68.給仕(4)
食堂での仕事はあっという間に二週間が経った。仕事は順調そのもので何事もなく大きな失敗もなく続けることができた。これも夫婦が優しかったお陰だね。
そして、最終日の今日はおばさんの足が治ったか診察する日。昼の営業が終わるとおじさんと一緒に治療院に行った。その間、私はお昼休憩を取りながら留守番をする。
あんなに動き回っていたけど、おばさんの足は大丈夫だったのかな。悪化していたらどうするんだろう。完治していればいいな。
そんなことを考えながらホールでボーッとしながら帰りを待っている。次第に午前中の疲れからうつらうつらし始めて、完全に目を瞑ってしまう。
フッと意識がなくなった後、扉が開いた音がした。ハッと目覚めて顔を上げると、扉のところにおじさんとおばさんが立っていた。
目を擦ってよく見てみるとおばさんは杖をついていなかった。両足でしっかりと立っているのを見て、勢い良く立ち上がる。
「おばさん、足が治ったんですね!」
「えぇ、医師からはもう大丈夫だって言われたの。これで両足で歩けるようになるわ」
「良かった。悪化してないかって心配してたんですよ」
「ふふっ、ごめんなさいね。動けないのがこんなに辛いことだなんて知らなかったから、つい動いちゃって」
どうやら悪化してなかったみたい、良かった。上機嫌なおじさんの姿を見てホッとする。
これで私の役目も終わりだね。最後に今日の仕事を終わらせれば、おじさんとおばさんともお別れか。短かったけど、本当にお世話になったな。
「夜の営業を終わったら、私は帰りますね」
「何を言っているのよ、暗くなっている中で帰らせるわけにはいかないわ」
「でも、私は冒険者で」
「冒険者だろうとも、子供には変わらない。今日は泊まっていって、明日の朝になったら帰ればいい」
夜の営業が終わってから帰ろうと思ったんだけど、引き留められちゃった。確かに暗い中、集落まで帰るのは暗いし怖いし大変だ。
二人とも親切にもう一泊していってと言ってくれた。何か言おうとすると「いいから、いいから」と泊まることをすすめてくる。
なんだか申し訳ない気持ちになるけど、ここは甘えておこうかな。
「じゃあ、今夜もよろしくお願いします」
「おう」
「よし、そうと決まれば夜の営業に間に合うように動くわよ。リルちゃんは野菜洗いをやっていてね。私は洗濯物の取り込みが終わったら、ホールの掃除を始めるわ」
「はい、分かりました」
歩き出したおばさんが仕切り出した。元々そういう感じだったのか、指示も素早くて驚いちゃった。よし、おばさんに負けないように私も頑張ろう。
◇
おばさんが歩き始めると、色んなことがテキパキと終わっていく。私は野菜を洗い終えると、パン屋に行ってパンを買いにいく。それから戻ってみると、調理場ではおばさんが野菜の皮をむいていた。
他にやることは全ておばさんがやってくれたらしい。すると、夜の営業まで結構な時間が空いてしまった。おばさんは休んでいていいと言ってくれるけど、今日までの仕事なんだからしっかりとやり終えたい。
ちょっと早いけどホール床の拭き掃除を始めた。最後なんだからとモップを持つ手に力を込めて、汚れ一つ見逃さないように綺麗に拭き上げる。
拭き掃除が終わり窓の外を見てみると、夕日が差し込み始めていた。そろそろ開店の時間だ。さて、扉を開けないと……と思っているとおばさんが扉のほうに歩いて行った。
「さぁさぁ、開店だよ。今日の仕事もしっかりやっていくよ」
ホールにおばさんの元気な声が響くと、扉が音を立てて開いた。
「おまたせ、開店だよ」
おばさんが扉を開くと、続々とお客さんが中に入ってくる。中には常連さんもいて、おばさんの立っている姿を見て声をかける人もいた。
「もう大丈夫なのか?」
「おかげさまで、この通りさ」
「そりゃ、良かった」
「また、頼むよ」
気さくな雰囲気で心が和む。あっ、注文を聞きに行かなくっちゃ。
