71.魔力補充員(1)

 今日は魔石取扱店に来ている。魔石とは鉱石の一種で魔力を含む半透明の石のこと。上位の魔物からも取れるらしいが、そのほとんどは山や川から採掘されたものらしい。


 魔石を何に使うかというと、魔導具と呼ばれる便利グッズだ。前世でいうところの機械に相当する存在だと思う。


 魔導具の動力が魔石に入った魔力らしく、使えば魔石に込められた魔力が減っていっていずれはなくなる。なくなった後、魔石を新しい物に交換するか魔石に魔力を補充すれば再び使えるようになる。


 その魔石に魔力を込める仕事があると聞いたので、今日はその仕事を受けにやってきた。魔力があれば誰でもできる、と受付のお姉さんも言っていたので初心者の私は安心だ。


 まずは最初の説明を受けている。


「魔力補充は初めてということじゃが、誰でもできる仕事だから安心してほしい。ちなみに魔力値はどれくらいある?」

「先月確認したところC+になります」

「なるほど、十分にこの仕事を受ける資格があると思う。まずは仕事場を見てもらおう」


 長い白髭を生やしたおじいさんが現場の責任者だ。にこやかに対応してくれて緊張もなく話すことができた。


 そのおじいさんに連れられて魔石取扱店の奥へと進んでいく。すると、とある一室に招かれた。部屋の中央には仕切りのある机とイスが並び、補充員は机に向かって魔石に魔力を補充しているところだった。


 壁際には机が並べられており、そこには大小さまざまな箱が並べられていて、その中に魔石があるように見える。


「あの箱は注文を受けた魔石が入っている。その反対側の壁際にあるのが、魔力注入が終わった魔石たちだ」


 反対側にも机があったが、そこには箱が一つしか置かれていなかった。まだ始まったばかりだし、今は少ないのかな。


「リルさんの席はここにしよう」


 おじいさんに促されて席に座る。机の上には空箱が置かれていたんだけど、これは何に使うのかな。


 おじいさんが後ろにあった机から一つの箱を取ると、それを私の前に置く。


「あぁ、その空箱は魔力注入が終わった魔石を入れるところじゃよ。注入が終わった魔石を一旦そこに置いて、全部終わったら元の箱に戻しておくれ」

「分かりました」

「箱に入っている紙はお客の情報が載っている。移動させたりしたら、誰に魔石を返していいか分からなくなるから移動させないように」


 一つずつ丁寧に説明してくれると、一つの魔石を取り出す。3cmくらいのカットされた魔石だ。


「魔石は使用用途によって大きさや形が変わってくる。丸だったり四角だったり三角なんていうのもあるの。実は形が違えば魔力注入のコツも変わってくるんじゃ」

「そのやり方を教えて下さるんですか?」

「いいや、それは人によってコツが違ってくるんじゃ。だから、やり方は色々ある。早速魔力注入をやってみるかの」


 取り出した魔石を私の手に乗せた。これから魔力注入をするんだ、ちょっと緊張してきたな。


「やり方は簡単じゃ、魔力を引き出して魔法に変換せずにそのまま出す感じじゃの。魔石の中の魔力が一杯になると、注入した魔力が弾かれるからそれで分かるじゃろ」

「分かりました」

「そうそう、無理はするんじゃないぞ。普通に歩けるくらいの魔力を残して、今日はおしまいじゃな。じゃ、何かあったら何でも聞きなさい」

「ありがとうございました」


 おじいさんはそういうと部屋を出て行った。まずは一つ魔力注入をやってみよう。


 手に置かれた魔石をギュッと握り締めて、握った手をもう片方の手で包み込む。深呼吸をして気持ちを整えて目を瞑る。それから意識を集中させて、魔力をゆっくりと引き出していく。


