82.大商会の息子の冒険の付き添い(1)

 今日も仕事を探すために冒険者ギルドにやってきた。最近は魔力補充員の指名の依頼が入ったので、一週間働いていた。まさか、この世界でも仕事の修羅場を経験するとは思わなかったから大変だった。


 でも、魔力を沢山使ったのでなんだか総魔力が増えたような気がする。お金にもなるし、訓練にもなるしいい仕事だなぁ……修羅場がなければ。


 おっと、もう順番が回ってきた。受付のお姉さんがいるカウンターまで近寄る。


「おはようございます、冒険者証です」

「はい、お預かりします。Dランクのリル様ですね、今日は仕事の紹介希望ですか?」

「はい」


 いつも通りの手続きを取ると、お姉さんが紙の束を見ながら仕事を探してくれる。しばらく待っていると、お姉さんの手が止まった。どうやら見つかったみたいだけど、お姉さんがちょっと困り顔になっている。


「あの、リル様にお願いしたいお仕事が一件ありまして」

「あ、じゃあ先にそのクエストを見ますね」

「ありがとうございます。こちらのクエストなんですが……」


 一枚の紙を丁寧に差し出されてそれを受け取る。えーっと、大商会の息子の冒険の付き添い?


 なになに、息子が冒険者の真似事をしたいと熱望していて、今回はその付き添いとなる冒険者を探している。なお、息子は怖がりなので屈強な冒険者や顏の怖い冒険者はお断り。


 なんだか、デジャブが。


「いかがでしょう、報酬も高く設定されてますし。リル様にはうってつけの仕事だと思いますが」


 えっと報酬が……3万ルタ!? 嘘、こんなに高く設定されているなんて!


