80.見習い錬金術師の護衛(2)

 本格的な護衛は初めて。そんな護衛クエストはとっても大変だ。


 とにかく三人はバラバラに動いてしまうので、その後を追うのに忙しい。一人に付き従うと、索敵をして魔物がいないことを確認する。それが終われば、次の人のいる場所に行って同じことを繰り返す。


 索敵しては動いて、索敵しては動いてと護衛対象者の安全の確保を最優先にして動き続けていた。だから、休む暇がない。


 経験がないから自分で考えて動かなくちゃいけないのが大変なところだ。黙って見守って、いざという時に駆けつけられればいいのだが、そんな自信はない。


 黙って見守れず、結局動いて大変な目にあっているのだから自業自得だ。はっ、護衛のやり方とか本に載っていたのかもしれない。あー、一度図書室にいけば良かったな。


 とにかく、今は三人がいる場所を行き来するしか思いつかない。はぁ、上手くいかない事はあるなぁ、まだまだ経験不足だ。


 午前中はそんな感じでひたすら地道な護衛を続けた。護衛対象者のお腹が減った、ということで昼食の時間になる。


 まだ森の出入り口付近だったため、安全確保のために一度森を出て草原で昼食にすることにした。


 森を抜けて草原に戻ると、索敵をして近くにいたスライムとスネークを倒した。これで昼食時の安全は大丈夫だろう。


 シートを敷いて、一旦昼食に入る。


「次はどこで採取する」

「森の浅い部分はとったから、次は森の奥まで行ってみたいね」

「でも、それだとEランクの魔物がいるって……」

「大丈夫よ、リルさんがいるんですもの」


 屋台で買ったサンドイッチを食べていると、そんな会話が聞こえてきた。視線を向けると、三人の期待の眼差しがこちらに向く。うっ、そんなに見つめられても、困っちゃうな。


「え、えーっと。私は今回の護衛が二回目で、経験が浅いのです」

「でも、午前中は安全に採取できたわ」

「森の出入口付近でしたからね、魔物もFランクだけでしたし、なんとかなっていました」

「私たち、森の奥に生えているキノコと木の実が欲しいの。それも今日採りに行かないといけないのよ」


 勝気な女の子が強い口調で訴えてきて、どう答えていいか悩む。他の二人も懇願するような視線を向けてくるから、困った。


 森の奥には必ずEランクの魔物がいる。一人ならなんとかなっていた戦闘も三人の護衛対象者がいるとなれば、難易度は格段に上がるだろう。


 でも、ここで護衛の経験を積んだ方がいいのは以前にも考えていたところだ。まだ魔物が弱い内の今が頑張りどころではないだろうか。


 一番の問題は三人がバラバラになってしまうこと。


「分かりました、森の奥に行ってみましょう。ですが、一つだけ約束してください」

「約束?」

「三人がバラバラになりすぎないことです。私の視界に入るくらいの距離にいて貰わないと、いざという時に守れません」

「それならいいわよ」


 約束をすると承諾してくれた。後はそれを守ってくれることを祈るだけだ。


「では、午後は森の奥まで行ってみましょう」


 ◇


 昼食を食べた後、森の奥までやってきた。魔物とは遭遇しないでここまでこれたのは良いことなのか、悪いことなのか。


「この辺りでの採取はどうですか?」

「いいんじゃないかい。ほら、すでに一つは見つけたよ」

「本当だ、この辺なら色々見つかりそうだね」

「なら、ここで大丈夫よ」

「あまり遠くへはいかないでくださいね」


 三人がバラバラになって散って行った。それを見ながらみんなが見える位置に立つ、今は全員見えるので大丈夫だけどこれからは分からない。


 とりあえず周辺に魔物がいないか聴力強化をしてみる。耳に手を当てて魔力を高めていく、周囲の音が大きく聞こえてきた。三人の歩く足音や服が擦れる音が一番大きく聞こえてくる。