 体中から魔力を引き出すとそれを手のほうへと集める。手のひらから魔力だけを出すような感覚で魔石に魔力を注入していく。


 あっ、今魔石に魔力が入った感じがした。どんどん魔力が入って行く感じがするが、一気に注入しないでゆっくりと注入していく。


 しばらく注入していると、魔力が吸い取られない感じがして注入を止めた。これで魔石の中の魔力が一杯になったっていうことなのかな。


 できあがった魔石を見てみると、少し色が濃くなったような気がする。


「どうしたの?」


 隣に座っていたお姉さんが声をかけてきた。よし、聞いてみよう。


「魔石への魔力注入が終わったみたいなんですけど、これでいいのかなって思いまして」

「ちょっと見てあげようか、貸してみて」

「お願いします」


 お姉さんに魔石を渡すと光に透かして魔石を確認する。次に指先で摘まんで、じっとした。


「うん、魔石には魔力が一杯になっているみたいだから大丈夫よ」

「見て下さって助かりました。ありがとうございます」

「いいの、いいの。こっちだって人手が増えて助かっているんだから、頑張ってね」

「はい」


 そういったお姉さんは再び自分の仕事に戻っていった。隣が優しい人で助かったな、私も頑張ろう。


 今回の募集は欠員が出たための急募していた求人だった。常日頃から募集はかけているらしいんだけど、補充員の体調が悪くなってしまい予定していた魔力注入が終わらない事態になってしまったらしい。


 納期のある仕事は本当に大変だ、職場のことなんて全然考えないで仕事が降ってくるんだから。うん、少しでも力になれるようにどんどん魔力注入をしていこう。


 できあがった魔石を空箱に一旦置いておき、新しい魔石を手にしてギュッと握り込む。それから目を閉じて、ゆっくりと魔力を引き出し、ゆっくりと魔力注入していく。


 急激に注入してしまうと疲れてしまうし、魔力を無駄に使ってしまうような気がする。だから丁寧にゆっくりと注入していく。


 集中を切らさないでじっくりとやっていくと、魔力の流れが止まった、魔力が一杯になった合図だ。手に取って透かして見ると、やっぱり色が濃くなっているような気がする。


 魔石の色が濃くなっているのか、それとも魔力自体に色があるのかどっちだろう。まぁ、考えても良く分からないよね。


 えっと、この注文の残りの数は3つだね。それに残りの3つは今やった魔石よりも大きいから、注入するのに時間がかかりそうだ。


 時間はあるんだし、できるだけ多くの魔石に魔力を注いでいこう。


 ◇


 それから順調に魔石に魔力注入をしていった。やっぱり魔石が大きくなると、注入する魔力が多く必要になるらしい。注入するのに時間がかかってしまった。


 体感だと半分以上、午前中の魔力注入で魔力を使ってしまった。この分だと夕方前には魔力注入が終わってしまう。でも、早く終わるのは大丈夫だって言ってたしいいんだよね。


 お昼は隣のお姉さんに連れられて、美味しいスープのお店に連れて行ってもらった。1000ルタもかかったけど、とっても具沢山だったしとても美味しかった。


 こんなの食べてたら贅沢になっちゃうよ、ってお姉さんに言ったらもっと美味しいものを食べなさいって言われちゃった。うーん、そこそこ稼いでいるしもうちょっといい食事をしても大丈夫なのかな。


 おしゃべりしながら昼食を食べて、また戻ってきた。ずっと同じ姿勢でおしゃべりもない環境だから、外に行くといい気分転換ができていいね。


 午後も集中して魔石に魔力注入をしていく。少しの眠気を感じるけど、頬を軽く叩いて眠気を吹き飛ばしながら続けていった。


 だけど、魔力消費を続けていくと体から元気がなくなってくる。次第に魔力注入もやり辛くなっていき、とうとう魔力注入をすること自体が辛くなってきた。どうやらここで終わりのようだ。


 周りを見てみると、まだ魔力注入をやっている人ばかりだった。まぁ、他の人はベテランだし魔力量も私よりは多いだろうから、こうなることは仕方ないか。


 箱を机に置いて、部屋を出て行く。廊下を進んで、プレートのかかっている扉をノックする。すると中から午前中に教えて貰ったおじいさんが出てきた。


「今日のお仕事は終了しました。皆さんよりも早く終わってしまいましたが、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫じゃ、魔力量は人それぞれじゃからな。体は大丈夫かの? 今日は帰ってゆっくりとお休み。また明日も頼むぞ」


 にっこりと優しい笑顔で答えてくれて安心した。あと2日の仕事だけど、最後までしっかりとやろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る