74.配達員(2)

 一軒目の配達が終わり、二軒目に向けて荷車を引いていく。身体強化を使っているからか普通に歩く速度で荷車を引けていた。


 でも、身体強化を使っても負荷はあるのでその分は疲れる。でも、これって身体強化を使いながら並行して体も鍛えられているってことだよね。ということは、お金も稼げているから一石三鳥?


 なんだか得をした気になって気分がいい。木の板を見ながら道を進んでいくと、目的の場所が見えてきた。今度の場所は宿屋だ。


 宿屋の前に荷車を置き、まずは何も持たずに中へと入る。すると自分よりも3才くらい上の女の子が受付に座っていた。


「いらっしゃいませ、お泊りですか?」

「いえ、コトコース商会のものです。食料を配達しにきました」

「へぇ、いつもの人じゃないんだ。じゃあ、荷物は裏口から入れてね。って、場所が分からないか。私が案内してあげるね」


 女の子は受付から立ち上がると、一度外まで出て来てくれた。私は遅れないように急いで木箱を持つと、女の子が先導してくれる。


「こっちよ」


 宿屋の壁を伝っていくように歩いていく女の子。その後を追って行くと、宿屋をぐるりと回る。すると、すぐ傍の壁際には扉があった。


「ここよ」


 女の子が扉を開けてくれる。その中へ入って行くと、そこは調理場だった。


「そこのテーブルに置いておいてね。お父さーん、コトコースの人が来たよー。今日はいつもと違う人ー」


 女の子が大きな声を上げて呼んでくれた。その内に木箱をテーブルの上に置き、中から注文票と硬貨袋を取り出す。しばらく待っていると店の奥から男の人が現れた。


「お疲れさん、早速注文の品の確認をしてもいいか」

「はい、よろしくお願いします」


 宿屋の主人と一緒に注文票を見ながら注文の品を確認していく。とくに問題なく終わったみたいでホッとした。


「合計金額ですが、26400ルタになります」

「なら27000ルタで頼む」

「おつりは600ルタですね」


 お会計を済ませて、貰った金額を硬貨袋に入れておく。うーん、こんな大金持ち運ぶの久しぶりだから緊張しちゃうな。


「明日の注文なんですけど、変更はありますか?」

「あぁ、明日からしばらくは量を増やしたいと思っているんだが」

「かしこまりました。では、増やす品名と量を教えてください」


 主人の話を聞き、木の板の数字の部分だけをナイフで削りとって、その上から数字を記入する。その繰り返しをしていくと、全ての変更点を聞き終えた。


 あとは、一番端にある品物の合計金額と全ての合計金額を記入するだけだ。またナイフで表面を削ってから、数字を記入していく。計算も間違えないように、二度計算し直してから記入をしていく。


