95.エイプ戦(1)

 ロイと久しぶりの再会を喜んだ翌日、北側の森にやってきた。目の前に広がる森は東の森よりも木が高く生えていて、森全体が大きく感じる。


 猿の魔物、エイプがいる森だから木が大きいのかな。それとも木が大きいからエイプが生息しているのかな。


 東の森に比べて背の高い木ばかりで、木と木の間隔が広く感じる。これなら魔物を見つけやすいし、戦いやすいと思う。


 おそるおそる森の中に入って行く。まだ魔物の気配もなく、普通にしていたら何も音が聞こえない。


 早速聴力強化をしてみる。耳に手を当てて魔力を耳に集中させて強化をした。近くに魔物はいないようだが、遠くで何やら声が聞こえてくる、聞いたことのない声だ。


 でも、あまりにも遠くて場所は特定できなかった。聴力強化を切り、森の中を歩いていく。周辺には魔物がいなかったから、今は魔物に襲われることはない。


 森の中を進みながらエイプとの戦闘のことを考える。


 エイプの体長は120cm、私よりも低い。でも、猿の魔物だから手は長そう。攻撃するリーチ差ってどれくらいになるんだろう。


 攻撃方法は手を使ってくるけど、多分足にも注意をしたほうがいいよね。一番気を付けないといけないのが手、注意しないといけない足、な感じかな。


 飛び掛かってきたら要注意だ。爪でひっかく攻撃や噛みつき攻撃があるから、近寄ってきた時には攻撃する時だから注意をする。


 猿の魔物だからしっぽもあるはずなんだけど、しっぽで攻撃することってあるのかな? ロイは何も言っていなかったから、しっぽでの攻撃はないかな。


 複数で行動するって書いてあったから、初遭遇の時に1体でいることはなさそうだ。初戦から複数で戦うことを考慮しておこう。


 できるかぎり少ない数がいいんだけど、何体ぐらいになるんだろうか。その辺りもロイに聞いておけば良かったな、そしたら心構えができていたはずだから。


 追いかけると逃げる、って言ってたけど攻撃しようとしたら逃げるってことだよね。それでエイプから攻撃する時は近寄ってくると。


 戦闘スタイルが変わってきそう。今までは魔物のほうが積極的に襲い掛かって来たけど、エイプとの戦いではそうはならない。


 ロイは攻撃力があるから一撃で仕留められるけど、私は一撃では仕留められないかもしれない。その辺りも苦戦になりそうな要因になりそうだ。


 今までとは違う戦い方、倒すまでには二撃以上の攻撃が必要になる、しかも追い詰められたら仲間を呼ぶ。一筋縄ではいかない魔物だな。


 この戦いは逃げる事も考慮して戦おう。逃げる、これってちょっと使えるかもしれない。追いかけたら逃げられて、逃げたら追いかけてくるんだよね。


 だったらこの習性を戦いに利用できないかな。エイプは知能が高そうな魔物だから、行動の逆手を取るっていうのがいいのかもしれない。


 初めて戦う魔物だから不安だったけど、考えていたら大分落ち着いてきた。体力も力も劣っているんだったら、考えることで補うんだ。


 今回の戦いにはエイプとの駆け引きがある。その駆け引きに勝って、この討伐を成功させるんだ。ロイにはロイの戦い方、私には私の戦い方だ。


 考えながら森の中を進んでいると、微かに声が聞こえたような気がした。聴力強化をしてその声を拾ってみると、近くに複数の魔物がいるみたいだ。


 聞いたことのない声だったから、これがエイプなのかもしれない。とうとうやってきた戦いにちょっとだけ緊張が走った。


 でも、大丈夫だ。考えることをやめなければ勝機はあるし、いざという時には全力で逃げればいい。前へ踏み出すことが大事なんだ。


 頬をペチペチと叩くと「よしっ」と言って気合を入れた。剣を抜き、声が聞こえた方向へ駆け出していく。


 進んでいくと魔物の声が大きく聞こえてきた。その中に飛び込まないで、木の後ろに隠れながら先へと進んでいく。


 そうやって進んでいくと、木の枝に焦げ茶色の毛むくじゃらの魔物がいた。あれがエイプらしい。


 まだこちらに気づいていないのか、エイプは寛いでいる。今見えている範囲だと2体見えるが、他にもいそうだ。


 そのまま木の後ろに隠れながら移動して、視点を変えた。すると、もう2体いることが確認できた。合計4体だ。


