94.平原戦闘生活の一か月後

 ヒビの入ったハイアントの頭に全力で剣を振り下ろした。


 バキンッ


 頭は大きく陥没し、ハイアントの体から力が抜けて地面に落ちた。


「ふぅ……これで最後かな」


 太陽を見ると傾きだしている、夕方になる前に帰らなければならない。ハイアントの討伐証明を切り取って袋に入れる。


 それからマジックバッグから水筒を取り出して一飲み。今日も一日中討伐続きで疲れてしまった、動けなくなる前に帰ろう。


 水筒をしまい、町に向かって歩き出す。早めに帰らないと帰り道で魔物と戦闘になってしまうこともある。すると帰りが遅くなってしまうのだ。


 帰りが遅くなると食堂が閉まっていることもあるし、集落までの道が暗くなって帰り辛くなってしまう。だから、早いくらいが丁度よかった。


 でも、そのせいで戦う時間は多くはない。働ける冒険者はもっと働いているだろうし、町にいる人ならなおさらだ。


 集落を出て宿屋に泊まるということもできるが、今は集落を出る勇気がない。難民から脱却したいと思っていても、一歩外へ出て行くのが怖く感じてしまっていた。


 何かのきっかけがあれば一歩を踏み出せるんだろうか。だとしたら、きっかけは何になるんだろう。そんなことを考えながら帰り道を歩いていく。


 ◇


 平原でのDランクの魔物の討伐を始めてひと月が経った。討伐は順調に進み、安定した収入も得られた。


 一日2万ルタ前後を稼げるようになり、貯金額は325万になった。このお金は大事にとっておいて、いつか一人暮らしをする時に使うんだ……それかいざという時に。


 魔物との戦闘も安定して討伐できたと思う。気は抜けないけど、毎日討伐し続けてDランクの魔物と戦う自信が少しはついてきた。


 それでもまだ一か月だ、慣れたと思っていても油断は禁物。普通の冒険者に比べて体力も力も劣っているんだから、いつ何がある分からない。


 いつかCランクに行くんだから、Dランクの魔物が楽勝と思えるくらいになるまで強くならなくっちゃね。この討伐生活もまだまだ続けていこう。


 色んなことを考えながら歩いていると冒険者ギルドに辿り着いた。いつものように中に入ると、混み合う前のギルドで列に並んでいる人も少ない。今日は早く帰ってこれたようだ。