「終わりました。明日は30100ルタになります」

「早いな、分かった。明日も頼むな」

「はい、またよろしくお願いします」


 笑顔でお辞儀をして配達終了だ。店を出て行こうとすると、先ほどの女の子が扉を開けて待っていてくれた。一緒に扉から外へ出ると、話しかけられる。


「すっごく計算早かったね。私じゃあんなの計算するの無理よ」

「慣れると簡単ですよ」

「慣れるまでが大変なのよねー。もっと簡単にできたらいいのにな」


 計算を褒められてちょっと照れる。表の玄関につくまで二人で雑談をして戻っていった。


「じゃ、明日も来るの?」

「数日間ですが、よろしくお願いします」

「うん、その時は話し相手になってねー。じゃあ、頑張って」


 女の子は手を振って表の扉から店の中へと戻っていった。少しの間だったけど、話せて楽しかったな。明日の楽しみも増えたし、さーて仕事の続きだ。


 荷車を掴んで、身体強化をかけると、ゆっくりと引いていく。あと二軒行ったら、一度商会に戻ってもう一度荷造りしなくっちゃ。


 ◇


 全ての配達を終えて商会に戻ってきた。


 午前中は問題なく配達を終えて、帰り道でお昼ご飯を食べてから商会まで帰ってきた。午後も午前と同じように配達をすれば簡単に終わった。大きな失敗がなくて安心したよ。


 荷車を倉庫に戻して、木の板を棚に戻す。返ってきた木箱を荷車から下ろして、定位置っぽいところに置いておけばお仕事完了。


 すると丁度日が傾き始めたところだ。仕事は終わったけど、まだ時間があるみたい。何か手伝えることがあったら手伝おう。


 硬貨袋を手に持って店の中に入ると、店主が紙を見ながら難しい顔をしていた。どこかで見たことのある光景だ。


「あの、配達終わりました。これが売り上げです」

「ん、もう終わったのか。かなり重かったのに早いなー、身体強化の魔法ってそんなに便利なのか。体は平気か?」

「大分疲れましたけど、大丈夫です。何か手伝えることがありましたら、言ってください」


 へー、と感心したように店主が頷く。顎に手を当てて考えると、ひらめいたのかパッと表情を変えて話す。


「なら、明日の注文をこの紙に書いておいてくれ」

「木の板の注文票からですね、分かりました」

「助かるよ、よろしく頼む」


 机の中から用紙を取り出すとペンと一緒に渡してくる。それを受け取ると店を出て行って、倉庫まで戻ってくる。


 それから棚に入った木の板を取り出して、数字を見ながら紙に記入していく。まずは店名を書いて、それからその横に金額を書く。


 一つ一つ木の板を確認しながら、次々と書いていく。書き写すだけだから簡単でいいね。誤字がないように指で数字をなぞりながらチェックをした。


 書き終わった木の板は間違えないように同じ場所へと戻しておく。ここを間違ったら明日は大変なことになるからね。


 そうやって書き写しを続けていき、とうとう最後の木の板を書き写すことが終わった。外をみれば夕日が出始めたところだ、もうちょっと仕事ができそうだけどまだあるかな?


 倉庫を出て行き、再び店の中に戻る。店主は紙をまとめているところで、私が姿を現したらすぐに気づいてくれた。


「おう、終わったか?」

「はい、こちらです」

「ん、ご苦労さん」


 紙を渡すと、店主は内容を確認していく。


「ちっと、増えているな。何か言っていたか?」

「5軒ほどのお店でしばらくは増えた量でお願いしたいそうです」

「そうか、分かった。なら明日の仕入れからちょっと量を増やしていこう」


 イスから立ち上がり、背伸びをして首を回す。デスクワークは疲れるからね、そうやるの分かる。


「なら、仕事は上がりでいいな。あ、そうだ。臨時の従業員だけど、従業員割引をして食料とか買えるけど、買っていくか?」

「えっ、いいんですか?」

「おうとも、こちらも在庫がなくなるしな。お互いにとっても良いだろう?」


 やった、従業員割引っていうのがあるんだ。だったら、集落で食べる食料を沢山買えるよね。


「倉庫に行って、欲しいものを見繕ってくれ。残っている物だったらどれでもいいぞ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


 厚意に感謝をして、足早に店を出て倉庫へと行く。倉庫には食料の入った木箱が棚に置かれており、この中から好きなものを選んで買うらしい。


 スープに入れられる具材を優先的に選ぼう。えーっと、これとこれ……あ、それも。


 選んだものを空いた木箱に入れて詰めていく。今日は控えめに10個くらい選んで終わった。


 選んだものを店の中に持っていき、店主に見せて合計金額を聞き、金額を支払う。うん、普通で買うよりも3割くらい安くなってる、得しちゃった。


 もってきた野菜は背中に括りつけてあったマジックバッグの中に入れておく。


「じゃ、帰ってもいいぞ。明日もよろしくな」

「明日もよろしくお願いします。お疲れさまでした」


 今日の仕事が終了した。店を出て、思いっきり背伸びをする。あー、長い時間身体強化してたから体が疲れちゃったな。


 夜ご飯はちょっと多めに食べておこうっと。さて、お店でも探しに行きますか。


 体のほどよい疲れを感じたまま夕日で染まった道を歩いていく。

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