73.配達員(1)

 新しい仕事を引き受けた。今回の仕事内容は食料の配達員だ。


 元々担当していた人が体調を崩してしまっての求人だったため、今回も数日だけの任務となる。こういった数日間の求人はそういう理由が大半だな、と思った。


 お陰で色んな仕事を自分の都合で受けられるから、ありがたい。長期の仕事も魅力的なんだけど、こういった数日間の求人も別の意味で魅力的だ。


 朝、クエストを受けた商店に行ってみると、人が来ると思っていなかったのか歓迎された。


「おお、今日は来てくれたのか。助かるんだが、荷車は結構重いが……引けるか?」


 大柄なヒゲのおじさんは頭をかきながら心配そうに聞いてきた。商店の裏の倉庫まで連れて行かれて、実際に荷車を見せてもらう。荷台は私が二人分寝そべられる大きさだった。


「さらにこれに荷物を積むんだが、お前の大きさじゃ引くのは大変なんじゃ」

「体は小さいですが身体強化の魔法を使えるので、ある程度の重さならしっかり引けます」

「なーんだ、魔法を使えるのか。だったらお願いしたい。さっそくだが説明を始めるぞ」


 初めは心配そうなおじさんだったが、身体強化の話をすると笑顔になってくれた。すると、急に生き生きとして説明を始める。


「これが荷車、この棚にあるのが注文票、注文票の裏には店名と店の場所が書かれている」


 倉庫の出入り口付近には一つの棚があり、その中にはびっちりと木の板がしまわれていた。おじさんがその内の一つを出すと、表と裏を見せてくれる。


 表には配達する食料の名前と品数。裏には店名と住所と簡単な地図みたいなものが書かれていた。


「配達先は食堂と宿屋だ。午前中に配達するのがこの棚で、午後に配達するのがこの棚の中に入っている木の板だ」

「どうして木の板に書いているんですか?」

「配達する品がほとんど変わらないから、修正しながら使っていると薄っぺらい紙だとすぐに傷んでしまうんだ。その点、木だったら丈夫だし、破けないし、紙も安いわけじゃないしな」


 そういう理由があるから木の板を使っているのか。確かに何度も使うものになると丈夫のほうがいいね。


「やり方は木の板に書かれた品物を木箱に入れて荷車に積む、その時に木の板も一緒に入れてくれ。それから配達に行ってもらって品物と代金を交換する。全部の配達が終わったら帰ってくる、こんなものか」


 そう言って、硬貨の入った大袋を手渡してきた。


「品物を受け渡しの時、必ず次回の注文が同じか聞くようにな。もし、変わったら木の表面を削って新しく書き直すように。午前と午後二回ずつ配達にいく形にしたらいいぞ。休み時間は自由にとってくれ。じゃ、頼んだぞ」


 そう言って、おじさんはお店の中に戻っていった。さて、まずは配達先を分けるところから始めよう。


 木の板の裏面を見て、比較的近い場所にあるものを集めていく。その数が大体半分になったら、残りは次回の配達に回すために棚に残しておく。


 それから表面を見ながら、木箱に食料を入れていく。食料は野菜、肉、調味料とかだ。一つ入れ終わったら、次の木の板を見て品物を入れていく。


 次々と木箱の食料を詰めていくと、一回目に届けるものを用意し終えた。あとは荷車を引くだけなんだけど、普通に引っ張っていたらちょっとしか動かない。


 魔力を高めて体全体に行き渡らせると、身体強化の魔法を発動させる。体中がちょっとだけ温かくなったのを確認すると、荷車を引く。難なく動いてくれた、よし配達に行ってこよう。


 ◇


 木の板を見ながら通りを進んでいく。町の歩き方ならちょっと自信がある、ゴミ回収でこの町の隅々まで行ったことがある経験があるから。


 住所の見方も何度かクエストを受ける時に足を運んでいるので、同じ要領でやっていけば大丈夫だ。お陰で迷うことなく一軒目のお店に辿り着いた。一軒目は食堂だ。


「すいませーん、コトコース商会のものです」


 食堂の扉を叩いて声を出すと、しばらくした後に扉の奥から声が聞こえてきた。扉の向こう側が騒がしくなると、扉が音を立てて開く。


「はーい……お姉ちゃんだあれ?」


 小さな女の子が出てきて首を傾げた。可愛いな、ずっと見ていたくなるけどここは仕事優先。


「いつもとは違う人だけど、いつもと同じところから来たんだよ」

「そうなの? 荷物はこっち」

「分かりました。扉開けといて貰ってもいい?」

「うん、それが私の仕事なの!」


 女の子に扉を押さえてもらい、木箱を持って中へと入る。中に入るとすぐそこは客席のあるホールで、その奥の方から声が聞こえて来た。


「こっちにお願い」

「分かりました」


 姿は見えないが声は聞こえる。聞こえた方に持っていくと、そこは調理場だった。そこには一人の女性がいて後片付けをしている最中だ。


「そこの床に置いて貰っていいかしら。あら、今日はいつもとは違う人だったのね、ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。ここに置いときますね」


 言われた通りに床に箱を置く。それから、その箱に入れておいた木の板と硬貨袋を取り出して話を進める。


「えーっと、昨日の注文票通りだと思いますが、確認しますか?」

「お願いするわ」

「まずは――」


 私は注文票を見ながら木箱に入っている品物を数え始める。一緒に確認するのはちょっと緊張するけど、ここはしっかりとやらないとね。


 そんな風に一緒に数えていくと、無事に終わる。良かった、間違ってなかった。


「はい、確かに」

「では、お支払いをお願いします。合計は34600ルタになります」

「じゃあ、35000ルタね」


 お金を受け取って、確認すると確かに35000ルタがあった。


「では400ルタのお返しになります」

「どうも、ありがとね」

「いえ、こちらこそありがとうございます。次回の注文はいかがしますか?」

「今回と同じでいいわ」

「分かりました、ありがとうございます」


 お金のやり取りをして、取引終了だ。最後はとびっきりの笑顔を浮かべて、お辞儀をした。こういうのは愛想良くしておかないと、商店の印象が悪くなっちゃうからね。


 するとその女性もまんざらではないのか、笑顔で対応してくれる。うん、良い人で良かった。


「あ、そうそう。昨日の木箱を引き取ってくれないかしら」

「はい、いいですよ。どちらにありますか」

「あそこの隅にあるものなんだけど」

「私が持っていきますので大丈夫ですよ」


 積極的に自分から動いて木箱を回収していく。その木箱を持って玄関に行くと、女の子がまた玄関を開けておいてくれていた。


「お姉ちゃん、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げる女の子の真似をして自分も頭を下げた。そのまま玄関の外まで移動すると、最後に店の中に向かって挨拶をする。


「では、ありがとうございました」


 そういうと、女の子は手を振って扉を閉めてくれる。最後の最後まで癒してくれた存在に自然と笑みが零れた。


 さて、この調子でどんどん配達を終わらせていくぞ。

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