83.大商会の息子の冒険の付き添い(2)

 お茶を堪能している時に扉がノックされた。扉の方を向くと、白髪混じりの髪をオールバックに整えた執事服を身に纏った人が現れた。


「リル様、ようこそいらっしゃいました」

「は、はい。今日はよろしくお願いします」


 慌てて立ち上がりお辞儀をした。


「座ったままで宜しいですよ」


 ニコリと笑顔を浮かべると、執事は目の前のソファーに座った。私もそれに続いてソファーに座る。


「早速ではありますが、坊ちゃまの冒険の付き添いについてお話させて頂きます」


 仕事の話だ、聞き洩らさないようにしっかりと聞こう。


「坊ちゃまは怖がりな性格をしておりまして、今までは冒険に出たいとは言わなかったのです。ですが、お友達の間で魔物を討伐することをご自慢なさっているのを見て、それなら自分もやりたいと申し出されました」


 なるほど、坊ちゃんは魔物討伐をやりたいっていうことか。


「あんな怖がりだった坊ちゃまが外に出て魔物を討伐する、と言い出された時は成長を感じて感動を……失礼しました。そこで魔物討伐を一緒にして下さる冒険者を探しておりました」


 確かに、魔物討伐だったら冒険者が必須だもんね。


「リル様の討伐履歴を拝見しました。東の森手前の草原にいるFランクの魔物を討伐することが今回の目的です。Fランクの魔物を最近大量に討伐したリル様にお願いしたいと思っています」


 ひたすら経験を積むためにFランクの魔物を討伐していたんだけど、こんなところでその経験が生かせるとは思わなかった。


「坊ちゃまの討伐をさせつつ、身の危険から守って頂くのが今回の依頼内容です。以上となりますが、何かお聞きになりたいことはありますか?」

「討伐したら討伐証明というものを取るのが冒険者の仕事なのですが、それもご子息様にやらせたほうがいいですか?」

「えぇ、そちらの方も合わせてお願いしたいと思っています」


 なんとなく今回のクエストの内容が見えてきた。東の森手前にある草原でFランクの魔物を討伐させる。その時の安全を確保したり、討伐の手助けをするのが私の仕事だ。


「分かりました。ご子息様の安全を確保して、Fランクの魔物を討伐させるお手伝いをしたいと思います」

「よろしくお願いします。もう少しで坊ちゃまの用意が終わると思います、外の馬車にお乗りになってお待ちいただけますか?」

「はい」


 話が終わると執事は立ち上がり部屋を出て行った。私も出て行こうとすると、メイドが扉を開けて先導してくれるらしい。


 来た道を戻り、エントランスを抜けて外に出ると、すでに馬車が用意されていた。


「こちらにお乗りになってお待ちください」


 メイドが馬車のドアを開けてくれた。厚意に甘んじて馬車の中へと入り、奥の方に腰掛ける。後は待つだけだけど、どんな子が来るのか気になる。


 馬車に座ったままボーッとしていると、エントランス側が騒がしくなった。扉が開き、馬車に駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。


「早く行こう!」

「もう、坊ちゃま。引っ張らなくても大丈夫ですよ」


 幼い子供の声とお年寄りの声が聞こえた。開かれっぱなしの馬車の扉の奥を見ると、こちらに駆け寄ってくる子供とメイド服を着たおばさんがいた。


「坊ちゃま、今日の先生ですよ。挨拶は?」

「あ、冒険者の先生! 今日はよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 馬車に乗り込む前に男の子が挨拶をしてくれた。私も座りながらお辞儀をして応える。なんだか、いい子そうなご子息だなぁ。