 意識をそれ以外に向けて、魔物の音を拾っていく。まず先に聞こえたのはポポの声。距離は……これは100mくらい離れていそうだ。


 次にゴブリン、これはかなり遠くに聞こえているので接敵しない限りは放置で大丈夫そう。この唸り声はドルウルフだ、100m以内にはいる気がする。


 見つかる可能性が高いのはポポとドルウルフだ。一旦聴力強化は切って目視での護衛を継続する。


「やった、こんなに大きいのが採れたわよ」

「ふ、ふん。それぐらいだったら私だって見つけられるわ」

「ふふっ、だったら勝負ね」

「勝負なら、僕だって混ぜて欲しいな」


 護衛対象者たちは集まって楽しそうにキノコを見せ合う。へー、あれが錬金素材って言われるものか。入口付近では薬草とか採取していたから、私でも分かったけど、あのキノコはどんな効果があるんだろう。


 おっと、そんなことより護衛だ。


「ねぇ、ちょっとリルさん」

「はい、なんでしょう」

「移動したいんだけど、いいかしら」


 どうやらこの辺りは採り尽くしてしまったらしい。離れたところに魔物はいるけど、大丈夫かな?


「近くに魔物がいるので、あまり遠くじゃなかったらいいですよ」

「そそ、そうなのね。ならこっち側なら大丈夫かしら」

「そちら側だったら大丈夫だと思います。魔物も動いているので約束はできないですが、いいですか?」

「も、もちろんよ」


 ちょっとビビりながらも赤髪の子が頷く。どんな魔物であれ、怖いからね。


 私が先導しながら、希望した場所へ進んでいく。後ろの三人は少しだけ体を縮こませながら私の後をついてきてくれた。


 歩いてしばらくすると、気弱な女の子が声を上げる。


「見て、実が生っているよ」

「あっちにはキノコが生えている」

「あれは薬草ね、品質が良さそうだわ」


 進んだ先でお目当てのものを見つけたのか、恐怖を置き去りにして採取に向かっていった。えっと、距離的にはギリギリかな。


「あまり離れないようにしてくださいね」


 そう声を掛けるが、誰も返事をしてくれない。仕方がない、私が周りを注意するしかないか。聴力強化をしてから、周りの音を拾っていく。


 三人の音がはっきりと聞こえすぎていて、聞き分けられない。もっとよく聞いて……ん、こちらに近づいてくる足音があるような。


「ガウッ」

「ウゥ!」


 音が聞こえた方向を見た瞬間、木々の間からドルウルフが2体現れた。しまった、あのドルウルフがこっちに近づいていたんだ。


「きゃぁっ!」

「ガウッ」


 気弱な女の子が驚いて声を上げると、その声にドルウルフが反応した。危ない、急いで駆けつける。


 2体のドルウルフがゆっくりと女の子に近づいていく。すぐさま、手を前にかざして火球を作り上げる。その火球をドルウルフ目がけて放つ。


「ギャンッ」

「ガウッ!?」


 1体のドルウルフが燃え上がり、もう1体のドルウルフは驚いて腰が引けた。良かった注意は引けたみたい。


 すぐに剣を抜き、もう一体のドルウルフに駆け寄って行く。急いで倒さなきゃ、と雑に剣を振るったせいかドルウルフはそれをかわしてしまう。


 しまった、そう思った時ドルウルフはこちらに飛び掛かってきた。


「ガウッ!」


 大きな口を開けて目の前まで迫ってきた時、とっさに革のグローブに覆われた腕を前に出して防御をする。その腕にドルウルフは噛みついてぶら下がり、引きちぎろうと頭をブンブン振った。


 体が左や右に振れる。早く仕留めないと、肩を痛めちゃう。剣先をドルウルフの頭に向けて、照準を合わせて、一突きにする。頭をやられたドルウルフはビクンと跳ねた後に、口を離して地面に落ちた。


 あとは火球を食らったドルウルフだけだ。視線を向けると、ブルブルと震えながら立ち上がる所だった。急いで駆け寄り、剣を振るった。切りつけられたドルウルフは短い悲鳴の後に地面に横たわった。


 うぅ、引っ張られた肩と腕が痛い。噛みつく力はそんなに強くはないが、あんな風に嚙みながら暴れられたら怪我をしてしまう。


「大丈夫!?」

「大丈夫かい?」

「う、うん……怖かった」


 気弱な女の子は大丈夫そうだ。怪我がなくて本当に良かったよ、私も冒険者としての役目を全うできたよね。

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