 いつものクエストは1万ルタから1万5000ルタくらいなんだけど、倍以上だなんて。


「しかも、そのクエストにはご子息様の機嫌次第では報酬上乗せという欄も」


 ……本当だ、場合によっては報酬の上乗せもあるって書いてある。でも、もしダメだった時は報酬を減らされるっていうこともあるのかな。うぅ、なんだか怖いクエストだな。


「いかがでしょう。リル様は人当たりも良くて、仕事も丁寧で、礼儀も正しくて、紹介に値する冒険者だと思っています」


 受付のお姉さんがキリッと表情を引き締めて言ってくれたけど、ほ、褒めても何も出ないんだからっ。


「リル様以上にいい人材がいるとは思えません。ぜひ、お受けいただきたいと思っていますが……いかがでしょう?」

「……よろしくお願いします」

「ありがとうございます!」


 お姉さんに押し負けてしまった。だ、大丈夫だよね……普通の依頼だよね。いちゃもんつけてくるようなクエストじゃないよね、不安だなぁ。


 私がそんな風にぐだぐだとしている間に、お姉さんはさっさとクエスト受諾の処理をしてしまった。これで後には引けなくなったね、覚悟を決めないと。


「お待たせしました。依頼者様には今日中には伝えておきますので、明日またこちらに来て頂いてもいいですか?」

「分かりました。そうしたら、今日受けられるクエストとかありますか?」

「そうですね……ゴミの回収員、給仕、店番、あと……書類整理なんていうクエストがありますがどれか希望のものはありますか?」

「じゃあ、ゴミの回収員でお願いします」

「かしこまりました。ただいま手続きをしますね」


 とりあえず今日は一日で終わるゴミの回収員をしておこう。お姉さんの手続きが終わるまでしばらくボーッと待っていた。


 ◇


 翌日、いつものように朝早く冒険者ギルドに寄った。朝の列に並び、自分の番を待つ。昨日のクエストはどうなったのかな、とか考えているとすぐに自分の番が来た。


「おはようございます、冒険者証です」

「お預かりします。Dランクのリル様ですね、どうやら言伝があるようです」


 昨日のクエストのことかな? 早速返事が来て、ちょっと緊張しちゃうな。


「本日都合が宜しければ、クエストをお願いしたいということでしたが、いかがでしょう?」

「今日ですか。特に予定はないので大丈夫です」

「では、こちらの地図に書いてある邸宅を訪ねて下さい。こちらが紹介状になりますね」

「はい」


 随分と早い展開になっちゃったな。また、急に不安が込み上げてきたよ。覚悟を決めたはずなのに、尻込みしちゃうなんて冒険者失格かなぁ。


 そんな私の不安が顏に出ていたのか、受付のお姉さんが紹介状を握る手をギュッと握って励ましてくれる。


「リル様」

「は、はい」

「私たちは自信を持ってリル様を紹介しております。だから安心して行ってください」


 真っすぐに見つめてくる目はとても真剣で偽りの気配はまったくしない。それどころか、背中を優しく押してくれるような勇気をくれるものだ。


 なんだか怖気ついちゃったのが情けなくなっちゃうよ。ありがとう、お姉さん。


「はい、行ってきます!」


 お姉さんから貰った勇気を精一杯の笑顔で返した。うん、大丈夫だ!


 ◇


 地図を持って大通りを歩いていく。この辺りのはずなんだけど、どの建物も高級そうで大きな建物だ。えーっと、あったあれだ。


 目的の邸宅を見つけた。鉄製の柵に覆われた二階建てで青い屋根の邸宅だ。立派な門もあり、門には門番もいて警備が厳重。その門番に近づいていくと、門番もこちらに気づいた。


「こんな朝早くに何の用だ」

「冒険者ギルドから来ました、クエストを受けた冒険者です。これが紹介状です」

「どれ……うむ、確かに。今、確認を取ってくるので待っているように」


 紹介状を渡すと門番は厳しめな態度を緩めてくれた。それから門を開閉して邸宅の中に入って行く。


 しかし、見れば見るほど大きな邸宅だな。門から邸宅のエントランスまで50mはありそうだ。こんな邸宅に住んでいるご子息は一体どんな子なんだろう。


 クエストの内容は冒険の付き添いってなっていたけど、具体的にはどんなことが必要だろうか。まずご子息は冒険で何をやりたいかによるよね。


 まずは目的から聞いて……ってもう門番が戻ってきた。その後ろにはメイドがいるけど、メイドいるんだ。


 門番とメイドが近づいてくると、メイドが話しかけてくる。


「リル様お待たせしました。邸宅の中にご案内いたしますので、どうぞこちらにお越しください」

「はい」


 メイドが先に歩き、その後をついて歩く。邸宅までの長い道を行き、エントランスの中に入る。中は吹き抜けになっていて、二階の一部分が丸見えだった。


 豪華な壺に飾られた花や装飾の施された二階へ続く階段、ここだけが別世界のように感じられる。ボーっと見回していると、メイドが咳ばらいをした。


「こちらでございます」


 そう言って右側にある扉に近づき開けて、中へと促される。そのまま扉の向こう側に行くと、メイドが扉を閉めて、また道案内を始めた。


 廊下にはいくつもの扉がある。その中の一つの扉の前にメイドが立つと、扉を開けた。


「どうぞ、こちらのお部屋でお待ちください」


 メイドが中に入ると、私もそれに続く。部屋に入るとまず目に飛び込んできたのは白いテーブルクロスがかけられたテーブルとそれを囲うように設置されたソファー。


 その中の一つ、大きなソファーに手を向けて座るように促された。恐る恐る、そのソファーに座ってみるとフカッとしていて何とも言えない心地よさにビックリしてしまう。


「ただいまお茶を淹れますね」


 いつの間にか用意されていたワゴンに手を掛けて押し、近くまで寄せる。それからポットを手に取ってティーカップに紅茶を注いだ。そのティーカップを目の前に置かれ、あとは小さな入れ物も置かれた。


「こちらが砂糖、こちらがミルクです。お好きな量を入れて、お召し上がりください」

「ありがとうございます」

「ただいま、執事が参りますのでそれまでどうぞごゆっくりと」


 この世界で初めてになるお茶だ。温かい湯気が立つと香しい匂いがふわりと広がる。その紅茶に砂糖を一つ、ミルクを入れた。備え付けられたスプーンでかき混ぜれば、透明だった紅茶が白く濁る。


 取手を掴んで落とさないように慎重に持ち上げて、一息吹きかけてすするように飲む。途端に紅茶の香ばしい味を感じると共に、砂糖とミルクの甘みが口に広がる。


 はぁー、美味しい。

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