86.町の北側

 朝、いつも通りに起きた。枯草の上にシーツを敷いたベッドから起き上がる。体に不調はなくて、新しい討伐に挑むには丁度いいと思う。


 まずは朝のストレッチから始める。体を伸ばしたり、肩を回したり、体の調子を確認していく。うん、どこも動きがスムーズで調子がいい。


 それから冒険者の服に着替える。革の装備は始めの頃固かったが、今では柔らかくなっていて自分の体に馴染んでくれている。


 マジックバッグを背負い、剣がくっ付いた腰ベルトを装着して準備完了だ。次は朝の配給のお手伝いをしにいく。っと言っても、配給を配るくらいしかやることがないんだけどね。


 料理とか手伝えればいいんだけど、料理のほうは人手が足りているので他のことを手伝っている状況だ。私の主な仕事と言えば水汲みや食料調達ぐらいだからね。


 その内、料理のほうも手伝えればいいなー。そんなことを考えている間に広場まで辿り着いた。すでに配給のスープと芋はできあがっているみたいだ。


 女衆が集まっているところにお邪魔する。


「おはようございます。配るの手伝いますよ」

「おはようリルちゃん、それじゃよろしく頼むわ」

「はい、任せてください」


 お玉を受け取ると、配給に並んできた難民の器を受け取って中身を入れていく。一人一人に挨拶をしながらやっていくと、言葉を返してくれるのが嬉しい。


 こういうことをやっていると自然と顔を覚えていって、自然と仲良くなっていく。それが嬉しくて、今日も挨拶をしながら器に配給のスープを入れていく。


「おはようございます。器を出してください」

「おはよう、リルちゃん。今日は冒険かい?」

「はい、新しいところに行ってきます」

「気をつけて行くんだよ。怪我をしないようにな」

「はい、ありがとうございます」


 そんな雑談をしながら次々と配給を配っていく。みんな働きに出て行く人ばかりなので、作業が早く終わる。私は遅れないようにせっせとお玉からスープをすくっては器に入れていく。


 長かった列もなくなり、ようやく自分が食べられる番になった。自分の器にスープを盛り、蒸かした芋を頂くと地面に座って食べ始める。


「いただきます」


 今日のスープも具だくさん。これから動いて働く人にはありがたいことだよね。スープを食べて、芋をかじり、またスープを食べる。


 黙々と食べていると、あっという間に朝食の時間が終わってしまった。うん、お腹が一杯になって元気が出てきたよ。食べ終わったら水瓶に近寄って、中に入っている水を器とスプーンにかけて洗っていく。


「リルちゃん、今日は冒険にいくんだって? 後はやっておくから、先に行ってな」

「いいんですか?」

「今日は私が休みだしね、時間があるのさ。さぁさぁ、行ってきな」

「ありがとうございます、行ってきますね」


 真面目にお手伝いをしていると、こういうことだってある。まぁ、私も休みの時は色んなお手伝いをしていたからね、お互い様って感じだ。


 後の事は頼んで、町へと向かっていく。今日行く場所は町の北側。町を囲っている壁を伝って北側に出ればいいんだけど、お昼ご飯を買わないといけないから町の中に寄って行く。


 ◇


 町の屋台で昼食を買い、そのまま北側の門にいく。門を出ると大きな一本の道が真っすぐに伸びていて、その左右には平原が広がっていた。


 遠くを見れば左側には森、右側には丘が小さく見えている。新しい景色を前にして少しだけテンションが上がってしまった。


 目的地は丘の手前にある平原だ、一時間以内には着くだろう。それまでは道を進んでいき、景色を楽しむことにしよう。


 あと、現場に着く前におさらいもしておく。昨日、冒険者ギルドから集落に戻った時に川で訓練をしていた。久しぶりの討伐だから、不安をなくすためにね。


 剣の訓練は順調に終わったし、動作も問題なかったと思う。身体強化を使った剣の訓練も行ったが、問題なく使いこなせていた。


 問題があるとすれば魔法なんだけど、未だに魔法をどんな感じで強くしていったらいいか模索中だ。どれも中途半端に終わっているような気がする。


 火の魔法は順調に強くなっている。火の噴射から火球を作れるところまでは強くなれた。あと、火の圧縮みたいなやり方を編み出した。


 これは大きさは火球と同じなんだけど、火の容量が多くなった火球を作れるようになった。それを放てば今までの倍の火を敵に食らわせることができる。


 あの魔法使いのお姉さんみたいに消し炭にする力はないけど、火傷以上のダメージを与えられるようになった。


 雷の魔法も順調に強くなっている。剣にまとわせて、雷撃を食らわせる戦法だけだったけど、この度雷を分離させることに成功した。


 手のひらから雷を射出できるようになった。今までは剣で叩いてから感電させていたんだけど、それをしなくても済むようになったのは大きな進歩だ。戦術のはばが広がるね。


 風の魔法は突風を噴き出す魔法から風の弾を作って撃ち出せるようになった。本当は物を切り裂くような風を作り出したいと考えているんだけど、これが中々上手くいかない。


 やってみると、刃にはならずに突風になってしまう。何かやり方があるんだろうか? 魔法使いの知り合いがいれば話を聞けて良かったんだけど、誰もいないからなー。


 水の魔法はあれから練習を積み重ねて、水球を作れるようになった。水球を作って相手に放つような魔法になったけど、これだと風の魔法と同じになっちゃうんだよね。


 でも、他の方法は思いつかなかったし、どんな魔法がいいんだろう。今の運用方法は水球を相手にぶつけて、雷の魔法をぶつけて感電させやすくなることくらいかな。


 これが今私が持っている武器だ。これらを上手く扱って、Dランクの魔物を倒していきたいと考えている。


 大きな道を歩き、丁度いいところで右の平原に曲がって歩く。しばらく歩いていくと、平原にポツポツと見慣れない物体が見えた。


 あまりにも遠いのでその物体が見える位置まで近づいていく。それは黒くて細長い、ハイアントだった。


「あれが、ハイアントか……」


 遠くでみたら蟻の形をしているのは分かる。ちょろちょろと動き回っているところを見ると、足が速くて細かい動きもできそうだ。


 ここは平原なので、森のように死角から襲い掛かることができない。その分、動きやすさでハイアントと対峙することになるだろう。


 できれば、初めての討伐は一対一になれるのが理想だ。あのハイアントの近くには違うハイアントがいるから、後回しにして、他にハイアントは……あっちかな。


 もうしばらく歩いていると、遠くでポツンと黒い点が見えた。どんどん近づいて行ってみると、それは1体で離れた位置にいたハイアントだった。


 あのハイアントと戦ってみよう。いよいよ、Dランクの魔物との戦闘だ。


 大きく息吸って、ゆっくりと吐く。緊張はするな、いつも通り動け。強く自分に言い聞かせる。


 剣を抜いて、何度か振る。うん、大丈夫そうだ、問題ない。


 真っすぐにハイアントを見た私は駆け出して行った。

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