70.在庫管理(2)
倉庫で在庫管理という名の掃除を続ける。はしごを登って商品を一度床に置き、またはしごを登って今度は棚を拭く。
それが終われば商品についたホコリをハタキで落として綺麗にする。綺麗になったら劣化をしていないか、傷ついていないかを確認。
何もなければ在庫管理表に個数をチェックして記入をする。あとは商品を落とさないように棚へと戻して並べて完了だ。
単純な作業の繰り返しだけど、失敗すると取り返しがつかなくなる。だから、神経を使って慎重に一つずつ仕事を片付けていく。
そんな作業を続けていくとあっという間に時間が経ってしまう。お昼ごはんの時間だ。今回は自分で買いに行かなくちゃいけない。
倉庫を出て店に戻ると、店主は紙とにらめっこをしていた。
「すいません」
「ん、なんだ?」
「お昼になったので食事をしてきてもいいですか?」
「あぁ、もうそんな時間か。行ってきてもいい、私ももう少ししたら食べに行くから」
そういった店主はまた紙と睨み合いをしながら何かを記入していった。邪魔するのも悪いから早く行ってしまおう。
店の玄関から外に出ると、外は色んな匂いがしてきていた。近くの食堂や屋台からの匂いだ。その匂いにつられてフラフラと歩き出す。
しばらく歩いていくと、食堂や屋台が見えてきた。さて、今日は何を食べようかな。
屋台を見回って行くと、お客さんが具の一杯挟まった細長いサンドイッチを頬張っているのを見かけた。美味しそう、今日はサンドイッチにしよう。
「すいません、サンドイッチ一つください」
「あいよ、850ルタだよ」
「はい、丁度です」
屋台のおばさんにお金を渡すとすぐにサンドイッチを渡された。自分の顔より大きなサンドイッチだ、食べごたえがありそう。
あたりを見渡して座るところがないか見てみる、と店の横に数個のイスが置いてあるのを見つける。
「あの、このイスに座って食べてもいいんですか?」
「あぁ、もちろんだよ。そのためのイスさ」
なるほど、そのためのイスだったのか。というわけで、遠慮なく座って食べることにした。サンドイッチにはシャキッとした野菜とゆで卵、スライスした肉と少し甘い匂いがするソースがかかっていた。パンの端まで具材がしっかりと詰まっていて嬉しい。
大きな口を開けてサンドイッチにかぶりつく。ソースがきいたサンドイッチは色んな具材が合わさっていて食感も味もとても良かった。うーん、美味しい。これなら午後の仕事も頑張れそう。
◇
ふと、倉庫の外を見てみると夕日が差し込んできているのが見えた。どうやら、仕事の終わりの時間だ。
「ふう、結局全部できなかったな」
腰に手を当てて倉庫内を見渡す。半分は見違えるほど綺麗になって、残りの半分は乱雑でホコリが溜まったままだった。全部できなかったのは悔しいけど、仕事を終えた部分は満足のいく形だ。
掃除道具を片づけて、倉庫を出る。店の中に入ると、店主は小さな紙をまとめている最中だった。
「あの、終業時間になったので仕事の確認をしてもらってもいいですか?」
「分かった、ちょっと待ってて。これをこうして、これはあっちに……」
ブツブツと何かをいいながら小さな紙を重ねていく。しばらくその作業を見ていると、その手が止まる。
「さて、行こうか。ちなみにどれくらい進んだ?」
「半分くらいです。これ在庫管理表です」
「まぁ、そうだよね」
立ち上がった店主の後を追うように店を出て倉庫に向かう。倉庫に入った店主は棚を見ると、態度が変わった。
「んん?」
右と左を交互に何度も見返して、棚を凝視する。
「あの、これ棚の上もやった?」
「は、はい」
「ちょ、ちょっと見てみるね」
落ち着かない様子ではしごを登ると、棚の上も確認する。どうしよう、なんか様子が変だ。何かやっちゃったのかな、不安になる。
ドキドキしながら待っていると、店主は急ぎながらはしごを降りた。そして、私の前に来ると――
「いやー、助かった! ここまで綺麗にして貰えるとは思ってもみなかったよ!」
私の手を握りブンブンと上下に振ってきた。喜んでもらえた、のかな?