席についたお客さんに挨拶をしつつ、注文を聞き始める。すると、おばさんも同じく注文を聞き始めた。二人で注文を受けていくと、すぐに終わってしまう。
その後に水を配っていると、お客さんがくるがそれもおばさんが対応してくれた。二人いるとスムーズに仕事が進んで、落ち着いて仕事ができるのがいいね。
忙しいのはおじさんだ。次々くる注文を受けて忙しくお肉を焼き始める。それに気づいたおばさんは話しかけてきた。
「ちょっと調理場の手伝いをしてくるから、しばらくはホールをお願いするわ」
「はい、分かりました」
そっか、おばさんは調理の補助もするんだね。これならおじさんは大助かりだ。
おばさんにホールを任せられ、今度は忙しなく歩き回って仕事をこなす。その内、次々と料理ができてくると今度はおばさんと一緒に料理を配膳していく。
なんでもこなすおばさんは凄いな。これを毎日やっているんだから、体とか悪くならないのかな。うーん、おばさんに対してちょっと心配性になってきちゃった。
その後もおばさんと協力しながらホールを回していく。二人でやっているお陰か、立ち止まれるくらいの小休憩も取れた。
お客さんが入ってこなくなると、今度はホールをおばさんに任せて私は皿洗いを始めた。全部おばさんの指示だったけど、かなり的確なもので無駄がない。
最後の仕事だしっかりやろう。丁寧に皿を洗い続けていくと、最後のお客さんが帰ったようだ。
「今日の仕事は終わりだよ。あんた、食事はできているかい?」
「おうよ。リルちゃんも一旦仕事止めて一緒に食べよう」
「はい、お腹がペコペコです」
おばさんとおじさんの声で皿洗いの手を止めた。手を拭いてホールに行くと、すでに食事は用意されていた。なんだか、いつも以上なボリュームなんだけど。
「リルちゃん、二週間本当にありがとね。お陰でしっかりと休むことができて、足も治すことができたよ」
「しっかりと働いてくれたから妻の怪我を治すことができた。そのお礼として今日は沢山食べてくれ」
「おばさん、おじさん……私こそ二週間ありがとうございました。ただの冒険者なのにこんなに温かく迎え入れてくれて、本当に嬉しいです」
二人の言葉に胸が温かくなる。良い求人があったから受けてみただけなんだけど、この二人が想像以上に温かく迎え入れてくれて本当にありがたかった。
働くことでこの二人のためになったのなら、これ以上の喜びはない。最後の夜の食事は会話をいっぱいしながら、楽しいひと時を過ごした。
◇
翌朝、起きるとタンスの中に入っていた衣類をまとめてマジックバッグに入れる。忘れ物は……ないね、大丈夫だ。
最後にベッドメイクをして、荷物を持って部屋を出る。やっぱりベッドはいいなー、二週間泊まらせてくれてありがとね。
階段を降りて調理場に行くとおじさんが朝食の準備をしていた。
「おはようございます」
「おはよう。朝食を食べていきなさい」
「いいのですか? ありがとうございます」
「ほら、リルちゃん。こっちよ」
ホールにいたおばさんに呼ばれて席につく。その後すぐに朝食を持っておじさんがやってくる。水を入れようと思ったが、すでにテーブルの上に用意されていた。
三人が揃うと一緒に食べ始める。明るいおばさんの話し声が響き、時々おじさんが返答をする、そんな穏やかな時間が流れた。朝食はあっという間に食べてしまい、お別れの時間になる。
「二週間ありがとう。これがお金とクエスト完了のお知らせよ」
21万ルタと冒険者ギルドに提出する紙を受け取る。本当にこれで最後だね、なんだか寂しいな。
おじさんとおばさんに向かって深くお辞儀をした。
「こちらこそ二週間ありがとうございました」
「寂しくなるな」
「そうね……」
「今度はこちらに食べにきますね」
「ぜひ、いらっしゃい。沢山サービスしてあげるわ」
また会う約束をすれば二人は笑顔になってくれる。また会おうと思えば会えるんだから、大丈夫。二人に手を振りながら食堂を後にした。
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