのは良かった。噛まれたグローブを見てみると、穴は開いていない。多少の窪みがあるくらいだ。


 大きな怪我じゃなくて良かったよ。グローブをはめ直して、次は足を見る。


 ブーツは脱げないから、ブーツの上から脛を押してみる。うん、ちょっと痛い。もしかしたら少しは内出血しているかもしれない。


 ブーツのほうは爪の攻撃を受けたが裂けてはおらず、こちらも多少の窪みが出てきているだけとなっている。今回は丈夫な革防具に助けられたのかな。


 大した傷じゃないけど、痛いのには変わらない。大事を取って後でポーションを飲んでおこう。痛みで武器を振れませんでした、ていうことが起こらないようにね。


 うーん、でもポーションも高いしな。頻繁に飲んでいたらお金もかかっちゃうし、悩みどころだ。半分だけ飲むとか、3分の1だけ飲むとかにしておこうかな。


 よし、自分の体のチェックも終わったし、次は討伐証明の刈り取りだね。エイプの討伐証明はしっぽだったね。


 腰ベルトにぶら下げたナイフを取って、動かなくなったエイプに近づく。しっぽを掴んでサッとナイフで刈り取る。


 1体が終わったら、もう1体に近づいてこっちもしっぽを刈り取る。ここにいるのはこれで全部だ。


 残りの討伐証明を取りに行くため、この場を離れた。


 しばらく歩いていると、目的の場所に辿り着いた。そこにはいくつものエイプが転がっていて、見ているだけでこの戦いに勝ったんだ、という強い実感が生まれる。


 今考えても初めての戦闘であの数を相手取るのは危険だったんじゃないか、と思ってしまう。綱渡りの戦闘だったかもしれない、少しだけゾッとした。


 手に持ったナイフで討伐証明であるしっぽを刈り取っていき、袋に入れていく。全部刈り終わると、しっぽは全部で8本になった。


 これで一休みできる、そう思った時こちらに近づいてくる声が聞こえた。とっさに木に駆け寄り、体を木の裏に隠す。


 耳を澄ましてみると、その声はゴブリンの声だった。きっとエイプの叫び声を聞いて、気になってやってきたのかもしれない。


 エイプは急いできたけど、ゴブリンはゆっくり歩いて来たみたい。聴力強化は万能ではないため、こういった聞き洩らしがあるのが難点だ。


 一休みしたかったけど、ゴブリンの討伐が終わらない事には休めない。音を立てないように剣を抜き、木の裏から覗き見る。


 やって来たのはゴブリンソード2体だ。きょろきょろと辺りを見渡しながら、何かを探しているようだ。それとも周囲を警戒しているのかな。


 倒れているエイプを見ながら何かを喋っている。何を喋っているか分ればいいけど、魔物の言葉だから全然分からない。


 もしかしたら、エイプを倒した冒険者を探しているのかもしれない。そうなると、警戒は解かないんだろうな。


 最初の一撃はどうする? いつも通りに火球で1体を仕留めるか、それとも身体強化で一気に距離を詰めて混乱したところを切るか。


 警戒している中で火球を放ったら、すぐにバレて避けられそうだ。身体強化で一気に距離を詰めても気づかれそうだし、でもどっちかしかない。


 火球は避けられればそれで終わりだ、でも身体強化なら避けられたとしてもすぐに次の一撃を与えることができる。


 うん、ここは身体強化で一気に距離を詰めてみよう。次に繋がる攻撃もあるし、いざという時は距離を取って対峙すればいい。


 魔力を高めて全身に行き渡らせる、今回の身体強化は3倍だ。上手くすれば1体を仕留められる、できなければ次の一撃にかける。


 木の裏から覗き込み、視線がこちらに向いていない時を狙う。まだ、まだ……いまだ!


 木の裏から飛び出して全力でソードに向かう。残り100m、まだ気づいていない。残り50m、まだ気づいていない。残り20m、こっちを見た、気づかれた!


 驚いた顔をしたソードは慌てて剣を構える。これで一撃で仕留めるのは無理になった、けどこの勢いは止められない。


 1体のソード目がけて、下から剣を振り上げる。


 ガキンッ


 ソードの剣を弾き飛ばす。手ぶらになったソードに一歩踏み込むと、上から剣を振り下ろす。


「ギャアッ」


 肩から腰まで深い一撃を与えることができた。


「グギャッ」


 もう1体のソードが剣を振り上げているのが見えた。どうする? 避けるか、それとも剣を弾き飛ばすか。


 今は身体強化中、剣を弾き飛ばす力がある。勢い良く振り向き、ソードが剣を振り下ろすと同時にこちらも剣を振り上げた。


 ガキンッ


 力はこちらが勝った。ソードの振り下ろした剣を弾き飛ばす事ができた。無防備になったソードに振り上げた剣を力一杯振り下ろす。


「ギャアッ」


 深い一撃を与えられたソードは地面に倒れた。まだうめき声を上げているので生きている。体の中心を刺してトドメを刺した。


 もう1体のソードもまだ息をしていたので、こちらも同じようにトドメを刺した。これで戦闘が終了だ。


 剣を鞘に戻して、腰ベルトにぶら下げていたナイフを取る。仕留めたばかりのソードの右耳を切り取り、袋に入れた。


 うーん、身体強化を使えば難なく倒せたけど。ここは身体強化なしで戦えば良かったかな。2体だけだったし、身体強化なしでも戦えたはずだ。


 そしたら、経験にもなるし訓練にもなったはずだ。勝てる数だったら身体強化なしで戦ってみるのもいいかも。


 今は数をこなして、沢山経験を積むことが大切だよね。身体強化を使っての戦いも経験にはなるけど、使わないで勝つのも経験になると思う。


 よし、今度は勝てそうな数だったら身体強化はなしで、普通で勝てるように訓練をしよう。ちょっとずつ強くなれるはずだよね。


 昼休憩を取ったら、またエイプを探しに行こう。

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