 列の最後尾に並んで待ち、しばらくすると自分の番が来た。いつものように冒険者証を出し討伐証明の確認と素材の買い取りをお願いする。


 清算してその場を離れた時だった。


「リル!」


 自分の名前が呼ばれて振り返ると、そこにはロイがいた。


「ロイさん、お久しぶりです」

「久しぶり。全然会わないからいついるんだろうって思ってたけど、早い時間に帰って来てたんだな」

「お互い帰ってくる時間が違ったんですね」

「俺は家が町中だし、夜の食事だって家で取ってるしな。時間ギリギリまで討伐してたんだよ」


 久しぶりの仲間と出会い会話が弾んだ。


「ちょっとそこの待合席で喋らないか?」

「いいですよ、今日は早く帰ってこれたので時間があります」

「なら、ちょっと待っててくれ。今から報酬受け取りにいくから」


 そう言ったロイは列に並びにいった。私は待合席に座りロイを待つ。しばらくするとカウンターからロイが戻ってきた。


「お待たせ」


 久しぶりに見るロイは装備が変わっていた。革の鎧が鉄の鎧に変わり、メイスが以前よりも大きくて鋭くなっていた。それに背中に背負うマジックバッグらしき鞄だ。


「ロイさんの装備かなり変わりましたね」

「そうだろう? あれから全部新調したんだよな、それに念願だったマジックバッグも新品で買ったしな。でも、お陰でお金がなくなっちゃったよ」


 嬉しそうな顔をして席に座ったロイ。あのお金をほとんど使っただなんて大胆だな。あ、私も前はそうだったか、人のことは言えなかった。


「あれから四か月経ったけど、リルは何してた?」

「三か月くらい町の中で働いてました。そのあとに魔物討伐を開始して、一か月前くらいからDランクの魔物を討伐してます」

「ふーん、本当に町の中の仕事もやっているんだな。俺はDランクの魔物の討伐を始めて三か月とちょっとくらいだ。あの後2週間くらい休んでたからな」


 お互いの近況を報告しあった。働き始めは私のほうが早かったけど、討伐するのはロイのほうが早かったらしい。


「町の中と外、どっちが稼げた?」

「外のほうが稼げましたが、中のほうがきつくないですね」

「ふーん、俺は結局外だけにした。中の仕事の話を聞いても良く分かんなかった」

「自分に合ったやり方でいいと思いますよ」


 以前町の中の仕事のことをすすめてみたがどうやらロイには合わなかったらしい。仕方がない、向き不向きというものがあるんだから。


「で、今はどこで討伐しているんだ?」

「今は北側の平原で戦ってます」

「あー、あそこか。俺は今森で戦っているんだ」

「森というとエイプですね」

「あぁ、時々ゴブリンとメルクボアも混ざっているけどな。エイプを中心に戦っている」


 どうやらロイは森で戦っているようだ。だから平原で戦ってもロイの姿を一度も見たことがないんだな。


 エイプのことならロイに聞いた方が良さそうだ。


「エイプの戦闘のこと教えてもらってもいいですか?」

「あぁ、いいぜ。そっちもハイアントとメルクボアの戦い方を教えてくれよ」

「いいですよ。なら私からお話ししますね」


 お互いに戦いの情報を共有し合う。ハイアントの攻撃パターンと攻撃するタイミングを教え、メルクボアは魔法をメインにして戦っていることを教えた。


 真剣に聞いていたロイは感心したようにため息を吐いた。


「はぁ、やっぱり魔法はいいな。そんな手でメルクボアを倒していたなんて」

「すいません、討伐の力添えができなくて」

「メルクボアは仕方ないけど、ハイアントは参考になったよ。なるほどね攻撃パターンがあるのか、それに合わせて攻撃をやれば簡単に倒せそうだ」


 なるほどと強く頷いたロイ。良かった、少しはためになったかな。


「次は俺だな。エイプの攻撃方法は飛び掛かっての噛みつきと爪によるひっかきだな。あと、時々だが動きを止めるために腕や足なんかに抱きついて来るから注意な」

「近づいてきたら注意ですね」


 猿型の魔物だから、脅威となるのは牙と爪くらいだ。それにさえ注意をすれば攻撃を受けることはなさそう。


「あいつらの動きは速いから注意しろよ。なんていうか追いかけるよりも、追いかけられたほうが仕留めやすいっていうか……まぁリルは速いから大丈夫だろう」


 追いかけるよりも追いかけられたほうが仕留めやすい? 追いかけたら逃げるっていうことでいいのかな。


 案外エイプって臆病なのかな、でもそしたら追いかけてこないと思う。臆病じゃなくてずる賢いっていう感じなのかもしれない。


「あ、大事なことを忘れてた。あいつら仲間を呼ぶんだ」

「仲間、ですか?」

「あぁ、立場が追い込まれた時とか怪我をした時にな大声で鳴いて仲間を呼び寄せるんだ。その声にエイプが集まって来たり、ゴブリンが寄って来たりもする」


 たしか本には複数で行動するって書いてあったから、仲間を呼ぶこともあるのもしれない。そうか仲間を呼ぶ魔物だったのか、事前に知れてよかったな。


 あの本には書いてなかったけど、追記したほうがいいのかな。この情報は他の人にも知って欲しい。


「仲間を呼ばれないために、俺は一撃でエイプを仕留めることにしてるんだ。残りの数が少なくなると、逃げることもあるからな」

「なるほど。素早くて厄介で、仲間を呼ぶ魔物ですか」

「こんなことしか分からないけど、役に立ったか?」

「はい、今度戦ってみようと思います」


 いつかは倒したいと思っていた魔物だ、これを機に森にも行くのがいい。


「良い狩場が見つかったらまた一緒に戦おうな」

「はい。私も良い狩場を探してみますね」

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