「これくらい綺麗にしてくれるんだったら、全部やってくれないかな。どう?」
「全部ですか、大丈夫です」
「そうかそうか。なら明日も頼むよ、明日には終わらせられるよね?」
「はい」
「日当はしっかりと出すから、明日もこれくらい綺麗に頼むよ。じゃあ、今日はお疲れ様!」
本当は今日だけのお仕事だったけど、思わぬところで追加のお願いが入った。驚いたけど、仕事を認めて貰えた気がして嬉しい。
それに難しい顔ばかりしていた店主が笑顔になったのが一番良かった。少しでも気が楽になってくれたなら、仕事を頑張ったかいがあるよね。
◇
次の日も倉庫で在庫管理という名の掃除をする。昨日と変わったことと言えば、店主の期待の眼差しがあるかないか。昨日はテンションが低かったのに、今日は高かったりする。
まぁ、期待されて悪い気はしない。だから、今日中に終わらせるために迅速にかつ丁寧に仕事をする。
午前中の仕事が終わった時には昨日よりも早く作業が終わっていた。頑張ろうって思うと普段発揮しない力を発揮できたんだと思う。
お昼は昨日食べたサンドイッチを食べた。食べてみたら昨日とは具が変わっていて驚いたけど、具が変わっても美味しさが変わらない。
食べ終えたら午後の仕事の再開だ。午前中と変わらない速度で次々に終わらせておく。集中してやっていくと、あっという間に全ての商品を数え終えた。
外を見てみるとまだ日が高かった、まだ時間があるな。何かできることは……床掃除くらいしかない。
タンスの中からホウキとチリトリを取って、部屋の隅から掃いていく。ホコリと土の山ができるくらいに倉庫は汚かった。
次にモップを取り出して、バケツに魔法で水を入れて、モップを濡らして床を拭いていく。モップは一拭きするだけでかなり黒くなった。この倉庫、いつから掃除をしていないんだろう。
モップを何度も洗いながら床を拭いていくと、あら不思議。焦げ茶色だった床の色に鮮やかな木目色がでてきました。それだけ汚れていたんだ、恐ろしい。
でも、綺麗になるのは気持ちがいい。端から端までせっせと拭き上げていくと、倉庫の中が見違えて綺麗になった。ふぅ、達成感で顔がニヤける。
道具を全部しまってから倉庫を出て店の中に行く。店主は小さな紙を見ながら、何かを記入していていた。
「すいません、ちょっと早いんですが倉庫の在庫管理が終わりました」
「おぉ、そうか。終わるのにはちょっと早いか……そういえば君は計算ができたってギルドからの紹介状に書いてあったけど」
「はい、計算できますけど……どうしたんですか?」
「それは丁度いい。空いた時間でこちらにある紙の代金を計算して、この大きな紙に順番に書いていってほしいんだ」
まさか、早く仕事が終わると新しい仕事を任せられるとは思わなかった。さぁさぁ、とイスを薦められて断れないから座ってしまう。
「今日の日当は少しだけ高くしておくから、この紙をよろしく頼むよ。できるところまででいいからさ」
「えーっと、この小さな紙を計算して、この大きな紙に順番に書いていくんですよね」
「そうそう。じゃあ、頼んだよ。私は違う仕事を終わらせてくるから」
肩をポンポンと叩かれて、店主は足早に店の奥へと消えていった。こんな大事な仕事を受けてもいいんだろうか、ちょっと不安になる。
まぁ、でもやるしかない。えっと、この小さな紙には商品の単価と個数が書いてあって、この合計金額を表に書いていくんだったよね。
そんな訳で追加の仕事を貰って、夕方まで全部処理してみる。簡単な掛け算と足し算の繰り返しだったので、それほど時間がかからないで終わることができた。
終わったことを店主に報告すると――
「こんなに早く的確に終わらせてくれるなんて、本当にありがとう! お陰で今日は早く寝れそうだ!」
両手を掴まれて力一杯に上下に振られた。喜んでもらえて良かったけど、ちょっと手が痛いな。
今日はぐっすり寝て明日に備えて欲しい。頑張れ、店主。
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