72.魔力補充員(2)

 一日目は早めに終わった。寝る前に魔力消費をしなくてもいいくらいまで魔力を使い果たしたので、家に戻ると速攻で寝た。


 この生活を続けていけば自然と魔力が上がっていくんじゃないかな。そしたら魔力値Bも夢じゃないかもしれない。でも、これだけの仕事ばかりはできないから難しいよね。


 自分で魔道具を買っておいて、自分で消費すればどうだろうか。それだったら魔力を消費するのも簡単になる。あとは魔道具の値段か、うーん高かったらどうしよう。


 ちょっとまって、それだと魔法の訓練ができない。魔力注入をしていれば魔力は上がるけど、魔法を鍛えられないじゃない。やっぱり、地道に魔法を使っていって魔力を消費することにしよう。


 二日目は一日目と変わらずに同じペースで魔力注入をしていった。昨日しっかりと魔力注入をしていたお陰か、昨日よりも慣れていて体の負担は軽かったように思える。


 それでも魔力量は変わらないので、結局昨日と同じ時間で終えてしまう。でも早く終わってもおじいさんは嫌な顔をしないので、そこは助かっている。


 前世の考えに引っ張られているのか、早く仕事が終わると周りの目を気にしてしまいがちだ。この世界だからいいのか、それともここの人たちが良い人たちなのか分からないけど地味に助かっている。


 問題が起こったのは三日目だった。その日の午前中もいつもと同じペースで魔力注入をしていると、部屋の外が騒がしくなった。


 バタバタと歩く音が響くと、その足音はこの部屋に近づいて、扉が開け放たれた。


「追加の魔石が入りました!」


 男の人が台車を押して入って来た。すると、補充員のみんなから重い溜め息が聞こえてくる。えっと、これは仕事が増えたってことでいいのかな。


 始めは良く分からなかったけど、次々とくる男の人を見てなんとなく状況を察してしまった。予想外の物量が来てしまったことだ。隣にいるお姉さんに聞いてみる。


「あの、これって仕事が増えたってことでいいんですか?」

「それだけだったらいいんだけど、きっとあれは割り込みしてきた魔石よ。高くお金を払うから急いでやってくれってことよ」

「あぁ、そういうものだったんですね」


 まさか納期の割り込みまでも発生するなんて思いもしなかった。次々に運ばれてくる魔石を見て、唖然とすることしかできない。


「今日からしばらくは帰るの遅くなりそうね」

「え、でも魔力量には限りが……」

「それがね、そうでもないのよ。やろうと思えば、力業を使えばできちゃうのよ」


 えっ、そんな裏ワザみたいなものがあったんだ。一体、どんなことをやれば多くの魔力注入ができるんだろうか。


 男の人たちが魔石の入った箱を並べ終わると、現場の責任者であるおじいさんがやってきた。顔つきを見てみると、どこか疲れたような印象を受ける。


「えー、すまんな、今月も急ぎの依頼がきた。いつも通り各自頑張ってくれると助かる。わしもできる限りは魔力注入をするのでな」


 おじいさんの言葉に補助員のみんなは元気のない返事をした。どうやら急ぎの仕事というのは頻発しているらしい。


 そのおじいさんは私の席に近づいてきて、とても申し訳なさそうな顔をした。


「リルさん、すまんが仕事の延長を頼めるかの。急な仕事が入ってしまって、あと三日間だけでもいいんじゃが」

「三日間ですね、大丈夫です」

「おお、そうか受けてくれるか!」


 すると、周りから拍手が鳴り響いた。すっごい喜びようだけど、そんなに辛い仕事なのかな?


「魔力量のことは気にしなくていい」


 気にしなくていい?


「魔力ポーションを使って魔力を回復させながら魔力注入をしてもらうからの」


 なるほど、その手があったのか。というか、魔力を回復させるポーションなんていうものがあったんだ、傷の回復と体力の回復しか知らなかった。


「ではな、よろしく頼んだ」


 そういっておじいさんは魔石の詰まった台車を押しながら部屋を出て行った。すると、他の人たちも立ち上がり壁際にあった棚を開けて中から何かを取り出し始める。あれは……ポーションの瓶?