 ご子息とメイドが馬車に乗り込むと馬車の扉が閉まった。いよいよ、出発の時だ。外から鞭を打つ音が聞こえると、ガタンと馬車が揺れた後にゆっくりと動き出した。


「冒険者の先生も僕と同じ子供?」


 突然、話しかけられてびっくりした。そっか、会話をしないとね。


「12才になるリルって言います」

「僕8才! ねぇねぇ、僕とそんなに変わらないのに、冒険者の先生なのはすごいね!」

「えぇ、そうですね。この先生はこれから討伐する魔物を沢山倒されたすごい先生なんですよ」

「そうなんだ!」


 すごく元気な男の子が好きなように話す。冒険に出るのが本当に嬉しい感じが伝わってきて、こっちの顏もニコニコしてしまう。


「僕ね、今日は沢山の魔物を倒してみんなに教えてあげるんだ!」

「それはいいですね。ちなみにどんな魔物がいるか分かりますか?」

「もちろんだよ、僕勉強してきたんだから。えーっとね、スライムとースネークとー、ホーンラビット!」

「正解です。よく勉強されてますね」

「えへへ」


 ちゃんと魔物を調べてあるんだ、偉い。褒めてあげると照れたように笑った。


 その後もご子息の話を聞いたり、言葉を返したりして馬車の時間は過ぎていった。


 ◇


 町の門を抜け、東の森手前の草原までやってきた。馬車は道を外れたところで止まり、私たちは外に出た。


「うわー、すっごい広い!」


 草原を前にしてご子息が大はしゃぎ。手を目一杯に広げて、この景色に感動している。


 さて、目的地についたことだし魔物の討伐を始めましょうか。でも、ご子息は武器らしいものは持っていないけどその辺は大丈夫なのかな?


 すると、ご子息はメイドに近づいていき話しかける。


「ねぇねぇ、僕の装備出してよ」

「分かりました。お待ちくださいね」


 見ているとメイドは肩から掛けたバッグを開けて何かを出そうとしていた。そうか、あれはマジックバッグだったんだ。


 中から剣、盾、革の鎧を取り出す。どれも見たことのない素材でできており、高級感漂うオーダーメイドの装備だと分かる。


 だって、全てがその子供にピッタリのサイズで作られてあるんだから。うーん、流石大商会のご子息だなー。


 メイドに革の鎧を着させてもらい、剣がついたベルトを腰で留めて、手に盾を持たせると……少年冒険者のできあがりだ。


「坊ちゃまできましたよ」

「ありがとー。よーし、魔物を倒すぞー!」


 元気よく腕を高々に上げた。よし、仕事の開始だ。


「では、まず魔物を探すところから始めましょう」

「うん!」

「この草原を歩いたり、立ち止まって辺りを見渡したりして地面にいる魔物を見つけます」

「分かった!」


 するとご子息は歩き出した。下を向いて歩いたり、立ち止まってキョロキョロと辺りを見渡したりしている。


 私も辺りを見渡して魔物を探す。初めての魔物はどれがいいかなー、無難なスライムか、それとも小さなスネークか。ホーンラビットは動きが素早いから最後のほうにしてみよう。


 そうやって歩いていると――


「うわわっ」


 ご子息が驚いて尻もちをつく。そして、そのままの姿勢で後ずさりをした。


「いた、いたよ、いたいたっ」


 ある場所を指で差す。急いで近寄ってみると、地面には1体のスネークがいた。シュルシュルと体をくねらせて移動しているところだ。


「あれがスネークですね」

「あれが……うぅ、なんだか気持ち悪いよ」


 急に怖がりになり、立ち上がって私の後ろに隠れた。後ろからそーっと覗き込むが、近づかない。


「どうします、このスネークは見逃しますか?」

「……やだ」

「がんばって近づいてみましょうか。一緒に行きましょう」

「……うん」


 私の服を掴みながら、ゆっくりとスネークに近づいていく。すると、スネークはこちらに気づいたのか頭を向けてきた。


「うっ、怖い」

「さぁ、剣を抜きましょう。これからお待ちかねの討伐ですよ。がんばりましょう」

「う、うん」


 ご子息は私から離れると腰にぶら下げてあった剣を抜いた。抜いたがそのままの姿勢で動かなくなってしまった。


「一緒だったら怖くありませんか?」

「うん」

「一歩ずつ近づきましょうか」

「うん」


 ちょっとずつスネークに近づいていく。するとスネークが威嚇の為か口を大きく開いてきた。


「ひっ」

「実はスネークも怖がっているんですよ?」

「そ、そうなの?」

「だから、あーやって威嚇をしているんです」

「そうなんだ」


 その言葉が同じだと安心したのか、余計な力が抜けたみたい。剣をしっかりと前で構えると、一人でスネークに近づいていく。


 腰はちょっと引き気味だけど、確実にスネークの近くまで移動できた。構えていた剣をゆっくりと振り上げる。


「魔物をよく見て、しっかりと剣を振り下ろすんですよ」

「うん……えいっ」


 剣を振り下ろした。その剣はスネークの胴体を簡単に真っ二つにして、地面に突き刺さった。うん、討伐完了だ。


「やった、やった! 僕、討伐できたよ!」

「おめでとうございます」


 剣を手放してジャンプして喜んだ。それをみんなが微笑ましく見守っていた。

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