 気づかれていないなら、こっちから先制できる。上手くいけば1体は倒れてくれるだろう。というわけで、魔法攻撃だ。


 距離は50mくらい、もう少し近づこう。音を立てないように姿勢を低くして、次の木の裏に素早く移動する。


 もう少し近づいても大丈夫そうだ。エイプがこちらを見ていない隙をつき、もう一本移動して木の裏に隠れる。


 距離は30mくらいだ、この辺りが限界だろう。この距離だと雷と水の魔法は届かない。届くとしたら風か火だけど、一撃で仕留めたいなら一番強い火魔法だ。


 木の裏に隠れながら、魔力を高めて手に集中させる。できあがってくる火球にどんどん火を詰め込んでいく。一撃で仕留められるだけの火を込め終わった。


 顏だけを木の裏から出して位置を確認する。背を向けて枝の上で寛いでいるエイプが目標だ。一呼吸をすると、木の裏から出て手をかざす。


 狙いを定めて、ありったけの力をためて、放つ! 勢いをつけて真っすぐ飛んで行った火球はそれることなくエイプに向かっていき、着弾した。


「ギィィィッ!?」


 突然全身が火で包まれたエイプは枝の上で飛び跳ねて、地面に落ちていった。地面に落ちた後にゴロゴロと転げても火の勢いは変わらない。


「ギィッ!」

「ギギィッ!」


 それを見ていたエイプたちは騒ぎ出した。枝の上で騒いだり、地面に降りたりして落ち着かない様子だ。


 これはひょっとしてチャンスかもしれない。一気に魔力を高めて体にまとわせて身体強化をする、最大だ。地面に降りて混乱しているエイプに向かって、剣を抜いて全力で駆け出した。


 まだ気づいていない、まだ、まだ……こっちを見た。距離は10m、いける。


 距離を一気に詰めると、エイプは驚きのあまりにすぐに行動を移さない。無防備のまま立ちすくんでいて、隙だらけだ。


 間合いに入り、下から剣を振り上げた。


「ギィッ」


 その一撃では倒れない。ダメだ、浅い。ちょっと気が逸ってしまったようだ。


 柄をくるりと返し、刃をもう一度エイプに向ける。もう一歩深く踏み込んで、力強く剣を振り下げた。


「ギィィィィッ」


 深く切られたエイプは断末魔を上げて、力なくその場に倒れた。よし、これで2体目だ。


 すぐに他のエイプを確認すると、枝の上で「ギィ、ギィ」と言って騒いでいるだけだった。火球を受けたエイプは完全に沈黙しており、こちらも倒れたと思ってもいい。


 エイプは枝にいて、威嚇のような声を出して何度も跳ねている。いきなり2体が倒れたから警戒して降りてこないんだろう。


 なら、強引に降りてきてもらおう。エイプに手をかざして、風弾を作っていく。この風弾の良い所は目に見えないことだ。


 手の前で風が集まっている感覚が強くなり、風弾ができあがった。エイプに狙いを定めて、放つ!


 ドンッという音と共に放たれた風弾。目に見えない弾は一瞬でエイプのところに着弾して、枝からはじき出された。


 その隙に落ちているエイプに向かって走って距離を縮める。風弾の衝撃で正気に戻れないエイプは体勢をすぐに整えられない。


 着地の寸前で体勢を整えて、なんとか両手両足をついて地面に落ちてきた。その時には、私の間合いに入っていた。


「はぁっ!」


 剣先をエイプに向けて、剣を突き刺す。


「ギィィッ」


 背中に剣が突き刺さるが、一撃では絶命しない。刺すところがダメだった、もっとよく考えて場所を選ばないと。


 剣を抜き、今度は頭に向かって剣を刺す。


「ギッ、ギィッ」


 ビクンと震えたエイプは静かになり動かなくなった。これで3体目、残りの1体は――


「ギャアッギャアッギャアッ!」


 大声を上げだした。きっとこれが仲間を呼ぶ合図なんだろう、森に響く声を聞いてそう思った。


 これからどうしよう。どれくらいの数が来るかは分からないから、リスクを避けるならここで逃げた方がいい。


 でも、逃げるのは一番最後に取っておきたい。こんな事態に対処できなければ、この先冒険者なんてやっていけない。


 大丈夫だ、本当に危なくなったら身体強化をして森を抜け出せばいい。怖がって萎縮するよりは、どんと構えていこう。


 さぁ、どこからでもかかってこい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る