「リルちゃんに魔力ポーションの上手な使い方を教えて上げるわ」

「上手な使い方ですか?」

「そうよ。魔力が減ったらポーションを飲むんだけど、魔力が完全になくなる前にポーションを飲むのよ。私のお勧めは半分くらいまで減ったらね」


 お姉さんに連れられながら棚のところに行くと魔力ポーションを受け取る。1本、2本、3本も?


「とりあえず3本ね」


 とりあえず……これは修羅場な予感がしてきた。席に戻ると、早速お姉さんがポーションを飲み始めた。なんだか良く分からないけど、私も飲んでおいた方がいいよね。


 ポーションを飲むと、ゆっくりとだが魔力が回復していく感じがする。ついでに魔力注入の時に感じただるさもなくなっていくようで、ちょっと気持ちがいい。


「じゃあ、頑張りましょうか」

「はい」


 体中にじんわりと広がる魔力の熱を感じながら、早速魔石を手にする。


 ◇


 魔石の量が増えたことによって、魔力注入のやり方も変わった。数をこなせるようになってきたので、今度は速度重視の魔力注入になる。


 集中して体中から魔力を集めて、手に魔力を集めていく。今度はゆっくりじゃなくて、魔力を押し出していくような感覚で魔力注入をする。


 すると、素早く魔力注入をすることができた。最後にしっかりと満タンになったかの確認は怠らない。


 追加になった魔石はどれも大きいもので、長い時間集中しなければいけなくなるのが大変だ。というか、一回の集中で魔力が全部入りきらない。


 一休憩してから再度魔力注入を始める。その時に再度魔力を高めないといけないので、その疲労が蓄積されてしまう。休憩が少ない方が負担が少ないことに気がついた。


 三日目は夕方までしっかり働いて、仕事は終了した。まだまだ魔石は残っているけど、早く帰らなければ暗くなって帰り辛くなってしまう。他の補充員と一緒に仕事を終わらせて三日目が終了した。


 次の日、朝から全力で魔力注入を始めた。昨日の疲労も回復していたので、かなり早い速度で魔力注入を終わらせることができる。


 だけど、他の補充員は昨日の疲れが抜けきっていないのか、顔色は良くない。普段は補充員のほうが多く仕上げているので、今回は私が頑張って行こう。


 四日目はかなり多くの魔力注入を終わらせることができて、みんなから褒められたりした。普段はみなさんのほうがすごいです、って言ったらすっごい笑顔で黙って頭を撫でられた。


 五日目は朝から補助員さんの顔色が昨日よりも悪くなっていた。魔力ポーションを飲みながらの魔力注入は本当に大変で、魔力はあるのに疲労は回復しないという悪循環になってしまっている。


 体力を回復させるポーションを飲んだらいいのでは? と、思ったんだけど魔力消費による疲労は回復しないと言われてしまった。ぐぬぬ、いい案だと思ったのにダメだったか。


 ここは疲労のない私が頑張る番だよね。みんなよりも多くの数をこなしてみせます! と、言ってみたら、何度もここにいてくれてありがとうって言われた。うん、仕事仲間だからね当然だよ。


 六日目になると、本当にみんなが辛そうだった。私は疲労が少ししかない。なんでだろうこの中で一番若いからかな。それともみんなよりも魔力注入が実は少なかったりするのかな。


 それはまずい、今日は最後なんだからもっと頑張らないと。みんなのためになるように、最後の日は一番魔力注入をして、一番魔力ポーションを飲んだ。お腹の中がちゃぷちゃぷだよ。


「リルさん、本当にほんとーーに、ありがとう。なんだったらここに就職してくれてもいいんじゃよ」


 最後の時におじいさんには肩を掴まれ、すっごい笑顔でそんなことを言われてしまった。冒険者を続けたいので丁寧にお断りしておいた。


 どんな職場でも大変なことはあるんだな、っとしみじみ思った仕事だった。

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